研究内容

記憶のこと

「記憶」と聞くとどのようなことをイメージするでしょうか。「どうやったらたくさん憶えることができるのか」「もの忘れを防ぐにはどうすればよいか」などが思いつくかもしれません。しかし,記憶は単に情報を蓄えるだけでなく日常生活を送る上で重要な役割をもちます。例えば,「昨日友達と映画見に行って。。。」と記憶をもとに会話が弾みます(社会的機能)。また,「あのとき〜〜の方法で失敗したから次は別の方法で」と記憶を基によりよい行動選択をおこなうことができます(指示機能)。そのほかにも,記憶には「幼稚園のときの自分も自分だったし今の自分も自分」といったようなアイデンティティの維持や「あの時嫌な思いをしたから避けよう」など感情調整といった役割があります。このような記憶の質的側面を研究の着想とし,自閉スペクトラム症のある方にご協力いただきながら研究を進めています。

未来思考のこと

私たちは1日のうちに,どのくらい未来のことを考えているのでしょうか。ある研究によると,人は1日のうち,平均「59個」未来のことを考えているそうです。睡眠時間を8時間,起床時間を16時間とすれば「16分に1回」は未来のことを考えていることになります。意外にも多いのではないでしょうか。このような未来思考は,過去の記憶に基づいて生成されることが明らかとなっています。例えば,「去年の2泊3日の京都旅行には着替えが2着必要だった」という記憶をもとに「次の2泊3日の東京旅行でも着替えが2着必要だな」といったように記憶は過去のものだけでなく,未来にもつながります。一方,コロナ禍のように過去に経験したことがない出来事については未来思考することができません。このような未来のことを考える機能について,自閉スペクトラム症のある方にご協力いただきながら研究を進めています。

感情のこと

「泣きたいときは泣け,笑いたい時は笑え」

これはあながち間違っていません。感情コントロールの方略には様々なものがあるのですが,大きく分けると2つに大別できます。「このプレゼンを通して自分は成長できるはず」と感情が起こる前に出来事を前向きに捉え直す方略と「不合格で落胆したが,それを表情に出さないようにした」という感情の表出を我慢する方略です。前向きに捉える方略を認知的再評価,我慢する方略を表出抑制といいます。認知的再評価はポジティブ感情を高め,ネガティブ感情を低下させます。一方,表出抑制はポジティブ感情を低下させネガティブ感情を高めます。これについては,文化差がある点に注意が必要です。日本など「周囲との協調性が求められる文化」では必ずしも我慢する方略がネガティブにはならないからです。このような方略に着目し,自閉スペクトラム症のある方にご協力いただきながら研究を進めています。

ICT利用のこと

Mixed Reality(複合現実)という技術があります。これはメガネのような形をしたスマートグラスをかけると現実空間にホログラムと呼ばれる3次元のオブジェクトを配置できる技術です。詳しくはMicrosoft社のHololens2という商品をご覧ください。この技術を用いて知的障害のある子どもの手順支援に関する研究を進めています。これまで,紙で書かれた手順書や教師による逐一の声かけなどの手順支援が主流でした。しかし,それでは理解が難しく独力でできる割合が少なくなってしまうことが問題でした。すべて一人でできることがいいとは限りませんが,スマホが当たり前の時代がやってきたように10年後はスマートグラスが当たり前の時代がやってくるのではないでしょうか。そのとき,障害支援技術としてのスマートグラスが広まることが予想されます。

ヒトとモノのこと

駅を歩いていて,あの人発達障害のある方かな?と思うことがあります。それはどのような様子から判断しているのでしょうか。私自身の判断材料の一つとしてポーチがあります。ポーチを持っている人=発達障害ではありませんが,発達障害のある方のなかには,「物をよく失くすから一箇所にまとめるためにポーチを使っている」という方が一定数いらっしゃいます。そのポーチは特別なものではなく,誰もが使うモノです。ただ目的が人によって異なります。釣りをする人にとってのポーチは道具を入れるためであり両手を空けるためでもあります。では,発達障害のある方にとってのポーチの役割や社会に馴染む過程はどのようなものなのでしょうか。これを文化人類学的観点から考察し研究を進めています。例えば,サモア社会では,それまで「なんとなくぎこちなく歩いていた人」に「車椅子」というモノが提供されたことで「障害」という新たな能力観が生み出されたそうです。不思議です。日本では,車椅子や白状などは当たり前で障害観が生まれるなんて発想はありません。このようにヒトとモノとの関係性についてフィールドワークをおこなっています。

専門分野:認知心理学,実験心理学,障害者心理学,特別支援教育

研究キーワード;自閉スペクトラム症,知的障害,成人期,エピソード記憶,記憶モニタリング,未来思考,感情調整,ICT,ヒトモノ