第6章
JSLの子どもたちと第二言語習得
JSLの子どもたちと第二言語習得
「JSLの子どもたち」とは、日本語を第二言語として習得する学齢期や就学前の児童生徒のことです。子どものころに、居住国や地域を移動すると、成長の発達過程で新しい言語を習得していくことになります。子どもの第二言語習得には、大人の場合とは異なる課題があります。
グローバル化に伴い、国や地域間で人の移動が起きると、その家族も移動してきます。子どもは、親などに連れられて移動せざるを得ない立場にありますが、国や地域間の移動は、言語の移動も意味します。
言語の移動は、新しい言語を習得することだけではありません。移動した先の生活で、家庭と学校で言語を使い分ける、日常生活での言語の「移動」も意味します。例えば、インドネシア人の両親に連れられて、幼少期に日本にやってきた子どもは、学校では日本語を使い、日本語で教科を学びますが、家に帰ると、両親とはインドネシア語で会話します。日本語がわからない親のために、学校から保護者への連絡の内容を説明してあげる必要もあるでしょう。三者面談では、先生と親との通訳をすることにもなるでしょう。
また、例えば、父親が日本人、来日した母親がインドネシア人で、生まれた時から日本語環境にいる子どもは、母親の母語であるインドネシア語を限定的にしか習得せずに成長することもあります。すると、日本語で限定的にしかやり取りできない母親と、インドネシア語を限定的にしか習得していない子とで、親子のコミュニケーションにも支障が出てくる場合があります。
子どもが中学生で来日した場合、第二言語である日本語の習得はさらに大変になるかもしれません。
公立中学校に入ると、他の日本人と同じ授業を受けることになります。日本語の習得は教科学習や受験にも影響し、成長期の子どもに大きなストレスがかかることもあります。子どもの第二言語習得の特徴を、第2節でみていきましょう。
第二言語習得の研究に、「臨界期仮説」という考え方があります。これは、人が言語を習得するのには適した時期があり、それを過ぎると言語習得が難しくなるという考えです。第二言語の場合、それは、7歳とも10歳とも13歳とも言われています。第二言語習得に影響を及ぼす要因には、年齢のほかにも、母語、学習者の性格、動機付け、言語適正、心理的障壁、などがあります。
クラスで友達ができて、一緒にすごすようになれば、日常会話の日本語は自然に習得していく場合もあります。しかし、日常会話ができるようになるのと教科学習は別の問題です。
バイリンガル教育の研究者カミンズ(Jim Cummins)は、少数派言語の子どもが、授業で多数派言語の子どもについていけない場面が出てくる現象を、BICSとCALPという2つの能力を提示して説明しました。
BICS (Basic Interpersonal Communicative Skills)伝達言語能力
生活場面で必要とされる言語能力です。
日常生活で必要な語や流暢さを早い段階で習得します。
子どもが活用できるコンテクストの助けが高い、高コンテクストコミュニケーションで、ボディランゲージを使ったり物を指したりしてメッセージのやり取りを理解します。
CALP (Cognitive Academic Language Proficiency)学力言語能力
教科の学習場面で必要とされる分析、統合、類推などの認知処理を支える言語能力です。
子どもが活用できるコンテクストがなく、文中の単語のみが意味を伝える低コンテクスト・コミュニケーションで、本を読む、説明を聞くなど言語形式だけで内容を理解します。
BICSは1-2年で習得できるのに対して、CALPは5-7年あるいはそれ以上かかると言われています。
第一言語と第二言語の関係を氷山にたとえて示したのが、「共有基底言語モデル」です。BICSは氷山のてっぺんのように表れていますが、CALPは水面下ですぐには見えない言語能力です。
二つの言語は別々の能力ではなく、共有の1つのシステムによって支えられています。二言語の発達は相互に影響しあい、どちらかの言語を発達させれば、認知的転移が起きて、もう一つの言語でも認知能力が発揮されると考えられています。第一言語がしっかり発達していると、第二言語も発達させやすいということになります。
移住は若い方が良いかと言うと必ずしもそうではなく、第一言語が十分に発達する前に移住すると、どちらの言語でも中途半端になる可能性もあります。
皆さんはバイリンガルにどのようなイメージを持っているでしょうか。モノリンガルの多い日本社会では秀でた能力を持っているように思えますが、バイリンガルにも様々なタイプがあります。
均衡バイリンガルは、二つの言語とも同年齢のモノリンガルと同程度の言語能力にありますが、どちらの言語でも十分な言語能力の発達が得られないセミリンガルになることもあります。
また、第一言語と第二言語の関係でみると、第一言語の母語に加えて、第二言語を習得する現象を加算的バイリンガリズムと呼びますが、第二言語を習得する過程で母語が失われていくこともありこの現象を減算的バイリンガリズムと呼びます。
海外から来日する子こどもにとって、第二言語として日本語を習得していくことも大切ですが、母語である第一言語の能力も大切です。学校など受け入れ側は、日本語の能力を伸ばすことに注目しがちですが、家族間のコミュニケーションや自分のアイデンティティにとっても大切な第一言語を尊重する教育が求められます。
子どもが就学してからの日本語の習得は教科学習と切り離せません。中学に入れば、受験勉強もするので、将来に対する不安など情意面でのサポートも必要です。一見ネイティブのように日本語が話せて問題なく見える子どもでも学習に困難を抱えている場合がありますし、どのような課題をもっているかは一人一人異なっています。その子どもにあった、適切な教育支援を受けられることが重要になります。
しかし、小学校、中学校、高校で、日本語教育を専門とする教師の支援が受けられるのは稀です。中学校教諭・高等学校教諭の教員免許の中に、「国語」や「英語」はあっても、「日本語」はありません。外部から日本語教師などの専門家を入れて支援ができない場合、日本語教育についての知識や経験がない現場の教師が、JSL児童・生徒のサポートをしなければなりません。
第5章で学んだように、近年、日本は外国人材を受け入れる政策を打ち出しています。旅行者としてではなく、中長期間の雇用や実習、また移住をベースに日本に移り住む外国人が増加するにつれて、その子どもも増加しています。それに合わせて、JSL児童・生徒の日本語教育を誰が、どのようにサポートするのか、という問題も大きく取り上げられるようになってきました。日本が外国人材を受け入れるなら、その子どもをサポートする制度設計も必要なのです。
2018年時点で、日本語指導が必要な児童生徒数は、外国籍(4万755名)日本籍(1万371)合わせて、5万1126名です。そのうち必要な指導を受けられているのは7~8割となっています。しかし、日本語指導が必要な児童生徒の実際の人数はさらに多いのではないかと言われています。
「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」(2018年度)
学校では、通常クラスに支援者が入る入り込み支援もありますし、通常クラスとは別に取り出し授業が行われている場合もありますが、日本語教育の専門家が関われる学校は限定的です。また、日本語による支援だけでなく児童生徒の母語による支援も必要です。
本授業の受講生の中には、小学校や中学校、高校の教員を目指している方もいると思いますが、クラスには、学習に困難を抱えている児童生徒もいるでしょう。その原因は様々ありますが、日本語の習得が原因になっていることもあります。しかし、予備知識がなければ気づいてサポートにつなげるのは難しくなります。誰がどのようにサポートをするのか、行政による制度設計が必要です。
文部科学省のウェブサイトにはJSL児童生徒を受入れる学校現場へ向けた研修動画があります。学校教員を目指す方は、ぜひ視聴してみてください。
文部科学省「外国人児童生徒等教育に関する研修用動画について」
外国人児童生徒等の教育に携わる教職員・支援員等の方が、基礎的な知識を学んでいただける研修用動画です(1動画あたり20分程度)。個人で視聴、教育委員会・学校での研修で活用するなどの使い方ができます。
ウクライナ避難民の子どもたちの教育支援
海外子女教育振興財団は、2022年のウクライナ避難民の受け入れに対応し、避難民の子どもたちが日本の学校へ通うために、学校についての紹介や毎日よく使う言葉をリストにしたウクライナ語版『ようこそ、日本へ』を急遽作成し公開ました。ウクライナ語・日本語の対訳以外に、日本語語彙のウクライナ語での発音表記、ウクライナ語語彙のアルファベットでの発音表記、英語訳もついています。教員や支援者がウクライナ語で意味を確認できるだけでなく、日本の児童生徒たちがウクライナ語に触れることもできそうです。
さらに、2019年度に文科省が初めて実施した外国人の子どもの就学状況に関する全国調査で、不就学や就学状況が確認できない外国人児童・生徒が約2万人もいることが明らかになりました。(住民基本台帳上の人数は12万4049人)
不就学とは、学校に行く年齢になる子どもが学校へ行っていないことを指します。外国人は憲法上義務教育の対象になっていませんが、国際的な人権の一つとして子どもの「教育を受ける権利」を保証する必要があります。同調査においては、教育委員会から、以下のような課題があることも示されました。
住民登録されている住所を何度も訪問しても、保護者に会うことができない。
外国人住民の母語が多様であるため通訳人材が確保できず、積極的な就学案内ができない。
外国人の保護者から、学校に就学させる意思が示されない場合は、それ以上踏み込んだ就学案内ができない。
不就学の背景には、言語や文化の違いが考慮された支援が行きとどいていないことも要因として挙げられます。しかし、子どもが適切な教育を受けることができないと、日本社会で生きていくことが難しくなり、犯罪に関わるなど将来への様々な影響が懸念されます
Abema Times「日本語が分からず学校をドロップアウト、ギャング化する若者も…『不就学児2万人時代』の日本」(2019年11月19日)
筆者が関わった、JSLの子どもたちの事例を紹介したいと思います。
海外で生まれ育った日本人の子どもが、親の母語である日本語を習得していくための教育を継承日本語教育と言います。社会生活や学校生活では、日本語を使用する場面がほとんどないのですが、親や親戚とコミュニケーションをとり、日本と結びつきのある子どものアイデンティティを形成するのに、継承語教育はとても重要です。当事者にとって、アイデンティティに関わることばを学ぶことは切実な問題です。 ➝続きを読む
私はアメリカに住んでいた頃、ベビーシッターとして日本人家庭で継承語教育に携わりました。
その子はココちゃん(仮)という名前です。
私はココちゃんが7歳の時に出会い、14さいまでベビーシッターをしてました。ココちゃんの母親は日本人、父親はアメリカ人です。ベビーシッターと言っても、もう赤ちゃんではない年齢なので、勉強を教えたり、友達のように遊んだりしていました。
お母さんは、ココちゃんの日本語教育にとても熱心でした。ココちゃんが赤ちゃんの時から日本人ベビーシッターをつけて、家では必ず日本語で話すように教育していました。
ココちゃんは地元の人が通う学校へ行っていました。私が、迎えに行くと、ココちゃんは友だちと英語で話しています。しかし、友達と別れて私と2人だけになるとすぐに日本語に変わります。家に帰るとお母さんと日本語で話し、お父さんが帰宅すると、お父さんとは英語です。
ココちゃんは、放課後、日本語のプレイグループや公文にも通い、土曜日は日本の小学校に準じた教育をしている補習校に通っていました。ピアノの先生も日本人でした。ココちゃんは日本で育った子どもが話すのと同じように日本語を話していました。
ココちゃんが小学校3年生になったころ、突然私に英語を話すようになってしまいました。「ココちゃん、日本語!」とお母さんが注意すると、その時は日本語を話しますが、すぐに英語に戻ってしまいます。
ココちゃんは成長するにつれて、たくさん話したいことが出てきましたが、話しているうちに、英語の文がでてきてしまい、日本語に戻らなくなくなってしまうようです。日本語で話すというルールはわかってていても、自分が話したいと思うことをうまく話せないもどかしさが勝り、英語の方が話しやすいのです。
私は、ココちゃんが日本へ旅行したことについて聞いたり、Youtubeで日本の動画を一緒に見たりして、なるべく日本についての話題を選びました。その間は、日本語になったからです。
「ココちゃん、日本語!」という状態が2,3年続いて、1か月ぶりに会った時、ココちゃんは日本語を自分でキープできるようになっていました。説明が途中でつまってしまっても、日本語で話し続けようと、コントロールしていました。心なしか、私に気を遣うようになって、わがままも言わなくなっていました。心の成長が、言語にも現れていると感じました。
しかし、今度は日本の補習校の宿題をするときに、問題が出てきました。ココちゃんは、公文のおかげか、計算が得意で、小学6年で私よりも速く計算ができていました。しかし、文章問題になると、できなくなってしまいます。「わからない」「てつだって」と諦めてしまいます。「問題文を声に出して読んでごらん」というと、時々漢字が読めません。私が読んであげて、一文一文説明しても、なかなか理解できないようです。式にしてあげると一応納得しますが、別の文章問題になるとできません。
国語はもっと難しいです。読解は半分も理解できていないようでした。補習校では日本の小学校と同じ教科書を使っていましたが、難しい読み物は扱っていなかったようです。漢字は、DSを使って一生懸命調べていました。
その反面、英語の小説は好きでハリーポッターなどを読んでいました。現地の学校では問題なくやっていけていましたが、日本語の勉強は短時間のサポートでは限界があるように思えました。
小学校低学年では問題がないようにみえましたが、高学年のこの頃が、CALP(学力言語能力)が問題になって表れた時期だと思います。仮に、その時に日本に移住し日本の中学や高校に行っていたら、おそらくココちゃんは授業についていくのが難しかったのではないかと想像します。
ココちゃんはその後、アメリカの有名大学に進学します。赤ちゃんの頃から、周囲には日本語を話す相手がたくさんいて、日本の文化や習慣に触れながら育ちました。お母さんは、ココちゃんが日本語をキープできたのは、補習校で日本人の友達がいたことが大きいと言っていました。子どもが成長過程で友達との関係を築いていくときに、言語も習得されていくわけです。ただこれは生活の中の会話の日本語です。
ココちゃんのような非常に恵まれた日本語学習環境にあっても、学力言語能力をネイティブと同じレベルで習得するのは難しく、教科学習のサポートが不可欠なのです。
日本に移住する外国人が、自分達の母語であるポルトガル語やフランス語、中国語などを子どもたちにも習得させるのも継承語教育です。このような教育には、言語だけでなく宗教や文化、習慣の継承も含まれます。
日本に暮らすJSLの子どもが、日本語だけでなく親の母語を習得し維持する支援をすることも、マイノリティー言語を尊重する多文化共生社会の実現には重要です。
国内の日本語学校で出会ったJSL生徒(高校生)の話です。親の都合で、祖国と外国とを移動する子どもの中には、母語も第二言語もどちらも習得がむずかしくなるケースがあります。セクション2でバイリンガルにもさまざまあることを紹介しました。同年代の子どもと比較して、2言語とも能力が十分ではないセミリンガルになりつつある子どもの支援は、どのような環境で言語を学ぶべきか判断に迷うこともあります。 ➝続きを読む
私が担当した日本語学校のクラスの学生で、中国人と日本人を親に持つ村山君という学生がいました。
来日当初、村山君は日本の高校へ入ったのですがついていけず、高校はやめて、日本語学校に入ってきました。
その日本語学校は、ほぼ全員が中国語母語話者の高卒者、または大卒者でした。授業外では中国語が飛び交っていました。事務員も中国人なので、学生生活に必要な様々な事務手続きは、母語である中国語でやってもらえます。
しばらくして、村山君は、どうやら日本語だけでなく中国語の能力も十分ではないということがわかってきました。そうなると、村山君より少し年上の学生たちと関係を築いていくのも難しくなるので、先生たちは彼がうまくやっていけるか心配していました。
初級の授業で、日本語で「電話をかける」というタスクがありました。近くのお弁当屋さんに電話をかけて実際に注文をし、午前中の授業が終わるころに時間を指定して配達してもらうのです。
村山くんは、電話のかけ方を授業で学んだあと、クラスの友達の分もお弁当を注文するようになりました。次第に要領を覚えていき、他のクラスの人からも注文をとるようになりました。みんなからお金を集め、お釣りを渡します。それを2時間目の休憩10分のあいだに終わらせて、3時間目の休み時間に電話で注文しなければなりません。
弁当が配達されると、みんなに渡します。それを続けるうちに、村山くんは弁当注文の達人になりました。
授業中、机の上に、店のレジにあるようなコインケースを出して、注文のメモを見ながらお金の計算をしています。学生がバラバラに注文するのではなく、村山君が一括注文してくれることで、お店側も助かったことでしょう。
休憩時間中の彼は、いろいろな人と話し、時には先生の弁当も注文してくれ、生き生きとしていました。授業中ではなく、休憩中に日本語の運用能力を上げていき、学校でみんなに必要とされるポジションを自分の力で築いたわけです。この成功体験には、日本語だけでなく中国語でのコミュニケーション力も関わっています。
JSLの子どもたちは、第一言語でも第二言語でも、子どもが生きる力として、人間関係を築き社会で自立していくための言語能力を育てていくことが重要です。
アルク日本語編集部、新城宏冶(2019)『日本語』アルク
遠藤織枝編著(2020)『新・日本語教育を学ぶ―なぜ、なにを、どう教えるか―』三修社
小柳かおる(2020)『第二言語習得について日本語教師が知っておくべきこと』くろしお出版
文部科学省「外国人児童生徒等の教育の充実について(報告)」
https://www.mext.go.jp/content/20200528-mxt_kyousei01-000006118-01.pdf
文部科学省「外国人の子供の就学状況等調査結果(速報)」
https://www.mext.go.jp/content/1421568_001.pdf
近藤ブラウン妃美、坂本光代、西川朋美(2019)『親と子をつなぐ継承語教育―日本・外国にルーツを持つ子ども』くろしお出版
政府統計の総合窓口(e-Stat)「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査 / 平成30年度」(2020)https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00400305&tstat=000001016761&cycle=0&tclass1=000001140106&tclass2val=0