2024年12

2024/12/04 DRF Backstage for Rhapsodia

忍跡オンリー、お疲れ様でした。

3月ぶり2回目のサークル出展でしたが、売り子に友人を頼んでおいてよかった……と思うくらいにはたくさんの方に立ち寄っていただけて幸せです。

改めまして、スペースにお立ち寄り下さりありがとうございました。


新刊・既刊・ポストカード共に持ち込んだものはすべて完売いたしました。自宅に在庫などもなく自分用の見本誌以外スッカラカンの状態なので通販はありません。再販についても未定です。


部数は3月の捌け具合を見てこれならちょっとだけ余って通販に回せるだろうと思って決めたのですがカプオンリーの力を舐めてました。まじでごめん。なんとかできそうな目処が立ったらまたお知らせします。


新刊の話をしたいので、します。「描きたいことはすべて本に描いたぜ」みたいなのがカッコイイし理想だとは思うのですがこれは個人の趣味の同人誌なので全然恥じずに意図とか話しますね、それがあおのスタイルなので(前置き長すぎ!)。


吟遊詩人の忍足と領主の跡部がなんやかんやある話を描くぞー!と思い立ったのはどうやら去年の秋らしいです。なぜならスマホの2023年11月のフォルダに資料写真があってからです。お前、ウェブオンリー終わってすぐやぞ。気合いが入っていて大変よろしいですね。


同人誌って自由なので必ずしも原作時空の話をしなきゃいけないっていうきまりはないと思ってます。だからもう本当に、ただただ自分が好きなもの全部ぶち込んじゃえ!みたいな感じでこねくり回したらこうなりました。


・劇中劇とメタ構造

本作はユウシ(大人)が自らの過去、すなわちケイゴとの出会いを観客(=本を読んでくださったみなさま)に向けて歌う、という構図になっています。劇中劇って面白くってェ……古典劇とかでもしばしば用いられる手法でェ……。という小難しい話はともかく、せっかくカプオンリーなんだから本を中心としてみんながお祭りの登場人物になれたらいいなと思ってこうしました。

ユウシくん、ちゃんとケイゴくんのことをうたにしてあげたんやね。


・再話としてのラプソーディア

跡部が氷帝に来てから英国に行くまで、忍足が旅立つ跡部を見送った時とその未来について、のふたつを「劇中劇の劇中劇」として忍足が歌う曲の中に折り込みました。

未来を見据える跡部(=ケイゴ)が師匠のうたではなくユウシのうたのが好き!と言うのもそのためです。

「ラプソーディア」とは古典ギリシア語で吟遊詩人がうたう詩のことです。ラプソディの語源。氷帝といえば狂詩曲(ラプソディ)ですから。

ユウシくんはケイゴくんだけではなく跡部のこともうたにしてたんやね。


・叙事詩の冒頭

本作においてユウシが作った詩にはどちらも「歌声は〜」「詩女神よ〜」という文言を入れているのですが、これは古代ギリシアの詩人たちがうたの始めに必ず詩女神に呼びかけていたのを元ネタとしています。

あんまり深い意味はありません。かっこいいからやってみたかった、それだけです。


・世界観と楽器

ここまでギリシアを擦っておきながら、別に舞台は古代ギリシアでもなんでもありません。なんてったってそもそも城が中世すぎるし、楽器はリュートに限りなく近いなにかだし、服も「それっぽいな〜」程度のシロモノですし。ここは突然雑なんかい。だってそしたら忍足が竪琴になっちゃう。竪琴描くの難しいんだよー!


書いてて思ったけど詰め込みすぎね?でも実はプロット段階でもうふたつくらい仕掛けがあったのですよ。いよいよ収拾がつかなくなりそうだったので泣く泣く落としました。


ブルースカイではよく言っているのですがわたしはネームを作らず1日1ページずつ白紙の状態から完成まで作っていくスタイルです。なので最後まで「これ何ページになるんだろう」「いつ終わるんだろう」「どう決着つけるつもりなんだ」と思いながら描いていました。頭パンクしそうだったけどなんとかなってほっとしています。今までやった二次創作の中で一番頭使った。しばらくはこういうのは無理です。次は絶対にラブコメ描くんだから……!


それでは、ほな。


2024/12/03 同人遍歴、あるいはあおちゃんと三人の恩人

先日無事DRF2024を終えた。自分にとっては2回目のオフイベサークル参加。ここで一旦今までの自分の活動履歴をまとめておくのもいい

かもしれないな、と思って筆を執る。


同人誌というものの存在を知ったのは確か中3の時だったはずだ。当時APHの島国と親友が好きで、ツイッターの趣味アカで同じ思想を持ちし者と繋がって、その流れでそういう本があるんだなぁてんあというのを知った。え、親友はともかく、黒髪と金髪(英)の組み合わせが好きなの、10年以上前から変わってなくて恥なんですケド……。


絵を描くことは好きだったしたまにイラストを描いたりもしいてたけれど、ほとんどが落書さレベル。授業中にノートの端に絵を描いたり、適当なコピー用紙にシャーペンで描いたり。まわりを見れば信じられないくらい絵がうまい人がたくさんいたし、そもそもちゃんとしたデジタルの環境とかないし、大前提として地方の嫌オタク家庭の子供だった私は、本を出す人たちのことをどこか遠い別の世界の住人のように思っていた。


当時のお絵描きまわりの環境としては、アイビスペイントが出たくらいだったような…...?レイヤー分けはできるけどまだ加算乗算とかはなくて、ペンの種類もいまよりずっと少なかった。でも中学生の自分としては身近なスマホでデジタルイラストが描けるっていうだけでもかなり衝撃的な体験だった。アナログの下書きを取り込んで線画にして色を塗ることができるだけで感動だった。


高校を卒業するまではずっとそんな感じ。絵は趣味のひとつだけど、私にはそれよりも優先度の高い音楽というものがあったのだ。だから絵はあんまり真面目に描いていなかった。たとえるなら高校でクラスの中では一番絵がうまいけれど、学年で見ると一番にはなれないみたいな立ち位置。浸研のやつらのが圧倒的にうまい。でも別にそれでなんの問題もないし、自分も特にそういうのは気にしていなかった。演奏会のパンフレットのカットを描いたりとか、ちょっとした学校行事のしおりのパンフレットの表紙をデザインしたりとか、そういうので十分だった。


あおちゃんと三人の恩人

突然だが、私には本を作るに至るまでに3人の恩人が存在する。恩人と言っても私が心の中で勝手にそう呼んでいるだけであり、特別何かを師事していたりだとかではない。


一人目と出会ったのは大学生の時だった。相互フォロワーから「アンソロジーを作ろうと思うんだけど寄稿してみないか」というようなお声がけをいただき、「え、自分、初心者っすけど。なにも分からないっすけど。いや一応出来る限り自分で調べたりとかはするんすけど。いいんすか。」みたいなことを聞いて、いいよいいよーと言われるがままにヒイヒイ言いながらなんとかイラストを一枚寄稿した。その時の主催さんこそが一人目の恩人である。いろいろあってイベント当日も売り子のお手伝いをすることになり、目の前で本が旅立つところを見たりアフターでいろんな方とお話したりなど、得難い経験をしたと思う。これが自分にとってはじめての「同人活動」だった。


二人目と出会ったのはコロナ禍が始まり、webオンリーが台頭してきた頃だった。当時いたのは創作とは縁のない界限だったのだが、その中でどういう流れか、せっかくコロナで暇なんだしちょっとwebオンリーやってみない?wという話になった。主催含めて全員が手さぐりな中、完全クローズドなそのイベントに参加したのが私の一番最初のサークル経験だ。先述のように普段創作とは縁のない人たちの集まりだったので、ほとんどがサークル初参加。展示だけのところもたくさんあった。それくらの空気感がゆる創作者の自分にはとても合っていた。同力プ・同推しじゃない人・会ったことも見たこともない誰かから心のこもった感想がもらえたのがかなり嬉しかったのを今でも覚えている。会期のおわりにアバターでオンリー名の人文字 (?) を作ったスクショもスマホのお気に入り画像としてまだ取っておいてある。この時、自分も未経験ながらなんとかwebオンリーを企画・主催し、開催までこざつけてくれた方が二人目の恩人である。


このゆるい雰囲気のwebオンリーへの参加が2回くらい続いたあと、突然忍足士を好きになった。経緯は長すぎるので省く。別の趣味がちょうど落ち着いていたタイミングだったこともあり、平均1日1枚とかいうとんでもないスピードで忍足士の絵を描いていた。これが3ヶ月くらい続いた。多分人生で一番カラーイラストを量産してたと思う。そのうち原作の連載で跡部VS忍足が描かれたこともあり、このふたりの絡みも好むようになった。ええな〜と思っていたちょうどその頃二人のwebオンリーが開催されることを知り、勢いで申し込みをしてしまった。イベント開催1か月前のことである。時間なし、経験なしな「あお浸画描けないよぉ」状態だったがなんとか短編浸画を1本あげることに成功した。


そう、成功してしまったのである。考えてみてほしい。浸画なんて描けないよぉと思っていたのに描けた。であれば、本を作ることも現実的に可能なのではないか?


とかなんとか考えていたら、カプオンリーの開催が決まった。正確に言うとwebオンリーの主催さんが新刊カードをかき集めて数が集まったタイミングがちょうどそこだった。せっかくなら出たい!しかしオフ経験皆無なので正直不安である。この不安はどう解消すればよいのか?事前に1回イベントに出ればよろしい。ということで3月中旬の全国GSに出ることを決定。


フォロワーも多くなけりゃ宣伝する気もあんまりないようなのんびり方針でSNSを運用しているため1冊も捌けないかもwと思っていたが、普通にちゃんと捌けた。なんなら相互フォロワー以外にも、本当に知らない方にも手に取っていただけて、そのたびにワァ…....とちいかわみたいになった。一般参加をしていた友人と合流してアフターで食べたパスタはいつもよりやたらと美味しく感じた。


ここまで書けば察しの良い方なら分かるだろうが、webオンリーを主催していた方こそが私の三人目の恩人である。だって、あの時あのタイミングでwebオンリーがなければ、そしてカプオンリーが決まっていなければ、私はきっと今も本を出していないのだから。


もっと根源的な話をするならば、一人目に出会っていなければ同人活動が頭の片隅を過ることはなく、二人目に出会っていなければ自分がサークル参加をしようと思うことはなかったのである。永遠に憧れの、どこか遠い話のままだっただろう。


DRFの会場でスペースに座っている時、そんな三人に思いを馳せていた。一人目はちょうど時を同じくして西館の文フリにいたし、二人目に「あの時のオンリーからサークル参加を始めて今度オフィベで本を出します』と報告したら「すごすぎワロタ」なんて言われるし、三人目は同じ場所にいるという幸せを噛み締めた。


また夢を見よう

有難いことにDRFでは持ち込んだものすべてが完売した。3月のGSの掛け方を見て正直余ると思っていたので嬉しい誤算だ。1年前からこのイベントで本を出すことを密かに目標としていたので今はやりさった気持ちでいっぱい。願わくは、私の本を読んだ人たちが少しでもいい気分になれますように。