YouTubeにて「笑みの間チャンネル」スタートしました!ぜひお越しください\(^o^)/
不登校に関する最近の話題や報道を見て思ったこと、調べてみたことなどをお伝えするページです。
***この記事は、「お母さんのページ」「お父さんのページ」「先生のページ」に掲載されている内容とほぼ同じです。***
文部科学省は2021年の秋に2つの不登校に関する調査結果を公表しました。
一つは毎年学校・教育委員会を対象に実施されている「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(以下、学校対象調査)、もう一つは当事者を対象とした調査「令和2年度不登校児童生徒の実態調査」(以下、当事者対象調査)です。
この2つの調査結果を比較したものが左のグラフです。(学校対象調査は小中学校の平均値を使っています。)
学校対象調査ではいじめや先生との関係が原因とする回答は1%前後と極めて少ないのに対し、当事者対象調査では「学校に行きづらくなった理由」という質問に対し、「いじめ(いやがらせやいじめがあった)」と回答したのは小学生で23.0%、中学生で16.2%、「先生のこと(先生と合わなかった、先生が怖かった、体罰があったなど)」と回答したのが小学生27.0%、中学生25.3%となっています。文科省がこれまで毎年行ってきた学校対象調査の結果を踏まえて、各自治体が不登校支援策を検討したり、研究者が分析の土台としてきたことを考えると、実態を適切に把握できないままこれらの調査結果が学校や社会に与えた影響は小さくないと私は考えます。
さらに、学校対象調査では不登校の原因を生徒の「無気力」とする回答が5割近くに上り、全回答項目で最多となっています。当事者対象調査の回答に「無気力」が含まれていないため単純な比較や分析は難しいですが、この結果によって一部の学校や教員が不登校の理由について、「本人の心の問題」と捉えて対応している可能性も考えられます。
ただ、今回公表された当事者対象調査は対象者が絞られており、さらに回答率も10%前後と低かったことから、今回の調査結果で不登校の全体像がわかったとは言い切れないと私は思います。「調査期間中(約1ヶ月間)に学校または教育支援センターに登校・通所しアンケート用紙を受け取った生徒」しか回答できない条件設定が、何の影響もないとは考えにくいとも思います。調査実施期間中に登校も通所もできなかった完全不登校状態の子ども達の声は反映されていないため、調査結果に偏りが生まれてしまっている可能性もあります。あらゆる状況の不登校生徒やその保護者の声が集まるような調査分析が望まれます。
なお、文部科学省は令和4年度概算要求の「いじめ対策・不登校支援等総合推進事業」(要求・要望額104億円)の中に、「いじめ・不登校等の未然防止に向けた魅力ある学校づくりに関する調査研究」(365百万)を盛り込み、その一つとして「…不登校の未然防止等に向けた校内型適応指導教室、スクリーニング、経済的支援の在り方等の調査研究」を掲げています。
引用・参考資料
「令和4年度概算要求のポイント」 文部科学省HP
新しく公開した「先生のページ」と「元不登校のページ」。もうご覧いただけたでしょうか?
不登校の子どもたちとその保護者の方々のための場所としてスタートした笑みの間ホームページは、私達運営メンバーの予想よりもはるかに多くの方々にご利用いただけるようになりました。
そこで、笑みの間がミッションに掲げる「不登校の子、その保護者、先生が人として尊重しあい、穏やかに対話できる関係性の構築の支援」を目指す上で欠かすことのできない「先生」のためのページを立ち上げました。
しかし、実際には対話をしたくても先生の席はいつも空席のような関係性になってしまうこともあります。
SNS上で行ったアンケートを通して、先生方の中にも、不登校の生徒やその保護者とのコミュニケーションに難しさを感じている方もいることがわかりました。そこで、笑みの間の「先生のページ」では、学校とやり取りする際の保護者の気持ちや、不登校生徒の本音を紹介したり、家庭と先生方が共有しておくと対話がスムースになると思う情報をそれぞれにご紹介することにしました。
生徒・保護者・先生の三者がなるべく近い認識を共有し、「子どもが元気になる」「相談できる人を増やす」「家でも学校でも安心して学べる」「友達と会える」「教室以外の居場所を作る」などのテーマを前向きに考えられるように…という願いを込めて作りました。
一方、現在不登校中の人向けではない、「元不登校のページ」を加えたのは、不登校経験者の卒業後のサポートがあまりにも少ないことを知り、不登校経験から生きづらさを抱えている人たちを支える社会の柱を一本でも多くしたい…と思ったことがきっかけです。
不登校になる理由や背景は様々で、卒業し、新たな場所で回復に向かう人もいます。しかし、心の傷が癒えないまま卒業し、その後の人生の生きづらさにつながってしまう人もいることはあまり知られていないと感じます。
不登校経験者の卒業後の調査もいくつか行われています。もちろん、回復し元気に生活している人もいますが、中には一見問題なさそうに見えても、内面では不安や自信の無さ、自己への諦めのような感覚を持ち続け、それが生活の様々な場面での生きづらさ、対人関係の難しさへと繋がっているケースもありました。
このように苦しむ卒業生を毎年たくさん送り出してしまう学校の問題がありながら、卒業すると学校や教育委員会からの支援が無くなり、「もう終わったこと」として周りからも理解されなかったり、個人の心の問題とされてしまうのは厳しすぎるのではないか、と私は考えます。
笑みの間では、一人でも多くの方に「不登校のその後」に続く問題があることを知っていただき、考えていただくことが、不登校経験者を社会全体で支える柱を増やすことにつながるのではないか、と思っています。
なんだかエラそうな話を長々と恐縮です(大汗)
どちらもまだ情報量は少ないですが、たくさんの願いを込めて作りました。ぜひお越しください!
この時期は全国の学校で二学期が始まるため、あちこちで「学校は無理していかなくていい」「辛かったら逃げていい」というメッセージを耳にします。
この「逃げて」というメッセージを、不登校の子どもはどんなふうに受け止めているのだろう?といつもモヤモヤしていました。そこで、元不登校の息子コタケに、「不登校の頃、「逃げて」というメッセージを聞いてどう感じてた?」と聞いてみました。
コタケ「逃げてって言われても、どこに逃げたらいいの?と思ってた。 当時の自分が望んでいたのは物理的に学校から離れることじゃなくて、安心できることだった。安心できてさえいれば学校には通い続けられたけど、そこは叶わなかった。そもそも辛い日々が続いたから、頭の中が空っぽな感じで、何を言われても考えること自体できなかった。心理学の本にあった学習性無力感と似てるかも。」
確かに、学校生活の中で辛い思いを抱え続けた息子がこのような心境になるのは無理もなかったと思います。聞いていて、親として懸命に努力していたつもりでも、もっと早く、もっと何かできなかっただろうかという苦しい思いが蘇りました。
私がさらに「災害から避難するようなイメージかな?」と聞くと、息子はさらに当時の心境を話してくれました。
「例えば台風が迫ってきた時に避難できるのは、逃げるべき災害が台風であるとわかっていて、その場合どうすれば安全で、安心出来る状態なのかも分かってる。でも当時の自分はどうしたらいいのか全く分からなかった。台風なのか地震なのかもわからず、ただ大人からの「逃げて」と言う警報だけが心の中で鳴り続けている感じ。ただ怖くて、動けなかった。不登校の子にしてみれば、物理的に学校から離れることよりも、安心できることが重要で、それが叶うなら別に学校から逃げる必要もない。自分は学校に通いたかったけど、安心できないからとにかく離れるしかなかった。家にいるのは安心できるからと言うより、そこしか居場所がないからで、「学校に行っていない」ことへの焦りや不安はどこにいても消えなかった。だから、学校以外なら安心とは限らないと思うし、「逃げて」という大人の警報のやり方は上手くはないと感じていた。自分が思うのは、警報より、その子が学校にいて不安になる要素を取り除いたり改善してあげて、少しでも不安を減らしてあげる方が、子どもの心に余裕を作ってあげられるんじゃないかな。」
返す言葉もありませんでした。毎日どれほど辛かっただろうと思うと同時に、当時の心情を冷静に言葉で表現できるようになったことに息子の回復と成長を感じ、親として色んな意味で泣きそうになりながら聞いていました。
不登校当時、息子は鴻上尚史さんからのメッセージ『死なないで、逃げて逃げて』(朝日新聞「いじめと君」ページ内)に励まされると言っていました。改めて読んでみると、鴻上さんは「逃げて」と言うだけでなく、「逃げた後どうするか」まで書いていらっしゃいました。息子の心のお守りだったのかもしれません。
子ども達が安心できる環境にするために、学校や家庭にはどんな取り組みが必要なのでしょうか。私は、学校生活が辛いと感じている子ども・若者たちの声に大人の側が教わる姿勢で耳を傾け、子どもを不安にさせているものは何かを一人ひとり見極めることが重要だと思います。これは難しく、大人側の落ち度や過ちが見つかることもあるかもしれませんが、勇気を持って向き合いながら、子ども達への支援を大人だけで決めずに一緒に考えていく過程の中で、子どもの心に安心感が生まれたり、改善のための新しいアイデアや望ましい支援が見えてくるのではないか、と私は思います。
みなさんは、どう思われますか?
不登校の生徒への配慮は、学校によって、さらに先生によってびっくりするほど違う、というのは不登校界隈ではよく聞く話です。不登校への理解が広がりつつある今でも、学校に来ないのはやはりヨロシクナイと考える先生もいます。また、学校の先生を職業としている人からすれば、「学校は楽しいよ!がんばって楽しい授業にしてるよ!」と思うのも当然でしょう。こうした先生方にとって、不登校の子の様々な心情や背景は想像できる範囲を超えているのかも知れません。
息子のコタケは様々な事情で不登校になりましたが、その背景の中には「校内のよくある状況」が息子にはしんどいということがありました。詳しく聞くと「なるほど、確かに辛いかも」とは思うものの、すでにいくつもの配慮をしてもらっている中で、多忙な先生にさらに細かいお願いするのを躊躇することもありました。
その一つが「正門から登校するのがつらい」というものです。
コタケの学校は正門から校舎の入り口まで離れていて、息子が遅れて登校しているのが教室の窓からよく見えてしまいます。実際には授業中で誰も見ていないとしても、不登校であることの焦りや不安に加えて、だんだん校舎が目の前に迫ってくるような圧迫感も感じていたようでした。しかし正門以外の門となると、後は教職員用の裏門しかありません。
裏門は保健室のすぐ近くなので、他の生徒とすれ違うことなく保健室に入れます。その時の私は「辛いのに無理して登校しなくてOK」と腹をくくっていたのですが、「少しでも登校してコタケの罪悪感が軽くなるなら」と思い切って校長先生に相談してみました。一人の生徒に例外を認めるのは簡単ではないことは経験上感じていたので、ホントにダメ元だったのですが、校長先生は「いつでも安心して学校に来られるように」と快諾してくださり、その日以降、息子と私は教職員用の裏門から登下校できることになりました。
裏門は正門とは対象的に、木や草に囲まれたこじんまりとした静かな癒やし空間で、ちょっと隠れ家的な雰囲気もありました。コタケの場合は登校する時に事前に電話するルールにしていただいていたこともあり、裏門にはいつも養護の先生が笑顔で出迎えてくれました。今でも思い出すと心が温かくなる情景です。
それ以降、週に何日かは裏門から登校し、養護の先生に見守られながら保健室で宿題をし、休み時間には友達が訪ねてくれたり、給食を運んでもらえたりしました。コタケにとって教室に入れなくても「出席扱い」になり、友達との交流も失わずに済んだのは、本当に大きな心の支えとなりました。
裏門が使えることを伝えた時の息子の嬉しそうな顔は今でも忘れません。こうした小さな配慮の積み重ねが子どもの安心感や信頼感に繋がることを改めて実感した出来事でした。
正直にお話すると、私は学校に要望を伝える際、心の中で「モンスター・ペアレントと思われたくない」という急ブレーキがかかることもあり、すぐには言葉にできない時もありました。でも先生によって不登校に関する知識も経験も違うため、こちらが言葉で詳細に伝えないと配慮が得られない場面も少なくありません。時には「モンペと思われても伝えなければ」と覚悟して学校に強く主張することもありましたが、卒業時には先生方と感謝やねぎらいの言葉を伝えあえる関係になれたことは、私の人生にとっても貴重な財産となりました。
この時に感じた「言葉は伝えることで初めて変化を起こす力を持つ」という実感は、このホームページを作り、インターネットで発信する勇気を支えてくれています。
最近、とても胸の痛む記事を読みました。先生によるいじめは私にとっても他人事ではないため、ここでは私の体験も踏まえ、この問題への意見をお伝えしたいと思います。
小6児童の悲痛な声「なんで加害者を擁護するの?」 不適切指導で2年半も不登校に(文春オンライン)
この記事に出てくる不登校のお子さんは、学校の先生からのいじめにあい、親子で大変な思いをされていらっしゃいます。いじめは生徒同士とは限らないことは個々の体験として以前から知られていても、それを一つの社会問題として広く共有される機会はあまり無かったように思います。その被害がどれほど多く、また不登校の原因となっているのか、はっきりわかっていません。
教員によるいじめは、生徒同士のいじめと同様かそれ以上に深刻だと思います。相手は大人で、担任であればクラスをコントロールできる立場の人間です。信頼するよう家庭でも学校でも促されている存在が自分をいじめているという事実を周りに伝えるのは容易ではないですし、信じてもらえなかったり、傷ついた経験を詳しく語るのに大きな苦痛を伴う子もいるでしょう。
そこで、もう40年ほど前のことですが、ご参考までに私が担任の先生にいじめられた時の体験をお伝えしたいと思います。
私が最初に受けたいじめはクラスメートの男子生徒たちからでした。私のクラスではそれ以前からいじめられている子がいました。その子はテストではかなり低い点数しか取れないことで「頭が悪い」といじめられていたのですが、他のクラスメートからは「兄弟の世話をしたりして生活力の高い人」と言われたり、実際に会話をしていても特に会話に問題は感じませんでした。
ある日、一人の男の子が私の顔を見て「アイツに似てるぞ!」と叫んでから、私もいじめられるようになりました。それ以来、誰かの傍を通るだけでバイ菌と罵られ、屈辱的なあだ名で呼ばれるようになりました。幸い、何人かのクラスメートはいじめの中心メンバーのいないところで私と普通に仲良くしてくれたため、なんとか耐えて登校していましたが、担任のA先生は見て見ぬ振りをしていました。
塾に通うようになると、学校のテストで好成績を取るようになりました。すると次第に塾の先生と比べてA先生の指導が雑だと感じる場面が増えていきました。A先生は授業が好きではないのか、授業中に生徒たちを勝手に遊ばせることがよくあり、クラスの学力低下が学校で問題になったこともあったそうです。それとほぼ同時に、A先生は授業で正解に近いヒントを出してからテストをしたことがありました。私はそのことに呆れてしまい、いじめの解決もせず、授業もまともにしないで成績をごまかそうとするA先生を尊敬できなくなっていきました。
ある日、A先生はこれまで受けたテストを全部学校に持ってきて点数表を生徒自身で作って提出するよう求めました。私は意味がわかりませんでした。そんなことを言った先生はそれまで一人もいなかったからです。私は紛失したものもあったのでそれをA先生に申告すると、「ならお前は全部0点だ」と厳しい目で言われました。当時、私はほとんどのテストで満点を取っていたので、「なんでそんなひどいことを言うんだろう。そもそもなんでこんなことをさせられるんだろう」と落ち込みました。さらにA先生への不信感が募っていきました。
それから、授業中に全員でふざけていても私だけが罰を受けたり、授業中に「お前は大したこと無いんだからな」と面と向かって言われたりしました。私はA先生の理不尽に怒りを感じるようになり、「こんな先生に絶対に傷つけられたりしない」と心の中で必死に闘っていました。クラスメートと担任の先生からの両方からいじめられた経験は、その後私の人生にしばらく影を落とすことになります。
小学校を卒業後、私は教師という立場の人に一切心を開かなくなりました。
それから時代も変わり、息子の不登校をきっかけに私はその考えを改めるような尊敬できる先生方に出会いました。(残念ながら心の中でアンパンチをお見舞いしたくなるような対応をする先生もいましたが。)他の職業と同様に教師にもいろんな人がいるのでしょうが、当時の幼かった自分も、我が子を預ける親としても「悪い意味で色々いられては困る!」と思います。
今となってはA先生の本心を知ることはできませんが、例え私に何らかの非があったとしても、生徒をいじめてよい理由には決してなりませんし、他人を自分の都合でいじめるのは卑劣な行為だと思います。以前、息子のカウンセラーの方にこの話をしたところ、「その先生はあなたが怖かったのではないでしょうか。自分の能力の無さを見透かされていると感じた…だから「大したこと無いんだ」と貶めようとしたのでしょう」と言われたことがあります。もしそうだとすれば、A先生にはそもそも教師という職業に必要な姿勢や能力だけでなく、大人として、人として持つべきものさえ十分に備わっていなかったのだろうな、と思います。当時は「でもしか教師」なんて言葉ができるほど教員には容易になれた時代でしたから。
もしこの文を読んでいる人の中に、先生からいじめられているという人がいたら、「キミが先生から見てどんな生徒であっても、成績が悪くても、忘れ物が多くても、遅刻が多かったとしても、どんな理由があろうとも、先生が生徒をいじめることは間違っている」ということを、ぜひ心のすみっこのちょっと目立つところに置いといてくださいね。