会話分析は,社会生活の中で実際に生じたことの分析を厳密に行うため(Sacks 1992: 26),人々が取り交わしている相互行為それ自体をデータとします.ここで相互行為とは,いわゆる「おしゃべり」とされる日常会話に限りません.医療,福祉,教育,経済,政治など,私たちの社会の主要な制度の中で生じている相互行為も含みます.相互行為とは,この社会を可能にするためのインフラストラクチャーであり(Schegloff 2006),社会の根源なのです(Schegloff 1995: 187, 1996: 54).
その上で,本研究室で学ばれる方の研究において,対象となる(ならない)データを以下の通りとします.これは,会話分析研究一般で適用されるルールというわけではなく,あくまでも本研究室における方針です.しかし本研究室で学ぶことを希望される方におかれては,この方針と合致したデータを用いて,会話分析のアプローチによる研究に取り組んでいただくことが求められます.
{研究対象となるデータ}
○ 相互行為の録画データ:相互行為の参加者にとって,その相互行為の中で,他の参加者に関する視覚的な情報が利用可能であるならば,必ず,相互行為の録画データを利用します.相互行為には,視線,身体配置,指さし,身振りなども利用可能であり,会話分析の研究対象となるのです.
○ 相互行為の録音データ:相互行為の参加者にとって,その相互行為の中で,他の参加者に関する視覚的な情報が利用可能でない場合にのみ,たとえば動画を伴わない音声電話などの場合には,相互行為の録音データによる分析が認められます.
{研究対象とならないデータ}
・インタビュー,アンケート,フィールドノート
・台本が用いられている可能性があるドラマや映画など
・沈黙や発話が削除されている可能性があるテレビ番組やYouTubeの動画など
・Eメール,LINE,Facebookなどのテキストデータ
なお私は,福祉現場の相互行為を対象にした会話分析に取り組んできました(中川 2016; 2022).このため,本研究室で学ぶことを希望される方も,福祉現場の相互行為を対象とした研究を遂行されることを推奨します.ただし,会話分析のアプローチを用いた研究であり,データ収集が可能であれば,福祉現場以外での相互行為を対象にしていても,本研究室で取り組む研究として,認められる場合があります.
【文献】
中川敦,2016,「遠距離介護の意思決定過程の会話分析――ジレンマへの対処の方法と責任の分散」『年報社会学論集』29: 56-67.
――――,2022,「遠距離介護の電話の会話分析――望ましさの提示による申し出の誘い出し」『社会学評論』73(2): 136-53.
Sacks, Harvey, 1992, Lectures on Conversation Volume. Ⅱ (Fall 1968-Spring 1972) [会話の講義 第Ⅱ巻(1968年秋 - 1972年春)], Oxford: Blackwell.
Schegloff, Emanuel A., 1995, “Discourse as an Interactional Achievement III: The Omnirelevance of Action,” Research on Language and Social Interaction, 28(3): 185–211.
――――, 1996, “Turn Organization: One Intersection of Grammar and Interaction,” Elinor Ochs, Emanuel A. Schegloff and Sandra A. Thompson eds., Interaction and Grammar, Cambridge: Cambridge University Press, 52–133.
――――, 2006, “Interaction: The Infrastructure for Social Institutions, the Natural Ecological Niche for Language, and the Arena in which Culture is Enacted [相互行為:社会制度のインフラストラクチャー,言語の自然生態的位置,そして文化が実現される舞台], ” Nick. J. Enfield and Stephen. C. Levinson, eds., Roots of Human Sociality: Culture, Cognition and Interaction [人間の社会性の根源:文化,認知,相互行為], London: Berg: 70-96.