追悼 安田喜憲博士(1946.11.24‐2026.7.30)
地球システム・倫理学会 会長 川勝 平太
地球システム・倫理学会 会長 川勝 平太
本学会創設以来の理事・安田喜憲博士は、愛妻との思い出の地、こよなく愛された東北の“森の国”で、永遠の眠りにつかれました。ここに謹んで哀悼の誠を捧げます。
三重県に生まれ、立命館大学を卒業後、東北大学大学院に進み、広島大学在職中33歳で処女作『環境考古学事始(ことはじめ)』を公刊。その主題・手法・内容の独創性に瞠目した梅原猛さんが国際日本文化研究センターに招くや水を得た魚のごとく学問に驀進。僅か2年で『文明と環境』全15巻(1995~96)を編んで洛陽の紙価を高め、生前の公刊書籍数は50冊を超え、英訳・中国訳もあり、スウェーデン王立アカデミー会員にも選ばれた。
風貌はディオニュソス、性格は豪放ながら、酒は一滴も口にせず、アポロンの高みを目指した学問は独創的であった。「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」というが、「植物は死して花粉を残す」ことから、花粉の化石を分析して過去の植物相・気候・環境を復元する“安田環境考古学”を樹立した。特筆すべきは次の4点。
(1)「環境考古学」―新分野。自然には歴史があり、自然環境の変化が人間社会に影響することを実証。国内外での獅子奮迅の仕事によって、処女作の主題「環境考古学」を国際的に定着させた。
(2)「年縞」―新概念。「年輪」は樹木の生育年数を、「年縞」は植生の変遷を示す。花粉は湖底などに何万年も残る。花粉が毎年落下・堆積する土壌は電子顕微鏡で見ると縞を作る。その縞を「年縞」と命名。年縞一本が時間単位「一年」。福井県水月湖の湖底ボーリングで採取したコアから過去五万年の年縞を分析し、植物相・気候・環境の変化を明らかにした。国際学会はそれを地質五万年の「標準時計」として公認した。
(3)「長江文明」―新発見。長江流域を調査し、湖南省の城頭山で6500年前に遡る稲作遺跡を発掘。浙江省の河姆渡・良渚の既存遺跡等と併せ黄河文明より古い「長江文明」の存在を実証。「畑作牧畜の“四大文明”」に「稲作漁撈の長江文明」を加えた「古代五大文明」説を提唱し定着させた。
(4)「森の文明」―日本。長江文明を源流とする弥生文化は、水源の森を必要とし、森と共生していた縄文文化と共存した。森を大切にする「日本=森の文明」の視座から、森を破壊し、生物種を絶滅させてきた諸文明に対し、厳しい警鐘を鳴らし続けた。
安田さんは心根の優しい人であった。両親の愛情の賜であろう。母堂は慈み深く、尊父は地質学で学徳を積み、学校長に任ぜられ、同和教育に命を削った。中学生のとき尊父が急逝。高校・大学時代を「落ちこぼれ、自己否定」と記す。大秀才最澄が『願文』に「愚が中の極愚、狂の中の極狂…底下の最澄」と記した痛切な自己否定を知るに及んで覚醒。以来、底辺の存在(人であれ生物であれ)を励ます激情にも似た慈悲心とアニミズムを生涯持ち続けた有徳の士。惜しみて余りある碩学の死である。享年79歳。ご冥福を祈ります。合掌
更新日:2026年08月27日