動脈硬化の治療について

動脈硬化の成因に関するこれまでの医学的研究は、いくつかの誤解によって間違った方向に進んできた。

まず研究者は実験を行うにあたり、材料となる実験動物の選択でしばしば誤りを犯している。コレステロール性粥状硬化の研究者はまず、ヒトの血管壁における基質形成には(外因性の)ビタミンCが必要だという基本的事実を知らなければならない。ウサギ、ラット、マウス、 ニワトリといった通常使われる実験動物は、みな自分の体内でビタミンCを合成できるため、血管壁の基質形成に必要なビタミンCを常に自給可能である。ヒトと同じく体内でのビタミンC合成ができない実験動物は、ギニアピッグ(モルモット)などごく一部の種に限られる。ほとんどの研究者はこの重要なポイントを見逃している。

また研究者の多くは動脈硬化におけるビタミンCの役割を考えるにあたり、ビタミンC欠乏症である壊血病が(動脈硬化にくらべて)はるかに発生頻度が低いために、両者の関連を見逃してしまう。「毎朝1杯のオレンジジュースを飲む習慣を持つ人は多いが、その人たちも心筋梗塞を起こすではないか」というわけだ。この議論は誤りである。なぜならビタミンCはあらゆるストレスによってヒトの組織中から急速に失われてしまい<参考文献1>、この急速な消費分解こそがビタミンC欠乏状態の原因だからである。一般にビタミンC欠乏症といえば、食物中のビタミンC不足による壊血病を思い浮かべるが、この栄養失調だけで壊血病が生じるには約150日かかるといわれている。これに対して、ストレス負荷下のビタミンC消費亢進による壊血病は、急激な経過で発生する。全剖検例の約20%で、局所組織において潜在性の壊血病性変化が認められるというデータもあるほどである<参考文献2>。さらにあまり知られていないことだが、ビタミンCの濃度は同じ種類の体組織でも場所によって大きく異なる。例えば動脈壁においては、局所的に物理的力(meachanical stress)がかかる部位ではビタミンCの欠乏〜完全消失が生じる一方、それに隣接する(力のかからない)部位では組織内ビタミンC濃度はしばしば正常に保たれる<参考文献1>

さらにコレステロールは粥状動脈硬化の主要な構成要素であるが、種々の研究において草食性実験動物に与えられるコレステロールの量は極端に多く、とても生理学的範囲とはいえない。このコレステロールの過剰摂取は人工的な脂質蓄積症(lipid storage disease)を引き起こし、細網内皮系への脂肪負荷と、高コレステロール血症を生じる。この状態は一般的なヒトの動脈硬化症とは異なり、むしろまれな疾患であるヒトの脂質蓄積症のモデルといえるだろう。さらに実験動物の食餌中にコレステロールを大量に加えると、動脈壁以外の組織にも多くの脂肪沈着が起こるため、この種のモデル動物における「動脈硬化」への治療効果の研究は、結果の解釈が難しくなる。これに対して(私が用いた)モルモットのビタミンC欠乏(壊血病)による動脈硬化モデルでは、餌にコレステロールを加える必要がないため、コレステロール過剰摂取はまったく問題にならない。

なお(従来の研究で指標に使われてきた)血中コレステロール濃度は、脂質蓄積症の診断には有用であるが、動脈硬化の治療の成否を評価する指標としては不適当である。動脈内膜に生じた粥状硬化巣におけるコレステロールが問題なのであって、血液中のコレステロールが問題なのではない。

動脈硬化の治療効果を判定する実用的指標は、粥状動脈硬化巣の(画像上での)サイズ縮小であるべきだ。(血中コレステロール濃度ではなく)粥状硬化巣こそが動脈硬化の本体だからである。なおこの粥状硬化巣のサイズ変化は、臨床症状の変化とは必ずしも並行しない場合があるので注意が必要である。例えばある患者において(ビタミンC投与治療で)血管造影画像上、ある場所の粥状動脈硬化巣の縮小がみられたとしても、すぐその近傍にある別の粥状硬化巣のサイズは変わらないことがある。これは個々の動脈硬化巣の構成成分の違いによるのであって、一般にコレステロールの多い粥状斑は(ビタミンC投与で)退縮しやすいのに対して、瘢痕化あるいはヒアリン化した粥状斑は退縮しにくい。この粥状硬化巣のサイズ評価においては、超音波検査(エコー)も万能とはいえない。一般に粥状硬化巣がエコーでわかるようになった時には、その粥状斑はすでに進行し、瘢痕化・ヒアリン化の段階に達してしまっている。早期の、そして(ビタミンC治療により)可逆的な粥状動脈硬化巣は、超音波透過性(エコールーセントecholucent)であり<参考文献4>、超音波検査ではしばしば見逃される。血管造影と超音波検査を組み合わせれば、このコレステロール主体の早期粥状斑と、瘢痕化・ヒアリン化した成熟粥状斑の違いが分かるだろう。種々の治療的操作に伴う粥状斑の形態的変化こそが、動脈硬化の本質に立脚した治療有効性の指標となるのである。

動脈硬化をきたした血管では、血管造影画像上でのごくわずかな粥状硬化巣の縮小も、血液灌流の大幅な改善につながる。これはその粥状斑の位置、すなわちその粥状斑によってどれだけ動脈が完全閉塞に近づいているかによる。一般にある血管を通る血液量は、その血管の内径(R)の4乗に比例する。例えばある患者の大腿動脈が動脈硬化によって内径2mmまで狭められているとすると、そこを通る血流はおおまかに2の4乗、つまり16の倍数となる。この場合、治療によって動脈内径がわずか0.2mm拡大しただけでも、血流量は2.2の4乗(=23.4256)、すなわち23を少しこえる値(の倍数)となり、43%以上もの血流増加となるのである。

私はかつて16人の動脈硬化患者に対して大腿動脈の血管造影を行い、その経過を観察したことがある<参考文献5>。16人のうち6名はコントロールとして治療(ビタミンC投与)を行わず、初回撮影から70〜192日後に再検査をしたところ、自然改善はゼロ、3名は不変、残りの3名では粥状斑の増大が認められた。これに対してビタミンC500mg1日3回(=1日量1500mg)の経口投与を行った10人の治療グループでは、そのうち6人において画像上で粥状斑の縮小(完全消失ではない)がみられ<下に示した論文「Ground Substance」 Fig. 5 (a)(b)を参照>、1名が不変、残りの3名では治療にもかかわらず粥状斑の増大が認められた。治療群における初回撮影から再検査までの期間(ビタミンC投与期間)は62〜172日間であった。

<論文「Ground Substance」 Fig. 5 (a)(b)>

ある患者の同じ部位をビタミンC投与前後で比較した動脈造影写真。左のビタミン投与前の写真(a)では、画像中央部で粥状動脈硬化巣が血管内腔を大きく浸食している。ビタミンC500mgを1日3回3ヶ月間投与すると、粥状硬化巣が縮小し、末梢領域への血流が回復しているのが分かる(b)。

私のビタミンC投与試験ですべてのモルモットの動脈硬化が改善し<参考文献6>、さらに一部のヒトの動脈硬化が改善したことは<参考文献5>、動脈硬化の治療法としてのビタミンC(アスコルビン酸)の有効性を立証するものである。ヒトの動脈硬化を完全に回復させるには、おそらく粥状硬化巣が成熟して瘢痕化・ヒアリン化する前にビタミンC投与を開始する必要があるだろう。この種の(早期動脈硬化)患者においては、粥状動脈硬化巣はほぼ純粋にコレステロールのみからできていると考えられる。これはモルモットモデルで動脈硬化が完全回復したケースに相当する。一方、ヒトの進行した動脈硬化に対しては、ビタミンCの予防的投与が役に立つかもしれない。私の臨床研究では、ビタミンC投与を受けた10名の患者のうち、6名において動脈硬化巣の一部縮小が認められた。これはビタミンC投与によってヒトの動脈硬化が(治癒しないまでも)進行が抑えられたということを示唆している。ただこれは必ずしも患者の臨床症状を改善させるとは限らない。患者の症状(末梢循環不全)が改善するのは、その動脈硬化がコレステロール主体であって、瘢痕化やヒアリン化をきたしていないケースに限られるだろう。

このようにビタミンCを投与すれば、コレステロールからなる動脈硬化斑がヒトと実験動物(モルモット)の両方において縮小するのだが、それを治療として用いるにあたっては、以上のような事情(コレステロール粥状斑は縮小するが瘢痕・ヒアリン化したものは難しい)を考慮する必要がある。なお皮膚や動脈にコレステロールが沈着する結節性黄色腫の患者に対してビタミンCを投与すると、肉眼でも明らかな皮膚症状の改善が認められる(下の写真参照)。患者の動脈においても同様の変化が生じていると考えるのが自然であろう。

<論文「Ground Substance」 Fig. 2>

結節性黄色腫では、物理的ストレスにさらされる部位(手掌など)にコレステロールが沈着する(上の写真)。この場合、物理的ストレスは引っ張る力(stretch)ではなく圧迫(compression)である。この患者にビタミンC500mgを1日3回3ヶ月間投与すると、黄色腫は完全に消失した。

動脈硬化に対するビタミンCの投与量については、死後剖検での動脈組織中のビタミンC含有量を正常範囲に戻すのにどれだけのビタミンCが必要かというデータ<参考文献1>、また動脈造影画像上で動脈硬化巣の縮小を引き起こすのに必要なビタミンC量のデータが参考になる<参考文献5>。一般にビタミンC(アスコルビン酸)は安価で安全であり、緩徐放出型製剤で1000mgを1日2回投与すればよい。この用量は黄色腫症にも有効である。

動脈硬化の原因となる(動脈壁にかかる)種々の物理的力のうち、高血圧が最も頻度が高く、また治療も容易である。目標血圧は、(心臓・腎臓・脳などの)主要臓器に十分な血流が確保され、かつ起立性のめまいが生じないレベルとする。この「主要臓器への十分な血流」は生体維持のために絶対必要な条件であり、これを確保するためには多少の高血圧が生じてもやむを得ない。

また動脈壁の構成成分である弾性(結合)組織の役割に注目してみよう。それには内胸動脈(internal mammary artery)の例がわかりやすい(下図参照)

<論文「Questions Raised by Coarctation of the Aorta」 Fig. 4>

(a)通常径と(b)拡張した内胸動脈の断面を同一倍率で比較したもの。(a)は高血圧があり,脳出血で死亡した高齢女性の内胸動脈。血圧220/110にもかかわらず動脈硬化はほとんど生じていない。これは血管内径が小さいことと,血管壁の中膜(media)に大動脈と同じような分厚い弾性組織層が保たれていることによる。これに対して(b)は,大動脈縮窄を有し,脳血栓症で40歳で死亡した患者の内胸動脈。こちらは血圧165/100と症例(a)よりも低いが(大動脈縮窄に伴う側副血流増加のために)血管は内径で(a)のほぼ4倍まで拡大し,その内腔は大きな粥状動脈硬化巣によって50%以上も侵食されている。拡張した血管(b)では動脈中膜の弾性組織は減少・断片化しており,血管内皮の細片が動脈硬化巣の内部に埋もれていることに注意。

この内胸動脈は,発生学的には「腹側にある大動脈」というべき血管であり,血管壁には多くの弾性組織が含まれている。内胸動脈は通常なら動脈硬化を生じることはほとんどなく,たとえその弾性組織に多少の損傷が起こっても,容易に修復される。なお弾性組織の破壊から動脈硬化をきたす疾患としてホモシスチン尿症(ホモシスチン血症)があげられる<参考文献7>。これは多くの場合,先天性代謝異常が原因だが,時にビタミンB12欠乏から後天的に生じることもある。この後天性ホモシスチン血症では,血中ビタミンB12低値や巨赤芽球性貧血がみられ,また病初期から尿中ホモシスチンが検出されるであろう。治療は葉酸1mg/日以上と,ビタミンB12およびビタミンB6になるが,その投与量は患者の尿中ホモシスチン濃度が15µmol/L未満になるように調整すべきである。

なお梅毒性大動脈炎でも動脈壁の弾性組織が破壊されて動脈硬化が生じることがあり<参考文献9>、これにも注意が必要である。

<参考文献>

(1) Willis, G.C., Fishman, S., C.M.A.J., 72: 500, 1955.

(2) Peters, R.A., et al. Lancet, 1: 853, 1948

(3) Yavorsky, M., Almaden, P., and King, C. G. J. Biol Chem. 106: 525, 1934

(4) Gray-Weale, A.C., et al, J. Cardiovasc Surg (Torino) 29: 676, 1988.

(5) Willis, G.C., Light, A.W., Gow, W.S., C.M.A.J., 71: 562, 1954.

(6) Willis, G.C. C.M.A.J., 77: 106, 1957.

(7) Verhoef, P., et al, Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vasc Biol. 17: 989, 1997.

(8) Duff, G.L., Arch of Path. 20: 371, 1935.

(9) Willis, G.C. C.M.A.J., 70(1): 1-9, 1954.