第4章
日本語の学びを設計する
日本語の学びを設計する
日本語コースを設計する教師や支援者は、日本語についての知識だけではなく、学びの場を作る力や、その場に参加している学習者に合わせる調整力、計画通りにいかなかった場合の修正力も必要です。将来、皆さんが外国人とともに働いたり生活したりすることになった時、日本語教育の専門家がいなくても、円滑にコミュニケーションができる組織を作る必要があります。どんな点を押さえて日本語の学びを設計するかを考えることは、その際の参考にもなるでしょう。
日本語コース全体の設計図になるコースデザインについて学んでいきます。
コースデザインは、そのコースについてのすべてを設計することです。具体的には、以下の8点があげられます。
どのような学習者に、
何をおしえるか、
どう教えるか、
どの教科書を使うか、
どれくらい時間をかけるか(期間、週に何回、何時間)
どのような学習目的か、
どのような目標か
目標の達成をどう評価するか
これらの項目を考えていくときに、中心となるのは学習者です。担当する日本語教育の現場、つまり、クラスにはどのような学習者が参加しているかで1)~8)を決めていくことになります。
例えば、大学の日本語プログラムで学ぶ留学生のためのクラスと、企業で働くビジネスパーソンのためのクラスではコースデザインが大きく異なります。 また、初級学習者のクラスと中級学習者のクラスでも異なります。 そして、中国や台湾など漢字圏の学習者と、それ以外の非漢字圏の学習者向けのコース、対面授業のコースとオンライン授業のコース、年少者のコースと成人のコースでも異なります。
しかし、教師が、自己の授業を設計し、実施し、評価するという役割を担っているのはどのようなコースでも同じです。教育現場の学習者に合わせたコースをデザインし、実施し、それを振り返って改善するのが教師の仕事です。
コースをデザインする前に、まず学習者のレディネスとニーズについて知る必要があります。
レディネス(readiness)とは「これまでどのように学んできて、どんなことができるか、どんな学習環境に置かれているか」です。
ニーズ(needs)とは、「学習者が何をどのように学びたいか、日本語を使って何ができるようになりたいか」です。
レディネスには、「大学で日本語を履修し初級を終えた」や「ひらがなとカタカナの読み書きができる」など日本語の知識に関するものや、「大学院生なので日本語の勉強だけでなく専門分野の研究も忙しい」など学習環境に関するものがあります。また、このようなレディネスだけでなく「中国人なので漢字の意味は分かるものが多い」など学習者の背景を知っておくことも重要です。
学習者の内面に関するレディネス(内的レディネス、個人的条件)の例
日本語学習の経験(いつ頃、どのくらいの期間、どのように学習したか)、現在の日本語能力、他の外国語の学習経験や能力、それまでにどのような教育を受けてきたか、学習方法や教授方法の好み、使用したことのある教材や教材の好み、クラス形態や教師の好み
学習環境に関するレディネス(外的レディネス、外的条件)の例
予習復習に費やせる時間、学習希望時間帯、予定学習期間、使用可能な学習機器やインターネット環境、学費負担者、学習希望者(学習を望んでいるのは誰か)
学習者の背景の例
出身国や地域、母語、母語以外に使用できる言語、年齢、職業、専門、日本での滞在歴、
日本語の知識に関するレディネスを知るには、テストや面接を行います。日本語教育機関では、開講前にプレースメントテストが行われ、クラスに入ってみて簡単すぎる/難しすぎる場合に教師やコーディネーターと面談を行うなどして判断します。また、学習者周辺の人的リソースや使用できる機器、課題に費やせる時間など学習環境のレディネスは、コースが始まってからわかることも多いです。
ニーズは、学習の目的や動機によって人それぞれです。
「日本人と友だちになるために、日常会話ができるようになりたい。大学生が使っているスラングもしりたいし、自分で使えるようにもなりたい。」という学生もいますし、「日本で就職したい。」という学生もいます。
また、どのような学習者のための教育機関かによっても、ニーズの違いは大きいでしょう。例えば、日本語学校であれば、大学や専門学校への進学を目指す人が多いでしょうし、大学の留学生別科であれば、就職のためのビジネス日本語や学業を修めるのに必要なアカデミック日本語へのニーズも高いでしょう。
ニーズの例
学習動機、学習目的、上達目標レベル、どのような技能を伸ばしたいか、日本語を使用する使用場面、誰と日本語で話すか、どのような種類の日本語が必要か、興味や関心があるもの
筆者が担当した海外の企業内レッスンの学習者には、「日本の商社で働いていて、日本人と話すことがよくある。日本人は英語が話せるので仕事をするには問題がないけれど、会話の最初と最後だけでも日本語であいさつや自己紹介ができるようになりたい。」というビジネスパーソンがいました。一方、日本語学校の学生には、「アニメが好きで、将来は声優になりたい。日本人と全く同じように、日本語の自然な発音ができるようになりたい。」と言っている人もいました。
学習者のレディネスとニーズを知ったうえで、コースデザインを行い、授業の進め方を考えることが大切です。
日本語教育機関では、ティームティーチングによって授業が実施されることが多いです。
ティームティーチングとは、その名の通り、複数の先生が「チーム」になって1つのコースを教えることです。
日本語教育では異なる先生が曜日ごとに担当することが多いです。
例えば、週に3日、月・水・金に開講するコースがあるとすると、月曜日は伊藤先生、水曜日は山田先生、金曜日は高橋先生と、曜日ごとに異なる3人の教師が担当します。
これによって、学生はそれぞれの教師が得意とする教え方で学ぶことができると同時に、教師側も複眼的に学生の学びを把握し、協働的に工夫を凝らしたり問題解決に当たったりして、教育の質を担保できるといわれています。
また、海外では、ネイティブ教師とノンネイティブ教師がチームになって、それぞれの得意な部分を生かして教えることもあります。
近年、国内では留学生数増加に伴い、コース内のクラスも増加すると、同一シラバスで複数クラスを運営していく体制が取られます。
その複数クラス運営のかなめとなるのが、コースのコーディネーターと呼ばれる教師です。コーディネーターがティームティーチングを行う各クラスの教師たちを束ねて、コースの設計、実施、評価の足並みをそろえる役割を果たします。
教師は言語教育に対して一人一人異なる「ビリーフ」(Beliefs、教育や学習者に対する信念)を持っているので、チームで教える時にお互いの考えをすり合わせていくことも大切です。
日本語を教える際に使う教材、主に教科書と採用されているシラバスについて見ていきましょう。
日本語を教える時には、日常生活のありとあらゆるものを使います。
授業で使うものと言えば、まずは、教科書やプリント類をイメージするでしょう。音声データの入ったCDやニュースの記事、動画なども教材です。
また、絵カード、CDプレーヤーやタブレット端末、ホワイトボードなどの教具もあります。授業で新聞やお金など実物を使用することもありますが、これらはレアリア(生教材)と呼ばれます。
筆者が、初級を教える時に必ず持っているのが、「サイレントウェイかな50音表」とレーザーポインターです。第3章の「教授法」でも紹介しましたが、これは、自分用に改良した手作り教具で毎回、ホワイトボードに貼って使用しています。野球選手にとってのバットとグローブのような道具と言ってもいいかもしれません。
授業を進める上で中心的に使用する教材を「主教材」といい、通常、教科書が主教材になります。
日本語のレベルは大まかに、初級、中級、上級と分かれていて、レベルごとに教科書があります。「読む・書く・話す・聞く」の技能別の教科書、 ビジネスの日本語教科書、看護や介護の日本語教科書、小学生など年少者のための日本語教科書、JLPTなど検定試験のための教科書など、日本語が使われる場面や、学習者の特性、学習目的にあわせた教科書があります。
ある日の授業に「視力検査の紙」を持っていきました。これをどう使うと思いますか。答えは、「見える」と「見られる」の違いを説明するための教具です。「視力検査の紙」を貼りだして、レーザーポインターで「〇〇さん、これは?」とひらがなやアルファベットを指して答えてもらいます。「見ません」や「見られません」が出てきたら、おもむろに「サイレント・ウェイ式仮名五十音表」(第3章参照)を指して、「み」「え」「ま」「せ」「ん」と導入します。この場合、「わかりません」でもOKですが、もう1つの言い方として「見えません」を紹介します。そのあと、近くの映画館を紹介し、そこで「見られる」映画を案内します。2本立てで学割もあることを伝えると、学習者の興味が増します。
「視力検査の紙」がない場合は、ホワイトボードにわざと極小の文字を書いて、「見えません」を引き出しても良いでしょう。教室が少しザワつきます。
視力検査のあとは聴力検査です。「モスキート音」というスマホのアプリを使います。モスキート音とは、若年層にだけ聞こえるヘルツ帯を使用した蚊の鳴くような耳障りな音です。「聞こえますか?」と聞くと、「聞こえません!」とか「聞こえます!」とか声が上がってきます。人によって差があるので、特殊な音とした上で余興的にやるのが良いと思います。
食べ物も教具になりえます。
同僚先生は、いろいろな味のキャンディー1袋を使っていました。「勉強する」と「味がする」の「する」の意味の違いを教えるために、学習者に目を閉じで飴玉をなめてもらいどんな味が「する」か答えてもらっていました。皆さんだったらどうやって、「味がする」や「匂いがする」「音がする」の「する」を理解させますか?
また、別の先生のクラスでは、Show and Tellの発表で学生側から面白い教材が登場しました。発表者本人の強い希望で「TKG(たまごかけごはん)」を紹介するために、本物のご飯と生卵を教室に持ってきたそうです。実演すると、手順を言葉で説明することにもなりますし、動作も伴いながら日本語を使うことにもなります。「生卵を食べる」という日本の食文化を、外国人学生が外国人のクラスメートに向かって紹介するというのも面白いですね。
このように、日本語のクラスには実にいろいろな「教具」が登場します。
シラバスとは「何を教えるか・学ぶかを示したもの」で、「どういった内容や項目を学ぶことによってコース目標が達成されるか、それを配列すること」をシラバス・デザインといいます。
日本語の教科書に採用されている「シラバス」は、大学の履修要項などに掲載されている授業シラバスとはやや異なる概念です。日本語の教科書の「シラバス」は、言語やコミュニケーション能力をどう捉え、日本語をどういう枠組み、または観点で整理するかによっていくつかに分類されます。様々な特徴を持った日本語初級教科書がありますが、採用されている「シラバス」によって分類することができます。
a)文法シラバス
文法シラバスは、構造シラバスとも言いますが、単純で易しい文型から複雑で難しい文型へと、文法表現を積み上げて習得していきます。
それぞれの文型と一緒に使用する語彙を制限することで、学習の負担も考慮されています。また、教師にとっても説明しやすい文法の提出順になっています。文法を体系的に学んでいくのに適しています。
b)タスクシラバス
「道が分からないときに尋ねる」「公共の場でのアナウンスを理解する」「公共の場に掲示されている案内を理解する」といった、コミュニケーション上の目的を果たすための課題がタスクで、タスクを遂行するために必要な文型、表現、語いを、読む、聞く、書く、話すの4技能を用いて学びます。ゴールは文型を覚えることではなく、その課題ができることです。
c)Can-doシラバス
Can-doシラバスは、JFスタンダードのCan-do statementで構成したシラバスです。Can-do statementとは、その言語で何ができるかを説明した項目の1つ1つで、タスクと同様その項目ができるようになることがゴールです。
このJFスタンダードは、日本語で何ができるかというレベルを参照できる枠組みですが、ヨーロッパで開発されたCEFRを参考にしています。CEFRについては、皆さんは英語学習で聞いたことがあるかもしれません。詳しくは第5章で紹介します。
d)トピックシラバス
学習者に直接関係あるような話題を選び、それについて話すために必要な文法、表現、語いを学びます。例えば、最近は「SDGs」に関心が高まっていますが、「SDGsの17のゴール」をトピックとして設定することもできます。教師だけではなく、学習者が自分の興味のあるトピックを選ぶこともあります。例えば、「クールジャパン」というトピックで、和食や伝統文化、ポップカルチャー等について話すこともできます。中上級の授業活動でよく用いられますが、初級でトピックシラバスを採用した教科書もあります。
e)機能シラバス
機能シラバスはコミュニケーションでのことばの機能に注目しています。「誘う」「断る」「許可を求める」「依頼する」「謝る」「苦情を言う」といったコミュニケーションの中でのことばの働きが機能です。
例えば、相手を映画に誘うときに、どうやって誘うかを考えてみましょう。
「明日、時間ある?」「この映画、前から見たいと思ってたんだよね」「無料の映画のチケットを2枚もらったんですけど、興味ありますか?」など、いろいろと考えられます。
「明日、時間ある?」は単なる質問ではなく、相手を「誘う」という機能を持っています。「映画、見に行かない?」は明確な誘いの表現ですが、「明日、時間ある?」も「誘う」という目的や意図をもって発したことばです。ただ時間があるかないかを聞いただけではなく、誘っています。
このようなことばの機能を中心に、構成したのが機能シラバスです。例えば「誘う」という項目では、相手や状況に合わせて複数の文型や表現が扱われます。
f)場面シラバス
「スーパーのレジ」「駅」「美容院」「郵便局」など具体的な場面で、何をするときにどのような表現が使われるかを学びます。例えば、「美容院」であれば、自分の希望の髪型を美容師に伝える必要があるので、そのための文法、表現、語彙を学びます。
日本語の教科書は、今見てきたシラバスのどれかを軸に、いくつかを取り入れているものが多いです。
学習者の中には、文法や語彙を一通り順番に学習して、一つ一つを積み上げていきたいという人もいるでしょうし、すぐに日常生活で使えるような表現を学びたい人、たくさん話す活動がしたいという人もいるでしょう。
また、教科書を選ぶときのポイントはシラバスだけではありません。第3章1節でも扱ったように、どのような表記を採用しているか、また、どのような言語で説明されているかも、レディネスやニーズに合わせて検討する必要があります。学習者の母語での文法説明が豊富だったり、絵や写真を多用したり、ローマ字表記にしていたり、漢字学習も取り入れいていたりと、それぞれ特性があります。
教育機関や教師は、学習者にあわせて教科書やその他の教材を選びます。
出版社が公開している動画などの補助教材や教科書についての紹介、一部内容が見られます。
国際交流基金(Japan Foundation)では無料のオンライン教科書や補助教材を開発・提供し、世界中の日本語学習者がアクセスできるようになっています。
〈国際交流基金が無料で提供しているオンライン教材〉
主教材(PDF)と補助教材(動画や音声ファイルなど)がすべてオンライン上で提供されています。
主教材が「りかい」と「かつどう」に分かれていて、入門(CEFR A1レベル)から中級2(CEFR B1レベル)まであります。本冊はペーパーバック版、電子書籍版、電子図書館版が発売されています。音声など補助教材がウェブサイトで公開されています。
NHK教育テレビの語学番組からスタート、WEB版が公開されています。
日本語や日本文化を動画やクイズを通してオンラインで学べます。
自分の楽しみを通して、いろいろな日本や日本語について学べるサイトです。12のトピックで構成され、写真や動画、音声付きの簡単な日本語の記事があります。
アニメや漫画で使われている日本語(漢字、単語、オノマトペ、キャラクターが使う表現など)が、英語、スペイン語、韓国語、中国語、フランス語で学べます。
みなさんは、外国語がどれくらいできるか、何によって判断しますか。自分の外国語の能力に対して、これまでにどのような評価を受けてきたでしょうか。評価には目的があります。
小中高で外国語を勉強してきた皆さんにとって、一番身近な評価はテスト、つまり、定期試験や模擬試験、検定試験、入学試験ではないでしょうか。それらが何のための評価だったのか、考えてみてください。そして、どんな力を測っていたのかも考えてみてください。
評価にはさまざまな考え方があります。皆さんの生活の中でも、さまざまな場面で評価が行われています。評価を少し広くとらえ、日本語教育での評価の考え方や方法を見ていきます。そして、皆さんも、日本語学習者向けに実施されている日本語の検定試験に挑戦してもらいます。
評価は学習のさまざまな面に影響を与えます。高校生のころ英語で「2」をとった筆者は、「英語ができない人」だと正式認定されたように思い、その後しばらく英語学習に対するモチベーションは上がりませんでした。
また、評価は学習者の動機だけでなく、教師の教え方にも影響を与えます。もし、コースの最終成績が筆記テストによって決まるなら、教師は筆記テストで学生が良い点がとれるような指導に重きを置くでしょう。もし、発表や作文の評価が最終成績に反映されるなら、「話す」「聞く」「書く」を含めたパフォーマンス指導にも重きを置くでしょう。
評価は、言語教育のあり方とも連動します。
近年、教師中心よりも、学習者中心の言語教育が注目されるようになり、テストのような結果重視よりも過程重視の評価へと関心が移りました。そのような言語教育では、授業活動への参加態度の評価、自分で自分を評価する自己評価や、学習者同士で評価し合う相互評価、そしてポートフォリオ評価といった代替評価が取り入れられるようになりました。
皆さんは、ルーブリックによる評価を経験したことがありいますか。作文や発表などのパフォーマンスを評価するときには、マークシートなどの多枝選択テストと異なり、採点者の主観がどうしても入ります。ルーブリック評価は、評価項目とそれぞれの到達レベルを示したマトリックスを用います。これを利用することで、評価者間で評価基準に共通認識を持て、評価の公平性を担保できます。また、ルーブリックを、自己評価に用いることで、学習者が自律的に学ぶことを促し、教師と学生が同じ到達目標に向かえるようにします。
2000年代に入ってから、言語教育の評価に大きな影響を与えているのが、CEFR(Common European Framework of Reference for Languages:Learning, teaching, assessment ヨーロッパ言語共通参照枠)です。
ヨーロッパ諸国が政治経済の連携を図り国際力をつけていくには、様々な言語が使われているヨーロッパ内で、人がスムーズに移動し交流を図らなければなりません。そのための言語政策も必要です。
複言語・複文化主義の考えに基づき、様々な言語の運用能力を自己評価するときに用いることのできる共通の参照枠組みを作ったのが、CEFRです。
複言語主義とは、1人の人間が複数の言語能力をもっている社会で、母語以外の言語をそれぞれの人が必要としているレベルで身につければ、その人の関わる領域や場面ではメリットがあり、必要な交流ができるから、それを目指そうという考え方です。これに対して、多言語主義とは、多様な言語背景を持つ人々が暮す社会で、それに対応できるような言語環境の整備を進めようという考え方です。
CEFRはテストではなく、言語能力のレベルの参照に用います。A, B, Cの3段階、A1〜C2の6レベルに分かれています。
A:基礎段階の言語使用者(Basic User)
B:自立した言語使用者(Independent User)
C:熟達した言語使用者(Proficient User)…Cが一番高いレベルです。
CoE(Council of Europe 欧州評議会)ウェブサイトには、CEFRの共通参照レベルを簡略化した「グローバル・スケール」が掲載されています(英語など)。A1~C2のおおまかなイメージができると思います。JF日本語教育スタンダードのウェブサイトには日本語に翻訳されたCEFRの「全体的な尺度」が掲載されていますので、こちらも参考にしてみてください。
また、学習者が自己評価に使用できる簡略版の「セルフ・アセスメント・グリッド」もあります。皆さんも自分の外国語がどのレベルか、共通参照レベルで確認してみましょう。(CEFRは様々な言語に適用できます。)日本語に翻訳された「自己評価表」もあります。
ウィキペディアの「ヨーロッパ言語共通参照枠」という項目を見ると、様々な言語の検定試験のレベルがCEFRの共通参照枠とともに比較されています。
実用英語検定と比較すると「1級」がCEFRの「C1」レベル、TOEFL iBTと比較するとCEFRの「C2」は「114」となっています。CEFRのCは非常に高いレベルであることが推定されます。ただし、それぞれのテストが測っているのは異なる能力なので、あくまでイメージの1つとしてとらえておいた方が良いでしょう。例えば、日本語能力試験N1はCEFRのC1の枠になっていますが、日本語能力試験は多肢選択の設問のみである上、会話やスピーキング能力を測定することはできません。
CEFRはヨーロッパで誕生しましたが、日本語を含め、様々な言語で利用されています。
日本では、国際交流基金(Japan Foundation)がCEFRの考え方に基づいて、「JFスタンダード」という日本語運用能力の指標を作りました。
これらの「参照枠組み」は、言語の知識ではなく、その言語を使って何ができるかという運用能力の指標「Can-do」を用いています。そのため、「~ができる」という記述で表されています。
例えば、「講演やプレゼンテーションをする」の6レベルは以下のようにあらわされます。(「みんなのCan-doサイト」参照)
A1「非常に短い、準備して練習した言葉を読み上げることができる。例えば、話し手の紹介や乾杯の発声など。」
C2は「話題について知識のない聴衆に対しても、自信を持ってはっきりと複雑な内容を口頭発表できる。」
もし、評価する指標が曖昧だったり、地域によって異なっていたりすると判断に非常に困ります。
例えば、ハンガリー出身の人が、ドイツで就職するときに、ドイツ語や英語など仕事で必要な言語能力が十分あるか判断するのに困ってしまいます。
CEFRという共通の指標があることによって、自分のドイツ語や英語の言語能力をどこへ行っても相手にわかる指標で示すことができます。共通参照枠があると、次のような問題も解決することができるでしょう。
【ケース1】
ある人は「英検2級」をもっています。ある国の大学に留学することになりましたが、「英検2級」がどのようなレベルなのかある国の先生にはわかりません。
【ケース2】
海外の日本語教育機関において、ある学習者は初級コースを終了しました。日本に留学し、次のステップとして中級レベルのクラスを履修しましたが、知らない文法や語彙が多く、授業内容も難しすぎて全くついていけませんでした。
【ケース3】
ある日本の会社では、ネイティブレベルの英語や日本語ができる中国人を現地で採用しています。TOEFL108点、JLPTN1をもっている中国人を採用しました。しかし、英語でも日本語でも会話があまりできず業務に支障がでました。
CEFRやJFスタンダードといった評価の枠組みに基づいてコースデザインを行うことで、
・国や機関が違う教師同士でも、同じ基準で話し合いや情報交換ができます。
・教師と学習者が学習の目標を共有することができます。
・学習者の日本語能力を、他の言語との共通基準にもとづいて説明できます。
日本語の大規模なテストには「日本語能力試験(JLPT)」や「日本留学試験(EJU)」があります。
日本語学習者が自分の言語能力を判断する熟達度テストで、進学や就職でも必要になることから、学生、社会人問わず国内外で受験者が多いです。N1からN5までレベル別に受験し、合否が決まるので、英語でいう英検に近いでしょうか。ただし、スピーキングやライティングの試験はありません。
日本の大学等へ進学を希望する外国人留学生が、日本語能力や基礎学力を測るためのテストで、試験科目は日本語に加え、理科系の科目や総合科目、数学があります。自分の専門分野に応じた科目を受験します。こちらは、センター試験や共通テストのような性格を持っていて、得点で各学校が入学試験などの際にレベル判定を行います。
この他に、ビジネス場面での日本語能力を判定する「JBT ビジネス日本語能力テスト」や、就労のために来日する外国人に向けた「国際交流基金日本語基礎テスト(Japan Foundation Test for Basic Japanese, 略称:JFT-Basic)」(2019年開始)もあります。
口頭での運用能力を図る試験としては、アメリカの外国語教育協会「ACTFL」が開発した「OPI」テストの日本語版が知られていますが、実用面での課題も指摘され、新しく「Japamese Oral Proficiency Test」の開発へ向けた研究がされているようです。
国内外で広く用いられている日本語の検定試験「日本語能力試験 JLPT-Japanese Language Proficiency Test」について詳しく見ていきましょう。(日本語能力試験JLPTウェブサイト)
JLPTは年に2回、7月と12月に行われ、日本国内では「日本国際教育支援協会(JEES-Japan Educational Exchange and Services)」が各都道府県で実施しています。海外では「国際交流基金(JF-Japan Foundation)」が、85の国や地域の249都市で実施しています。2018年の受験者数は、国内海外合わせて、100万人を超えています。日本語学習者の増加とともに、受験者数も増えています。
JLPTの中身を見てみましょう。
レベルはN1からN5まであり、N1が一番高いレベルです。大学や専門学校の入試では、N2以上を出願の要件としているところもあります。
テストは、言語知識(文字・語彙・文法)および読解と聴解に分かれていて、N3-N5では言語知識が「文字・語彙」と「文法・読解」に分かれるなど、レベルにあわせた出題形式と問題量になっています。
試験は基準点に達すれば「合格」となりますが、それぞれのパートで最低必要な得点も定められています。
テストはすべて選択マークシート方式です。言語の四肢技能「話す・聞く・読む・書く」の中で、測れるのは「聞く」と「読む」だけです。実際のところ、N1に合格しても、日本語を話すのが苦手で、日常会話で苦労している人もいます。
「TOEIC Listening & Reading test」で満点を取る人が、かならずしも英語を流暢に話せるわけではないのと同じですね。
それでは、みなさんも、JLPTテストに挑戦してみましょう!
以下のリンクをクリックして、テストのレベル別(N1~N5)サンプル問題をやってみてください。(どのような形式の問題かを数問見ることができます。実際のテストの問題量は異なります。)
https://www.jlpt.jp/samples/forlearners.html
ちなみに、N1は180点中100点以上で合格です。興味のある方は、能力試験の対策問題集が出版されているので、書店で見てみてください。
最後に、学習者の日本語レベルとそれに合わせたコミュニケーションについて考えていきましょう。
JLPTの各レベルの目安を、日本語のレベル別クラスで大まかに表すと、以下のような対応になります。
N1 上級レベル
N2 中級後半~終了レベル
N3 中級前半終了レベル
N4 初級終了レベル
N5 初級前半終了レベル
ただし、合格した得点によっても熟達度は異なってくるので一概には対応できません。また、JLPTは話す・書くの熟達度は測れないので、JLPTのみでその人の日本語能力レベルの判定をするのは難しいです。複数の評価方法を用いて、JLPTの結果も参考にするというのが良いでしょう。
筆者が担当してきた日本語クラスで、学習者がどのようなレベルの日本語を使用し、どのようにコミュニケーションをとりながら学習を進めているか様子を紹介します。
〈初級クラス〉
教師は、単語や非常にシンプルな単文、英語での説明を織り交ぜて話します。学習者が勉強した文型を思い出し、ゆっくり文を組み立てながら話すのを待ちます。考えながら話すので、沈黙も多々あります。英語や中国語などの共通語が頻繁に飛び交い、英語で質問されることが多いです。
学習者が理解できるよう教師はジェスチャーや表情を使い、反応も大きくします。後半になると300~400字の作文が書けるようになりますが、意味がよくわからない文も頻繁にでてきますます。「私」や「大学」等よく出てくる漢字を使っている人は多いです。漢字圏の学生の傾向として、漢字の単語を多用していても読むことができない、また、口頭でのやり取りを継続できず文字に頼る点が見られました。
〈中級前半クラス〉
日本語だけで授業を進めます。なるべく短い文で、はっきり、繰り返し説明するようにしていますが、ときどき理解できない人もいます。
学習者が質問するときには日本語使用を促しますが、英語になってしまうこともあります。反面、ディスカッションで言いたいことをどんどん言う学生もいます。500~1000字の作文や序論・本論・結論で構成するレポートを書きます。NHKのNews Web Easyがだいたい理解できます。
〈中級後半クラス〉
教室内での媒介語の使用はゼロで、学習者と教師とのやりとりは日本語でほぼ問題ありません。非常に流暢に話す学習者も多く、学習者同士でも日本語でやりとりする人が多いです。一方で、グループ活動でなかなか発言できない学習者や、四肢技能に偏りのある学習者もいます。
教師は、難しい言い回しや、日常生活で使用頻度の少ない語彙・漢語を避けて話すようにし、難しい語彙は漢字とひらがなで板書し、説明します。1500~2000字程度のレポートを書きますが、説明しなければならない内容が複雑になると、理解の妨げになるようなミスも目立ちます。
〈上級クラス〉
上級の教科書を使用する場合もありますが、日本語母語話者が接しているような文献をそのまま教材とすることもあります。新聞の記事は、語彙リストを付してそのまま使用します。ディスカッションや発表など活動の中で、学習者は、語彙や漢字を増やしたい、発音を改善したい、即興で話せるようにしたいなど、自分なりのこだわりをもった学習をしているようです。
現代文学作品や専門書を日本語で読んでいる人も多いです。ビジネスパーソンの中には、10年以上日本語学習をしている人も少なくなく、敬語の言い回しや就業中に実際経験した場面についてもよく質問が出ます。
以下の「日本語能力試験Can-do自己評価リスト」と「日本語能力試験 合格者と専門家の評価による レベル別Can-doリスト-わたしが日本語でできること-」は、学習者が合格しているレベル(N1~N5)では何ができそうかをイメージして、一緒に仕事をしたり生活をしたりする場合の参考にすることができます。
皆さんが、外国人と日本語でコミュニケーションするときに、どんなことに気を付けたらよいか、学習者の日本語レベルごとに、考えてみてください。
https://www.jlpt.jp/about/pdf/cdslist_all.pdf
日本語能力試験 合格者と専門家の評価による レベル別Can-doリスト-わたしが日本語でできること
https://www.jlpt.jp/about/pdf/cdslist_all_2020.pdf
留学や仕事、観光で外国に行ったとき、その国の言葉を流暢ではないけれど、少しは話せたとします。あるいは、話すのは苦手だけれど、文法や単語の知識はそこそこあるとします。その場合、現地のネイティブスピーカーがどんなふうにあなたとコミュニケーションしてくれたら嬉しいですか。逆に、どんなふうにコミュニケーションをされたら悲しいでしょうか。「英語を話すべき」「日本語を話すべき」と、使う言語を管理する前に、どのようにコミュニケーションすれば相手と良い関係を築けるかを考えることも大切です。
筆者は以前、学習者から、「日本人の友達が英語で話してばかりで、日本語を話してくれない」ということを聞いたことがあります。英語を学習している日本人は、せっかく外国人と友だちになったのだから是非とも英会話の練習をしたいし、日本語を学習している外国人はやっと日本へ来れたのだから、もちろん日本語で話したい。どの言語を使用するのか、誰が使用言語を決めるのか、悩ましい問題です。
しかし、自分の母語を相手のレベルに合わせて、コントロールして話せるのも1つの言語スキルだと、筆者は思いますし、本コースのテーマでもあります。結局、どの言語をどのように使用するかは2次的なもので、人間関係の構築や相手への思いやり、歩み寄り、配慮といった精神ががその土台にあると思います。
ウィキペディア「ヨーロッパ言語共通参照枠」
遠藤織枝編著(2020)『新・日本語教育を学ぶ』三修社
Council of Europeウェブサイト「CEFR descriptor (searchable) 」
https://www.coe.int/en/web/common-european-framework-reference-languages/the-cefr-descriptors
鎌田修ほか(2017)「日本語口頭能力試験 “JOPT” の開発と意義:アカデミック、ビジネス、そしてコミュニティー部門における
共生に基づく言語使用能力の測定」『第20回ヨーロッパ日本語教育シンポジウム報告•発表論文集』pp.422-427
国際交流基金日本語基礎テストウェブサイト「JFT-Basicとは」
https://www.jpf.go.jp/jft-basic/about/index.html#se01
JF日本語教育スタンダードウェブサイト「JFスタンダード資料『JF Can-do一覧 カテゴリーごと』」
https://jfstandard.jp/pdf/20190731_JF_Cando_Category_list.pdf
https://jfstandard.jp/pdf/CEFR_Cando_Category_list.pdf
https://jfstandard.jp/pdf/cando_6levels.pdf
東洋経済オンライン「訪日外国人とはいったい何語で話すべきなのか英語は単なる一言語?それとも国際共通語?」(2021年3月31日アクセス)
https://toyokeizai.net/articles/-/299125
独立行政法人日本学生支援機構ウェブサイト「日本留学試験(EJU)」
https://www.jasso.go.jp/ryugaku/study_j/eju/index.html
日本語能力試験ウェブサイト「問題例に挑戦しよう」
https://www.jlpt.jp/samples/forlearners.html
森篤嗣編著『超基礎日本語教育』くろしお出版
萬美保・村上史展編(2009)『グローバル社会の日本語教育と日本文化:日本語教育スタンダードと多文化共生リテラシー』ひつじ書房