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御雌考
最近「博多っ子純情」を読んでたんですけど、出てきましたね、「おめめしゃん」。
その昔「普通の言葉で↓な意味に聞こえてしまう言葉大募集」ってのをサイトで企画して、博多出身の方からこの言葉の意味を教えていただいて大ウケしたのも記憶に新しい処ではあるんですが。
今読み直しても結構面白いなあ…これ
あ、念のため。
博多弁で「おめめ」とは関東四文字語である「おま○こ」や関西三文字語の「お○こ」や九州二文字語「ぼ○」のことです。徳島かどこかでは「チャコ」でしたっけ?いわゆる女性器のことです。まあここを読んでる奇特な方々はよくご存知のことだとは思いますが(笑)
んでですね、その時にもちょっと語源なんかを調べてみたんですよ。
関東のは新しくてよく分からないみたいなんですが、関西と博多は結構近いようで、「雌/牝/女=め」に「子」をつけたのが関西、繰り返したのが博多、って感じです。
ちなみに九州二文字語は観音菩薩から「菩々」だそうです。九州では繰り返しで表現する習わしなようで。ここ、重要です。
同じようなことを調べたくなる人はいるもので、こんなのとか、こんなのを書いてる人がいます(爆)
しかしながら、文献的にはそんなに古くを辿れてないんですよね。「俗」な文化が明文化されるのは江戸時代ですから、当然俗語/卑語が文献として残るのはせいぜいそんな時期で、雅やかな「公」な文化しか明文化されていない時代にはどうだったのか、それは想像に任せるしかない、という処でしょう。通説では、「御女子」が語源とされおり、それがいつからか、は詳述されていません。
が、ですね。
これは「日本書紀」の冒頭、いわゆる国生みの一節です。中央上段に「雌元(めのはじめ)」、とあり、下段には「雄元(おのはじめ)」とあります。これらを合わせる(まぐわう)事で国「産み」が起こるのですから、「ま○こにち○こ合わりゃ子ができる」って真理を表現してるわけです。それはともかくとしても、記紀の時代から、女性器を表す言葉に「雌」が使われているのは公式な史実と言い切れるわけです。そういう意味では「お○こ」とか「おめ○」というのは少なくとも1400年の歴史を持つ古式ゆかしい言葉である、そういっても差し支えないでしょう。
さてここで問題は、書紀の記述が「元々ある言葉を捩って雅やかに変節させられたものなのか」、または「書紀記載に当たり全くの造語として作られたものなのか」です。前者においては巷の俗語としてそれに類する言葉があった、すなわち「めもと」とか「おめもと」またはずばり「お○こ」や「おめ○」と呼ばれていたものであって、史書しかも勅撰である書紀に記載されるにあたり「雌元」という漢字が当てられた、ということになるでしょう。後者であれば、「雌元」を俗に言い換えたのが「お○こ」や「おめ○」である、ということになります。いずれが正しいかはこれ以前の文献に当たれる専門家に任せるしかありませんが。とかいいながらネットで「雄元」って探したらそんな名前の会社があるんですね(笑)。ついでにこんなんもありますが……「書紀ではち○この意」とかは流石に書けませんね(爆)。昔「崇徳」って名前を見たことがありますが、これに勝るとも劣らないDQNネームです。それはともかく、常識的に考えれば、元々日本にあった言葉を言い換えて雌元としたものである可能性が高いと思われます。
そんな古式ゆかしい女性器の呼称なんですが、「女陰(ほと)」なんてのもありますね。そこで思い出されるのは、一休さん作とされる狂歌です。何度このネタを使うつもりだなんてツッコミが入ってくる気がしますが、大笑いした歌なのでここのもう一度詳細に解説してみたいと思います。
こくらくを いつくのほとと おもひしに
杉葉立たる 又六が門
一般には、又六は飲み屋の名称であったとされ、杉葉は飲み屋の軒先にぶら下がった杉玉のことだそうです。杉玉についてのwiki でも、この歌が引用されています。
要するに極楽は杉玉をぶら下げた飲み屋の中にあるんだよ、という歌と解されているわけです。
はあ?(爆)
あのね。
頓智で有名な一休さんですよ?
華叟宗曇の印可状を断ったどころか焚き火の中に投げ込んだとも言われる一休さんですよ?
お正月に髑髏を模した杖をついて「ご用心」な一休さんですよ?
しやかといふ いたつらものか 世に出て おほくのものをまよはするかな な一休さんですよ?
飲酒肉食男色女犯な一休さんですよ?
そんな一休さんが「飲み屋が極楽♪」なんて簡単な歌を歌うと思います?
もちろん友人でもあった浄土真宗・蓮如への皮肉、洒落である可能性はあります。
極楽は 十萬おくど はるかなり とてもゆかれぬ わらじ一足
なんて歌もありますし、「おぉ蓮如、お前らのいう極楽なんざ飲み屋とどう違うんじゃ?(ニヤリ)」という意味があるのかもしれません。ていうかせめてこれぐらいの意味がないと一休さんの歌ではないですよ。この程度の指摘も、残念ながら見たことはありませんが。
この意味で現代語訳すれば、下のようになりますね。
極楽などというものが、どんなものかと想像してみれば、客寄せする飲み屋みたいなものだ
標準語にすると面白くならないので、備後弁で。
極楽はどがいなもんかいなあて言われても、まあ客寄せしよる飲み屋みたいなもんじゃわいな
ん~~これならまだ一休さんらしいウィットが認められますね。
しかしわしはもっと深読みします。こんなもんではないと。これではないと。
まずですね、冒頭に戻りますが、「ほと」です。いつくの「程」なのか「ほと」なのか。これは掛け言葉だと思います。程と女陰の。ここだけで相当意味が変わりますよね。極楽は「どんなものなのか」と「どんな女陰なのか」が掛かっているわけです。
これだけでも相当エロくなってますが、まだまだ続けます。
次は、「杉葉立たる」ですよ。
杉玉は、先にも書きましたが、軒に「下げられて」いるんですよ。「立って」はいないんですよ。杉の葉が立っているように見える、というのがまず大前提だと思います。わしはこれは一つのメタファーだと思います。陰毛ですよ。絶対(爆)。陰毛がわさっと逆立ったようになってる光景です。
さらに、「又六」です。一般論は店の名前だそうですが、そんなものがあったのかどうか、実在していたのかどうかは二の次です。あったからそれをヒントにネタにした、その程度の理解で十分だと思います、わしは。これはですね、もう見たまんまだと思います。
←これだといわゆる大の字ですが、「六」にも見えますよね?
ね???
つまり、又六=股を開いて六の文字にも見える様態、だとわしは思うんですよ。しかもそこには杉葉=陰毛がわさっとなっているわけで、そこにある「門」が極楽の入り口であると。門をくぐればそこに極楽があると。一言で言えば、極楽とはまぐわいそのものである、ってことですね。真理です。
しかもここで重要なのは、また別の女陰の俗表現が、序文にも書いたように、「観音菩薩」である、ということです。観音菩薩は阿弥陀仏の脇侍です。極楽への導きは阿弥陀仏(法蔵菩薩)の本願です。その「門」には観音様がおられるではないか、と。九州二文字語が観音菩薩を基にしており、さらにまた古語としてある以上、必然的に室町以前より女陰を観音様に見立てる風習があったものと考えられます。そして一休さんの歌では、それも盛り込まれているものとわしは確信します。
こう考えてくると、また一つ新しい解釈も生まれてきます。
一休宗純と蓮如が友人関係にあったのは事実ですが、臨済宗である一休さんは極楽=阿弥陀経の目的地、にまつわる歌を多く残しています。それはどれも、浄土宗/浄土真宗の教えを理解した上でこそ書ける歌です。まあ揶揄したり茶化したりもしてますが(笑)。この歌もまた、そんな意味を含んでいるのではないでしょうか。
先ほど、「観音菩薩は阿弥陀仏の脇侍である」と書きましたが、これは浄土宗のことであって、浄土真宗では阿弥陀仏単独であるのが一般です。如来になり得ていない=悟りを開いていない菩薩の立場で本尊になり得るのは観音菩薩ぐらいであり、他にはごく一部の寺院で弥勒菩薩や地蔵菩薩が本尊になるぐらいです。大乗仏教において最重要視される菩薩は観音菩薩に相違ないでしょうが、その観音菩薩が、真宗においてのみ軽視されているというのは、これもまた事実でしょう。ひたすら阿弥陀の本願に帰依するのが真宗の教えですから、それ以外は眼中にないということなのかもしれません。その辺りの詳細は憶測するしかありませんが、事実として真宗で観音様は崇められていません。この歌は正にこの部分を指摘しているのではないでしょうか。真宗で無視される観音様は、その実「又六が門」としておわすではないか、と。
それに加えて、真宗の特異性として、女犯が許される事も揶揄されているのかもしれません。揶揄どころか一休さんは女犯も男色もありな破戒僧なのでシンパシーめいたものを感じて表現しているのかもしれませんが。
さてこういうのをまとめてみれば、こうなりますかね。
極楽ゆうたら足広げた裸のねえちゃんの股ぐらが入り口よね。そこにゃあ観音様がおってんじゃけ。真宗で拝むのはこの観音様なんじゃろ?(笑)
ここまで解釈すれば、この歌を作ったのが一休さんであるとして間違いないような気がします。後世の騙りだとしても、相当な悟性を持った人が作ったに違いありません。
ま、いずれにしても相当なスケベじゃなければ作れませんけど(笑)。