「サンゴと褐虫藻の共生」
サンゴは褐虫藻に生存に必要な栄養の大半を、褐虫藻はサンゴに住処や無機栄養塩を依存しながら、両者は共生関係を築いている。この共生関係こそが、サンゴ礁生態系の礎である。しかし、近年の地球温暖化などの影響に伴う環境変化が生じると、両者の共生関係は簡単に崩壊してしまい、サンゴの白化が引き起こされる。サンゴの白化は、最終的にはサンゴ礁生態系の崩壊へと繋がるおそれがあるため、サンゴ-褐虫藻の共生機構解明が急がれている。
この共生関係はどのように始まり、成立するのか?
約70%のサンゴ種はプラヌラ幼生へ変態した後に、共生褐虫藻を環境中から獲得する(褐虫藻の水平伝播)。代表的な造礁サンゴであるミドリイシ(Acropora)は、初期ライフステージの間(枝を作る様になるまで)、Symbiodinium microadriaticum あるいはDurusdinium sp. とよく共生していることが知られている(石垣島近海の例)。取り込んだ褐虫藻をどの様に認識し、共生関係を確立しているのか明らかにするために、遺伝子発現を網羅的に調べてきました。(続く)
関連文献
サンゴと褐虫藻の共生に関わる遺伝子候補を特定―サンゴ礁生態系を支える共生分子機構の全容に迫る―.大気海洋研究所プレスリリース(2023年10月18日).
Yoshioka et al. Whole-genome transcriptome analyses of native symbionts reveal host coral genomic novelties for establishing coral-algae symbioses. Genome Biol Evol 13(1), evaa240 (2021).
Yoshioka et al. Larval transcriptomic responses of a stony coral, Acropora tenuis, during initial contact with the native symbiont, Symbiodinium microadriaticum. Sci Rep 12, 2854 (2022).
Yoshioka et al. Comparative genomics highlight the importance of lineage-specific gene families in evolutionary divergence of the coral genus, Montipora. BMC Ecol Evol 22, 71 (2022).
Yoshioka et al. Genes possibly related to symbiosis in early life stages of Acropora tenuis inoculated with Symbiodinium microadriaticum. Commun Biol 6, 1027 (2023).
Yoshioka et al. Larval transcriptomic responses of Acropora tenuis to Durusdinium strains. Galaxea, J Coral Reef Stud 28, 41–45 (2026).
「サンゴの同調産卵」
初夏の夜、数百・数千のサンゴが同調しながら産卵する、「サンゴの一斉産卵」は、その幻想的な光景で広く知られている自然現象である。しかし、サンゴがなぜ同じタイミングで産卵するのか、またどのような仕組みによって産卵の時期を合わせているのかについては、いまだ十分には解明されていない。一部のサンゴでは、月の光が産卵を誘導することが明らかとなっているが、浅瀬のサンゴ礁に広く分布する代表的なサンゴ・ミドリイシは、満月の夜に限らず、満月の前後や新月の夜にも産卵する。特に沖縄では、月光が雲で覆い隠される機会の多い梅雨時期である5月から6月に、サンゴの一斉産卵が多く見られることから、月光以外の要因が産卵を引き起こしていることは明らかである。
これまでの研究では、遺伝子配列を解析するための技術(シーケンス技術)のコストが高かったため、主に満月と新月の夜に採取したサンプルを比較する研究が行われてきた。しかし、この方法では、観察された遺伝子発現の変化が産卵そのものを制御する仕組みに関係しているのか、それとも月の周期に合わせて生物が示す体内リズム(概月リズム)を反映しているだけなのかを区別することが難しかった。近年、シーケンス技術の低コスト化が進んだことで、連続的に採取したサンプルを詳細に比較できるようになり、これまで捉えることができなかった遺伝子発現の変化を明らかにできるようになってきている。
我々は、ミドリイシ属のサンゴであるウスエダミドリイシ(Acropora tenuis)を対象に、最初の産卵から翌年の産卵までの約1年以上にわたり、同じ個体から継続的に枝のサンプルを採取し、一斉産卵の仕組みを解明するための遺伝子発現解析を行った。その結果、一斉産卵のおよそ2週間前から産卵当日にかけて発現量が大きく変化する「産卵関連遺伝子群」を特定することに成功した。今後、これらの遺伝子の働きと産卵タイミングとの因果関係が明らかになれば、長年の謎であるサンゴの一斉産卵の仕組みだけでなく、さまざまな海洋生物が同じ時期に産卵する仕組みの理解にもつながることが期待される。
また、同じくミドリイシ属のコユビミドリイシ(Acropora digitifera)を対象に、産卵の約1週間前から継続的に枝のサンプルを採取し、遺伝子発現解析を行った。この研究では、産卵直前の変化に着目することで、実際に産卵(配偶子の放出)に関わる遺伝子の特定を試みた。その結果、セロトニンやステロイドホルモンに関連する情報伝達を担う受容体遺伝子や、筋肉の収縮に関わる遺伝子の発現量が増加することを発見し、これらの遺伝子が一斉産卵に重要な役割を果たしていることが示された。一方、サンゴと共生する褐虫藻からは、産卵と関連した特徴的な遺伝子発現パターンは確認できなかったことから、褐虫藻が産卵の制御に直接関与している可能性は低いと考えられた。
関連文献
遺伝子発現の年変動から紐解くサンゴ一斉産卵機構―サンゴ同士の“コミュニケーション”が鍵?―.大気海洋研究所プレスリリース(2025年8月5日).
Yoshioka et al. Time-series RNA-seq of Acropora tenuis reveals molecular waves leading to synchronous mass spawning of scleractinian corals. Mol Ecol 34, e70054 (2025).
Yoshioka et al. Time-course transcriptome analysis identifies increased receptor-mediated signaling prior to synchronous spawning in Acropora digitifera. Coral Reefs (accepted) (2026)
「刺胞動物のミトコンドリアゲノム」
ミトコンドリアは、生物のエネルギー源であるATPの生産に必要不可欠な細胞内小器官である。また、ミトコンドリアゲノムにコードされる遺伝子は種間でオーソログの同定が容易なことから、分子系統解析に広く使われている。動物のミトコンドリアゲノムは、基本的に環状で、13個のタンパク質をコードする遺伝子、2つのリボソームRNA、および複数のtRNAから構成される。これら遺伝子の並びは大きな分類群ごとに保存されていることが多い。しかし、刺胞動物のミトコンドリアゲノムでは進化速度が遅いことや、遺伝子の並びが頻繁に変わっていること、さらに14個目のタンパク質をコードする遺伝子を持つことなど、他の動物とは異なる特徴が報告されている。
ソフトコーラルなどを含む八放サンゴ亜綱(Octocorallia)では、特に遺伝子の並びが頻繁に変わっている。これまでは、八放サンゴ亜綱を構成する主要な2つの系統群(MalacalcyonaceaとScleralcyonacea)のうち、遺伝子順序の違いはScleralcyonaceaでのみ見られると考えられていた。しかし、Malacalcyonaceaについても詳細に調べた結果、同様に多様な遺伝子順序パターンが存在することが明らかとなった。現在までに、そのバリエーションは14パターン知られている。この多様性には、14個目のタンパク質をコードする遺伝子(mt-mutS)が深く関与している可能性が考えられている。この遺伝子はDNAの損傷を修復する働きを持つと考えられており、ミトコンドリアDNAの修復過程でゲノム内の組換えを促進し、その結果として遺伝子の並びの変化を引き起こしている可能性がある。今後、この仮説を検証するためには、mt-mutSの機能を実験的に明らかにすることが重要である。
また、スナギンチャク Palythoa tuberculosa と Palythoa caribaeorum のミトコンドリアゲノムからは、新規のORF(タンパク質をコードする可能性のあるDNA配列)が発見された。現在のところ、このORFはこれら2種でのみ確認されている。この遺伝子がどのように誕生したのか、また実際に生体内でどのような機能を担っているのかは未解明であり、今後の重要な研究課題となっている。
関連文献
Yoshioka et al. The mitochondrial genome of Palythoa tuberculosa (Esper, 1805) contains a novel ORF with unknown function. Mitochondrial DNA Part A 35(7–8), 257–262 (2025).
Yoshioka et al. Molecular phylogenetic position of the family Fungiidae (Cnidaria: Anthozoa) based on complete mitochondrial genome sequences. Galaxea, J Coral Reef Stud 26(1), 43–47 (2024).
Yoshioka et al. Extensive mitochondrial genomic analyses reveal dynamic gene order rearrangements in the class Octocorallia (Cnidaria: Anthozoa). Gene Rep 38, 102111 (2025).
Yoshioka et al. Complete mitochondrial genomes of Palauastrea ramosa Yabe & Sugiyama, 1941 and Stylocoeniella guentheri (Bassett-Smith, 1890) reveal their molecular phylogenetic position. Galaxea, J Coral Reef Stud 27(1), 7–12 (2025).