セミナー参加記

八木 孝憲(京都大学大学院人間・環境学研究科 修士課程)

2019年7月20日・21日、中央大学駿河台記念館において、若手アメリカ研究者国際フォーラム「アメリカの世紀とその行方」が開催された。本年度は「アメリカ政治外交における宗教」(“Religion in American Politics and Diplomacy”)というテーマの下、国内外から20名以上の若手研究者が集まり、二日間で5本のセッション(報告、討論、および質疑応答)が実施された。参加者には事前に詳細な報告ペーパーが回覧されていたので、当日のワークショップでは参加者による討論に重点が置かれ、それぞれの専門分野の垣根を越えた活発な討論が展開されていた。また、一日目には夕食会も開かれて、よりフランクな形で参加者同士が交流できる場が提供されていた。まずは、このような充実したワークショップへの参加の機会を与えて下さった公益財団法人アメリカ研究振興会及び本フォーラムの運営責任者の方々に深く感謝申し上げる。

本参加記では、開催一日目に開かれた3名(竹内愛子氏(スタンフォード大学)、西岡みなみ氏(テネシー大学)、相川裕亮氏(慶応義塾大学))のセッションについて報告し、若干の感想を述べたい。一日目午前の部では、まず、竹内愛子氏が“Sexual Diplomacy: U.S. Catholics’Transnational Anti-Birth Control Activism in Postwar Japan.”と題したペーパーに関する報告を行った。本ペーパーはアメリカのカトリック教会の組織に焦点を当て、第二次世界大戦後のアメリカ政府の日本占領政策にカトリック教会という宗教組織がいかなる影響を与えたのかについて、当時の新聞やSCAPの史料を用いて考察している。氏によると、戦後、アメリカの知識人や政治指導者はアジアにおける勢力均衡の観点から日本国内の人口の過密状態を懸念し、人口を制限するような政策方針を採ろうとした。しかし、日本における産児制限政策に対してカトリック教会は人道的・道徳的観点から政府に反対、最終的にアメリカ政府は世界におけるアメリカの道徳的指導者としてのイメージを優先して、カトリック教会に譲歩し、産児制限の政策を中止したたという。

次に、西岡みなみ氏が“Looking for A “Civilized” Partner: American Missionaries in the Rising Japanese Empire.”と題したペーパーに関する報告を行った。本ペーパーは日本の幕末期から明治時代初期にかけてのアメリカ人宣教師による活動に焦点を当て、日本におけるキリスト教信仰の禁教解除や日本の領土拡大に伴う大日本帝国の形成に関して、彼ら宣教師がどのように関わったのかについて、日本とアメリカの新聞やキリスト教会の史料、宣教師の書簡などを用いて、考察している。氏によれば、日本が江戸時代から明治時代に移り変わる中で、アメリカの宣教師たちは宗教的な役割を果たしていた存在から政治的役目を果たす存在になる。特に、幕末期の「浦上事件」以降、宣教師たちは日本へのキリスト教布教において、まずは日本におけるキリスト教の禁教を解除しなければいけないことを認識し、その目的のために、アメリカ政府に対する情報提供者としての役目を果たすなど、自分たちの影響力拡大を図ったという。

午後の部では、相川裕亮氏が“Billy Graham and His Favorite Politicians: Why Did Evangelist form Political Alliance with Richard Nixon and Mark Hatfield?” と題したペーパーに関する報告を行った。本ペーパーは第二次世界大戦後、アメリカにおいて活躍した福音主義者ビリー・グラハムに焦点を当て、1970年代に彼がニクソン大統領やハットフィールド上院議員といった政治家と友好的関係を持った理由について、グラハムの著書やニクソンの回顧録を用いながら、考察している。氏によれば、キリスト教信仰に対するグラハムとニクソン大統領の考え方は異なっていたものの、グラハムは福音主義者としての使命感に燃え、政治を利用して自らの目標である”one Nation under God” を再建しようとした。

3名のセッションを通じ、二つ印象に残ったことがあった。一つは、宗教団体や宣教師、宗教指導者とアメリカ政府との関係性である。キリスト教組織や宣教師が政府に積極的に働きかける様子、その働きかけに対する政府の反応を見ていると、宗教団体やその指導者が自身の目的を達成するために政治的な活動を実施し、政治的な役割を果たす方向へ踏み出しているように映り、実際にその活動や動きがアメリカ政府の政策や外交に通じている印象を持った。もう一つは、「トランスナショナル」という視点が多くの参加者から垣間見えたということである。特に、アメリカの外交関係に注目すると、様々なトランスナショナルな組織や団体の動きが見え、その動きが19世紀末から20世紀のアメリカの歴史において極めて重要な役割を果たしているような印象を受けた。

二日間における国内外の様々な研究者との交流は大いに刺激的でした。関西の大学院生は少数ということもあり、最初は心細い面もありましたが、同フォーラム運営委員の方々、参加されていた関東や東海の研究者や学生の方々にお声掛けいただき、居心地よく過ごすことが出来ました。この場をお借りしてお礼申し上げます。


Lauren Turek (Trinity University) “Spiritual Conquest: Evangelical Internationalism and U.S.- Central American Relations in the Reagan Era”

文責:木村智(東京大学人文社会系研究科 宗教学宗教史学 博士課程)

2019年7月20日〜21日に、中央大学駿河台記念館において、若手アメリカ研究者国際フォーラム研究ワークショップが行われた。本年度のテーマは「アメリカ政治外交における宗教」であった。20名ほどの研究者・大学院生が参加し、二日間にわたり活発な議論を繰り広げた。以下では、二日目の最後に行われたLauren Turek氏(Trinity University)の発表“Spiritual Conquest: Evangelical Internationalism and U.S.-Central American Relations in the Reagan Era”に ついて報告する。はじめにTurek氏の論考そのものを簡潔にまとめた上で、コメンテーターによる 論評、およびフロアから挙がった質問・意見を紹介したい。

Turek氏の論考は、ロナルド・レーガン大統領下の中米(グアテマラ、ニカラグア)への軍事介入において、アメリカの福音派が果たした役割について論じたものである。第二次世界大戦後、1970年代までには福音派の世界宣教は困難に直面していた。なぜなら大戦以来、帝国主義・植民地主義への反省や、民族自決の風潮が世界的に高まっていたからだ。そのような状況で、アメリカの福音派が海外での影響力を保つために取った戦略が、「人権」言説に訴えかけることで、海外におけるキリスト教徒迫害や宣教妨害をする政治体制を非難・介入するということであった。そして、こうした福音派勢力の助けを受けることで、レーガン大統領は、グアテマラとニカラグアの共産主義を打倒するための軍事介入を円滑に進めることができたのである。なお、こうした動きに対して、アメリカのプロテスタントのリベラル派やカトリックが反発を試みたが、失敗に終わっている。続いて、南山大学の上村直樹氏がコメントをした。上村氏は、Turek氏が、「宗教」という重要ながらしばしば看過されてきたテーマに着眼している点や、アメリカとグアテマラの福音派の間の「トランスナショナルな」関わりを分析している点を高く評価した。その上で、レーガン政権と福音派の間の正確な因果関係(誰が誰に影響を与えたのか?)や、本稿における“evangelical internationalism”と“evangelical nationalism”という用語の意味についての説明を求めた。また上村氏は、Turek氏自身のこれまでの研究と今後の研究の中で、本稿がどのような位置付けであるかについても確認した。

次に聴衆から様々な質問が出された。(フロアとの質疑だけで約1時間半も途切れることなく続いた。)「アメリカの福音派が“人権”という概念を使い始めたのはいつか?」や「“人権”概念の聖書的な根拠は何か?」といった本稿の内容をさらに深化するような問いに加えて、「レーガン政権とトランプ政権(両者とも福音派との結びつきが極めて強い)の外交における“信教の自由”政策の異同は何か?」や「レーガン政権期から今日に至るまで、福音派が力強い一方で、なぜプロテスタントのリベラル派の政治政策(ロビー活動)は効果が弱いのか?」といった今日の情勢に関わる問いが出された。その他、「グアテマラでのアーカイブ調査はどのような点が大変だったか?」といったTurek氏の研究のプロセスに関する質問も出された。さらには今回の発表内容を超えて、「レーガン政権は、中南米における解放の神学(liberation theology)にどのように対処したか?」、「レーガン期のアメリカでは“性”に関する保守的な政策が展開されたが、グアテマラやニカラグアではどうであったか?」などのユニークな問いが出された。


Helen Jin Kim, “Little Ambassadors” of the World Vision Korea Orphan Choir, 1969-1973.

文責:阿部 啓(東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程)

2019年7月20、21日に、若手アメリカ研究者国際フォーラムが中央大学駿河台記念館にて開催された。第二日の21日、ヘレン・ジン・キム氏(エモリ―大学)が「“Little Ambassadors” of the World Vision Korea Orphan Choir, 1969-1973」と題したペーパーに関する報告を行った。キム氏のペーパーは自身の近刊書「Transpacific Piety and Politics: Cold War South Korea and the Rise of Modern American Evangelicalism」の第三章に当たり、20世紀半ばのアメリカ原理主義者と韓国プロテスタント教徒によるアメリカ福音主義の再構築を示す例として、ワールド・ビジョン韓国児童合唱団の歴史を論じたものだ。朝鮮戦争(1950-53)の直後、韓国人牧師Kyung Chik Hanとアメリカ福音主義者Bob Pierceによって韓国児童合唱団が組織され、オーディションで選ばれた孤児たちは世界中を周り、人々に歌を届けた。キム氏によれば、複雑に絡み合う宗教、人種、外交を内包した韓国児童合唱団は、新福音主義がアメリカの主流なムーブメントへと転換する一助となった。新福音主義者は、韓国における冷戦の人道的ケアのための太平洋横断ネットワークを利用することで、主流型福音主義への変換を図ったというのだ。

キム氏の報告に対して、討論者の佐藤清子氏(成城大学)はペーパーの論旨を簡潔にまとめた後、児童合唱団を扱った第三章が本全体の中でどのような位置づけであるのか、本章の議論が後に続く章でどのように発展していくのかという問いを投げかけた。また、非宗教的な文脈であえて宗教を議論の中心に据え、米韓関係を宗教的な観点から見ることの理論的重要性についてもさらなる説明を求めた。さらに第三章の具体的な内容に関しては、実際の担い手となった韓国の孤児たちは子どもであるがゆえに無力で、アメリカ福音主義者に利用されたようにも見えること、合唱団の設立に携わった韓国人牧師Kyung Chik Hanについての本文中での言及も乏しいことを指摘し、第三章の児童合唱団の事例が、韓国のプロテスタント教徒が自らの信仰心を持って自国中心の福音伝道の実現を画策し、アメリカの福音主義と結びついたという本全体の主張の根拠となり得ることの妥当性について疑問を示した。そして佐藤氏は最後に、キム氏の研究が英語と韓国語両方の一次資料に基づいた非常に優れたものであることを認めた上で、多言語を駆使した研究の可能性についても関心を寄せた。

その後フロア全体にディスカッションが開かれ、約一時間半にわたり活発な議論が交わされた。他章の内容や、本全体のテーマと第三章の関連を問う大局的な質問もあった一方で、韓国の一般の人々やメディアの反応、世俗的・人道主義的な活動や他の非国家主体との関係など、児童合唱団プロジェクトの実情及びその影響力についても多くの質問がなされた。また、合唱団の形態や資金、子どもたちの歌った歌や衣装など、児童合唱団についてのより具体的な質問もいくつか挙がった。

アメリカ政治外交における宗教をテーマに開催された今回の国際フォーラムでは、アメリカ外交における宗教の特異性、重要性が改めて浮き彫りになったように思う。さらに興味深く感じられたのは、「宗教」に光を当てることで、近年ますます活気を帯びるアメリカとアジアのトランスナショナルヒストリーが新たな様相を呈することだ。今回の報告者の研究及び同分野の今後のさらなる発展を期待するとともに、私たちはアメリカ外交を考察する際には宗教の重要性を常に念頭に置く必要があると考える。本ワークショップは国内外からアメリカ研究に従事する若手研究者が集い、進展中の互いの研究について様々な視点から議論を交わす学術交流の場となった。懇親会や昼食を通して親睦もさらに深まり、とても楽しく有意義な時間を過ごすことができた。このような貴重な機会を得られたことを感謝したい。