ビッグキャットの進化:ネコ科現生種における体サイズ進化に対する方向性選択の作用

ネコ科現生種の中で、ヒョウ属(トラ、ライオン、ジャガー、ヒョウ、ユキヒョウ)、チーターおよびピューマは、通常水準の体サイズの進化から逸脱し、特異的な方向性選択によって大型化していることを系統学的種間比較分析によって示しました。

 【発表論文】

T. Harano, N. Kutsukake (2023). Way to big cats: Directional selection in body size evolution in living felids. Journal of Mammalian Evolution 30: 97-108

ネコ科には、およそ40の現生種が含まれるが、外見に類似性があり、どの種もネコ科であることを容易に認識できる。しかし、種間で体サイズに顕著なちがいがあり、最大種のトラの体重は、最小種のクロアシネコやサビイロネコの100倍以上である(図1)。





図1 ネコ科現生種の体重の頻度分布

一般的に、ネコ科の大型種はBig catsと称されるが、Big catsをSmall catsと分ける明確な基準があるわけではない。ほぼ確定的にBig catsに区分されるのは、ヒョウ属(Panthera)の種(トラ、ライオン、ジャガー、ヒョウ、ユキヒョウ)である(図2)。ユキヒョウは時折、形態的特徴から1種で別属(Uncia)にされることもあるが、分子系統樹ではヒョウ属クレード内に位置する(図3)。

図2 ヒョウ属(Panthera)の種

左からトラ、ライオン、ジャガー、ヒョウ、ユキヒョウ


分子系統学に基づいて、ネコ科の現生種は8つの大きな系統(lineage)に分けられる(Johnson et al. 2006)。これら8系統の1つであるヒョウ系統(Panthera lineage)は、ヒョウ属とウンピョウ属(Neofelis)で構成される。ネコ科現生種の進化史の最初期に、ヒョウ系統と他の7系統とが分岐した(図3)。










図3 ネコ科現生種の系統樹

Johnson et al. (2006)に基づく。

ネコ科の亜科の階級では、現生種をすべてネコ亜科(Felinae)に分類するという見解(Werdelin et al. 2010; Antón 2013)と、2亜科に分けるという見解(Kitchener et al. 2017)とがある。2亜科に分ける場合、進化史における分岐に応じて、ヒョウ系統、すなわちトラ、ライオン、ジャガー、ヒョウ、ユキヒョウ、ウンピョウ(図4)がヒョウ亜科(Pantherinae)、ヒョウ系統以外がネコ亜科に分類される。



図4 ウンピョウ

系統学的分岐あるいは分類学的な2亜科に対応して、Big catsがヒョウ亜科(ヒョウ系統)、Small catsがネコ亜科(ヒョウ系統以外)を指すこともある。この場合、ウンピョウがBig catsに含まれる。ウンピョウの体重は、ヒョウ属以外の大部分の種よりも大きいが、ヒョウ属最小種であるユキヒョウの半分以下である。チーターとピューマ(図5)は、2亜科に分ける場合のネコ亜科に属するが、ユキヒョウあるいはヒョウと同じくらいの大きさであり、Big catsと呼ばれることがある。




図5 チーター(左)とピューマ(右)

チーターは独特の形態的特徴を持っており1種で独立したチーター亜科(Acinonychinae)に分類されることがあった(Nowell and Jackson 1996)。チーター亜科、ヒョウ亜科およびネコ亜科の3亜科をおいた場合に、ヒョウ亜科とチーター亜科をBig catsにまとめ、残るネコ亜科をSmall catsとすることもある。しかし、現在の分子系統学に基づくと、チーターはピューマおよびジャガランディ(図6)と近縁であり、これら3種が、8つの大きな系統の1つであるピューマ系統(Puma lineage)を構成する(図3)。


図6 ジャガランディ

ネコ科の化石の中で全現生種の直近共通祖先と想定されているStyriofelisの体サイズは、ヤマネコからリンクスほどのサイズであり、比較的小さかった(Werdelin et al. 2010; Antón 2013)。その後の進化を通して、現生種の一部‘Big cats’が大型化している。これら一部の種は、ネコ科の通常水準の進化で大きくなったのか、それとも特異的な選択を通して進化したのかを検証した。

系統樹上での形質進化は、一般的に、ブラウン運動(Brownian motion)モデルに従うと仮定される。ネコ科現生種の系統樹における体重の通常水準の進化としてブラウン運動状の進化モデルを適用し、このモデルに、系統(系統樹の枝)特異的な方向性選択の効果を表すパラメータを組み込んだ。この方向性選択パラメータは、ヒョウ属、ウンピョウ、チーター、ピューマそれぞれに至る枝(図7)に割り当てた。

ピューマ系統の中で、ジャガランディはチーターとピューマに比べてはるかに小型である。ジャガランディの祖先と見なされることのある化石種(Puma pumoides)は、現生ジャガランディよりも大型であった(Chimento et al. 2014)。この化石種が祖先状態であると想定すれば、ピューマ系統内で大型化が起こった後にジャガランディの進化過程で小型化が起こったと考えられる。これらの進化が特異的な方向性選択によって引き起こされたという可能性を検証するために、別パターンとして、ピューマ系統内でチーターおよびピューマに至るすべての枝とジャガランディに至る枝それぞれに方向性選択パラメータを割り当てた(図5)。




図7 系統(枝)特異的な方向性選択パラメータの設定

(a)ヒョウ属(青)、ウンピョウ(緑)、チーター(水色)、ピューマ(赤)のそれぞれに至る枝に方向性選択を表すパラメータを割り当てた。ヒョウ属とウンピョウの分岐前の枝(茶色)では、特異的な方向性選択を仮定しないモデルと、ヒョウ属またはウンピョウのいずれかの方向性選択パラメータを割り当てるモデルを設定した。(b)ピューマ系統に関する別パターンでは、ピューマ系統の直近共通祖先からチーターおよびピューマに至るすべての枝(紫)と、ジャガランディ(オレンジ色)に至る枝それぞれに方向性選択パラメータに割り当てた。

進化シミュレーションに基づく近似尤度および近似ベイズ計算(approximate Bayesian computation)の手法(Kutsukake & Innan 2013; Harano & Kutsukake 2018)を用いて、パラメータを推定した。

いずれの推定結果でも、ヒョウ属、チーターおよびピューマでは、通常水準の進化から逸脱して体重を増大させる方向性選択が作用したことが支持された。これらの方向性選択の強さは、同様であった。一方、ウンピョウで特異的な方向性選択は、通常水準の進化から逸脱するほど強くないと推定された。ジャガランディの小型化は、特異的な方向性選択の作用なしに通常水準の進化で起こることが支持された。


発見されているヒョウ属最古の化石種(Panthera blytheae)は、ウンピョウと同じくらいのサイズであり、現生ユキヒョウよりも小さかった(図8)(Tseng et al. 2014)。このことは、ヒョウ属の起源以降に、方向性選択によって体サイズが大きくなる進化が起こったという本研究の仮説と合致する。


図8 Panthera blytheaeおよび現生ユキヒョウの頭骨(国立科学博物館・特別展「化石ハンター展」)

陸生の肉食動物では、体重が14.5–21kgを超えると、自身との相対サイズで大きな(自身の体重の45%以上)獲物を採餌することでエネルギー摂取効率を最大化させられ(Carbone et al. 1999)、相対的に小さな獲物に依存して生存可能な体重の上限は18–45kgと予測される(Carbone et al. 2007)。ヒョウ属5種、ピューマ、チーターはいずれも、この上限を上回るサイズであり、次いで大きなユーラシアオオヤマネコおよびウンピョウの体重は、この上限付近に留まっている。この上限を超える体サイズの進化は、特異的な方向性選択の作用によって起こるのかもしれない。あるいは、大型の獲物に依存することが、大型化の方向性選択を引き起こすのかもしれない。

現在、陸生の大型動物の捕食者というニッチを占める種は、ネコ科、イヌ科およびハイエナ科に見られる(Carbone et al. 1999)。これらのイヌ科およびハイエナ科の種はいずれも、群れで大きな獲物を捕える。それに対して、ネコ科は、ライオンの群れとチーターのオスの連合を例外として、単独性である。単独性肉食動物が大型動物を捕食するニッチに進出するには、体の大型化が重要であろう。また、単独性の肉食動物では、他の肉食動物やスカベンジャーとの直接的な競争の際に、大きな体サイズによる利点が大きいであろう。単独性の肉食動物というネコ科の特性が、大型化の方向性選択を駆動するのかもしれない。

結論として、トラ、ライオン、ジャガー、ヒョウ、ユキヒョウ、チーター、ピューマは、現生ネコ科の通常水準の進化で出現するサイズではなく、特異的な方向性選択が作用することによって進化したBig catsであることが示された。本研究の結果は、現生ネコ科の体サイズの種間変異は、一部の系統で特異的な方向性選択による進化の産物であることを支持する。他の分類群でも、一部に極端に大きな種が見られることがあり、そのような分類群における体サイズの進化を理解するうえで、ここで用いた研究手法は有効であろう。


【引用文献】

Antón M (2013) Sabertooth. Indiana University Press, Bloomington, IN

Carbone C, Mace GM, Roberts SC, Macdonald DW (1999) Energetic constraints on the diet of terrestrial carnivores. Nature 402:286–288

Carbone C, Teacher A, Rowcliffe JM (2007) The costs of carnivory. PLoS Biol 5:e22

Chimento NR, Derguy MR, Hemmer H (2014) Puma (Herpailurus) pumoides (Castellanos 1958) nov. comb.: comentarios sistemáticos y registro fósil. Serie Correlación Geológica 30:92–134 (in Spanish)

Harano T, Kutsukake N (2018) Directional selection in the evolution of elongated upper canines in clouded leopards and sabre-toothed cats. J Evol Biol 31:1268–1283

Johnson WE, Eizirik E, Pecon-Slatter J, Murphy WJ, Antunes A, Teeling E et al. (2006) The late Miocene radiation of modern Felidae: a genetic assessment. Science 311:73–77

Kitchener AC, Breitenmoser-Würsten C, Eizirik E, Gentry A, Werdelin L, Wilting A et al. (2017) A revised taxonomy of the Felidae: The final report of the Cat Classification Task Force of the IUCN Cat Specialist Group. Cat News SI 11

Kutsukake N, Innan H (2013) Simulation-based likelihood approach for evolutionary models of phenotypic traits on phylogeny. Evolution 67:355–367

Nowell K, Jackson P (1996) Wild Cats: Status Survey and Conservation Action Plan. IUCN, Gland, Switzerland

Tseng ZJ, Wang X, Slater GJ, Takeuchi GT, Li Q, Liu J et al. (2014) Himalayan fossils of the oldest known pantherine establish ancient origin of big cats. Proc R Soc B 281:20132686

Werdelin L, Yamaguchi N, Johnson WE, O’Brien SJ (2010) Phylogeny and evolution of cats (Felidae). In: Macdonald DW, Loveridge AJ (eds) The Biology and Conservation of Wild Felids. Oxford University Press, Oxford, UK, pp 59–82