私たちの研究

無腸動物の発生と進化

無腸動物はうすく平たい形をした無脊椎動物です。上皮性の腸循環器系、呼吸器系、排出系などを持たない、非常に単純な体制をもつ動物で、ユーゴスラヴィアの動物学者ハッジはもっとも原始的な多細胞動物は無腸動物のような姿をしていたと考えました(西村三郎『動物の起源論』中公新書, 1983 を参照)。この説自体は現在は否定されていますが、動物の初期進化を考える上で鍵となるグループの一つであることに変わりはありません。

無腸動物は、かつては扁形動物(プラナリアやヒラムシやコウガイビルの仲間)の一グループとされていましたが、 1990年代に始まった分子系統学的解析により、左右相称動物の中でもっとも初期に分岐したグループだと考えられるようになり、現在は珍渦虫とともに無腸動物門(Xenacoelomorpha)という門に分類されています。もしこれが正しければ、無腸動物は左右相称動物(三胚葉性動物)の共通祖先である原左右相称動物(Urbilateria)の姿を色濃く残す動物である可能性があり、動物進化を考える上できわめて興味深い動物です。他方、無腸動物は実は新口動物の仲間であるという異説提出され(Philippe et al. 20112019)、その系統的位置は再びゆらいでいます(図)。もしこれが正しければ、新口動物という分類群についての私たちの考えは大きな修正を迫られることになるでしょう。一方で、2016年には無腸動物はやはり基盤的左右相称動物であるという論文出て(Cannon et al. 2016)、議論に決着はついていません。2つの説のいずれが正しいにせよ、無腸動物が動物の進化を理解する鍵となることは間違いありません。

無腸動物は雌雄同体で体内受精を行い、受精卵を産卵します。動物の個体発生は系統を反映しますが、かれらは個体発生も独特です。卵割はいわゆる全割ですが、旧口動物によくみられる螺旋卵割でも新口動物によくみられる放射卵割でもない、2つ組螺旋卵割という卵割を行います(左図)。胚はその後、球胚期、扁平胚期をへて、成体のミニチュアのような幼生が孵化します。つまり、旧口動物のトロコフォア型幼生や新口動物のディプリュールラ型幼生のような幼生期ない、ほぼ直接発生型の発生を行います。このような直接発生型生活環が左右相称動物において祖先的なのか否かは、動物の祖先の姿と、その進化の道筋を理解する上で鍵となる問題の一つです。前述の無腸動物の系統的位置を明らかにすることに加えて、無腸動物の発生メカニズムを解明することは、動物の形、発生、生活環がどのように進化してきたのかの理解の進展につながる重要な課題です。

私たちは瀬戸内海産の無腸動物ナイカイムチョウウズムシを発生と進化を研究することをめざし、採集方法、飼育方法、発生学の基礎的な実験方法などの確立を進めています。

無腸動物と藻類の共生メカニズムの進化

私はトランスポゾンの研究(後述)を通して、生物の進化における「共生」の意義について考えるようになりました。そして宿主生物と内部共生体(共生生物やウイルス、トランスポゾンなど)の対立と協調をはらむ関係がシステムの中に不安定性を生み出し、これが生物の進化を駆動する主要な原動力の一つであると考えるようになりました。この観点から、無腸動物と単細胞藻類の共生関係について研究を進めています。

無腸動物には微細藻類と光共生の関係にある種が多数含まれています。多くの無腸動物は生まれた時には共生藻をもたず、孵化後に環境から共生藻を取り込みます(水平伝搬)。しかしワミノア属の無腸動物は微細藻類を卵細胞を通して親から子へと受け渡す「垂直伝搬」の機構を進化させたています。つまりワミノアでは藻類との共生関係が一層緊密になっていると言えます(図)。私たちは、このような機構がいかにして進化したのかを調べようと、ワミノアの飼育法を確立し、研究しています。2012年に出したワミノアの共生藻伝達プロセスに関する論文はZoological Science誌の表紙に採用していただきました。またZoological Science Awardという論文賞もいただきました。

水平伝搬と垂直伝搬の比較を行うために、ワミノアの研究と平行して、水平伝搬型のナイカイムチョウウズムシにおける共生確立機構の研究も進めています。

反復配列と生物の進化

生物のゲノムには多種多様な反復配列が含まれています。含まれている、というよりも、むしろ反復配列の海原に、ところどころ島のように遺伝子が存在する、というのが真核生物のゲノムの姿だと言っても良いかもしれません。

 生物の進化の過程で、さまざまな反復配列がゲノムの中に出現し、あるいは外部から侵入し、自分のコピーを増やし、ゲノムの中を動き回り、ホストとの間で様々な相互作用を繰り広げながらゲノムの進化を促進し、種に固有のゲノム組成を作り上げてきました。私たちはこのような反復配列たちが、いかにホストのゲノムを進化させてきたのかに興味をもって研究を行ってきました

【動く遺伝子トランスポゾンと生物の進化】

 反復配列の中には、ゲノムの中を動き回るトランスポゾン(転移因子)とよばれるグループがあります。(左図の本はトランスポゾンの発見者バーバラ・マクリントックの伝記です。)これらは生物のゲノムに「寄生」している「利己的なDNA因子」だと考えられてきました。しかし生物の進化という観点からみると、トランスポゾンは非常に大きな役割をはたしてきました。私たちはツメガエルで見つけたいくつかのトランスポゾンの進化と、生物の進化の関わりについて研究を進めています。

【単純反復配列の起源と進化】

 生物のゲノムには、反復ユニットが同じ向きに縦列(タンデム)に長く連なった「単純反復配列」(Simple Sequence Repeat、SSR)と呼ばれる反復配列が多数ふくまれています。ある種のSSRは大量にコピーを増やし、また染色体全体に散在して存在しています。さらにいくつかのSSRは、染色体の構造と機能に重要な役割を果たしていることが知られています。しかしそのようなSSRがそもそもどのようにして生まれ、どのようにして染色体全体へと広がっていったのかは詳しくは明らかになっていません。私たちはカエルにおいて、MITEと呼ばれるある種のトランスポゾンがSSRを生み出し、コピー数を増やし、染色体全体に広げる役割を果たしたことを発見しました。この発見にもとづいて、SSRの起源と進化について研究を進めています。

アフリカツメガエルのゲノム解析

アフリカツメガエル(Xenopus laevis)は、異種交配と全ゲノム重複により、異なる2種の祖先ゲノムを合わせもった「異質四倍体」だとされていました。全ゲノム重複は生物の飛躍的な進化に結びつく機構の一つと考えられています。たとえば脊椎動物の共通祖先において2回の全ゲノム重複がおき、それが脊椎動物の新奇性の進化の基盤となったと考えられています。したがって、全ゲノム重複のあとで、合体した2セットのゲノムがどのように進化していくのかは、進化学的にも非常に興味深い問題です。アフリカツメガエルゲノムは、この問題に迫る有力な材料になると期待されました。

解析を行う前提として、ゲノムのどの部分がどちらの祖先種に由来するのかを明らかにする必要があります。この共同研究で私が主に担当したのは、各祖先種に由来するゲノム(サブゲノム)を区別して見分ける作業です。私はツメガエルのトランスポゾン(転移因子、動く遺伝子)の研究をしてきたので、これを用いてサブゲノムを区別できないかと考えました。そのアイディアは、2つの祖先種が互いに分かれていた時期にのみ、その一方の種だけで転移・増幅していたトランスポゾンの「化石」を見つけ、それをマーカーとして2つのサブゲノムを区別するというものでした。実際にそのような都合の良いトランスポゾン化石が存在するかどうかは、調べてみるまで確信はありませんでしたが、運良くそのようなトランスポゾン化石を3種類、見つけることができました。これが見つかった時はとても喜びました。このようにしてサブゲノムを区別してみた結果、とても面白いことが分かりました。2種の祖先から受け継いだ対応する染色体(同祖染色体という)同士を比べると、必ず一方の祖先種(祖先種Lと呼ぶ)由来の染色体が、他方の祖先種(祖先種Sと呼ぶ)由来の染色体よりも長いということでした。

このL/Sの区別を基にして、共同研究者の皆さんによる詳しい解析が行われ、L由来のサブゲノムの方が二倍体種であるネッタイツメガエルのゲノムに良く似ており、S由来のサブゲノムの方でより多くの遺伝子が失われていることが分かりました。また遺伝子の使われ方に差があることも分かりました。つまり、少なくともアフリカツメガエルでは、全ゲノム重複を起こした後の2つのサブゲノムの進化は非対称的だったことが明らかになりました。その理由がなんだったのかはまだよく分かりませんが、進化学的にとても興味深い知見が得られたと思っています。

以上の研究成果はNature誌に掲載され、表紙にも採用されました。

ホヤの発生における遺伝子発現制御機構

大学院時代は京都大学理学研究科動物学専攻の佐藤矩行研究室でホヤの発生の研究を行いました。

ホヤは現在ではゲノム解析の進展やさまざまな分子生物学的手法の開発によって、発生生物学と進化生物学の優れた研究材料として広く認知されています。しかし私が研究をはじめた1990年代前半には、その分子生物学的な研究はようやく始まったばかりであり、われわれ研究者は基礎的な実験手法の開発から始めなければなりませんでした。そこで私たちは、まず外来遺伝子をホヤの初期胚に導入し、発現させ、その発現制御機構を調べるという一連の手法を開発しました。この手法を用いて、マボヤ(Halocynthia roretzi)の幼生筋肉アクチン遺伝子群が筋肉で特異的に発現するのを制御しているプロモータ領域のシスエレメントの探索を行いました。また、筋肉アクチン遺伝子の発現機構が他種のホヤ(Ciona savignyi)との間で保存されているかを調べる分子比較発生学的研究も行いました。

左の図は私の最初の論文が掲載された雑誌の表紙で、外来遺伝子を発現したホヤの幼生の写真を表紙に使って頂けました。