ウンピョウとサーベルタイガーの上顎犬歯の進化における方向性選択

ネコ科の系統学的種間比較分析によって、現生ウンピョウの上顎犬歯の長さを進化させた方向性選択の強さは、絶滅したサーベルタイガーの中で最も長い上顎犬歯を発達させたスミロドンに匹敵することを示しました。

【発表論文】

T. Harano, N. Kutsukake (2018). Directional selection in the evolution of elongated upper canines in clouded leopards and sabre-toothed cats. Journal of Evolutionary Biology 31: 1268–1283

図1 代表的なサーベルタイガーであるスミロドン属 (A)Smilodon populator (徳島県立博物館)、(B) Smilodon fatalis (国立科学博物館)

現在生きているネコ科の種はすべてネコ亜科(Felinae)に分類される。その中で、ウンピョウ(図2)は、体の大きさの割に上顎犬歯が長いことで有名である(図3)。その長さは、3倍ほど体重のあるヒョウと同じくらいあり、同じく体重3倍ほどのチーターやピューマよりも長い。犬歯や頭骨の形態に関して、ウンピョウとサーベルタイガーとの類似性が議論されている。


図2 ウンピョウ Neofelis nebulosa



図3 ネコ科現生種および化石2種の体重と上顎犬歯の長さ

マカイロドゥス亜科とネコ亜科の共通祖先もしくはそれに近いと考えられるネコ科初期の化石動物では、上顎犬歯は短かった。マカイロドゥス亜科サーベルタイガーで上顎犬歯が長くなる進化が起こったと考えられる。一方、ネコ亜科の中では、ウンピョウで特異的に上顎犬歯が長くなる進化が起こったと考えられる。本研究では、ウンピョウとサーベルタイガーの上顎犬歯の進化には、同様の方向性選択が作用しているという仮説を系統種間比較(Phylogenetic comparative methods)によって検証した。

最新の分子系統学研究では、マカイロドゥス亜科サーベルタイガーの内、スミロドン属の1種(Smilodon populator;図1A)とホモテリウム属の1種(Homotherium latidens)の化石に残されたDNAが分析され、マカイロドゥス亜科はおよそ2000万年前にネコ亜科と分岐し、スミロドンとホモテリウムの系統はおよそ1800万前に分岐したと推定されている(Paijmans et al. 2017)。スミロドン属はMegantereon属やParamachairodus属などともにスミロドン族(Smilodontini)に、ホモテリウム属はAmphimachairodus属やMachairodus属などとともにホモテリウム族(Homotherini)に分類される。スミロドン族の特徴は、dirk型と呼ばれる非常に長い上顎犬歯であり、その中でS. populatorは最も長い上顎犬歯(およそ18cm)を発達させていた。ホモテリウム族の上顎犬歯はscimitar型と呼ばれ、比較的短く(H. latidensではおよそ8cm)、湾曲していた。S. populatorH. latidensは約1万年前まで生存していた。これら2種と現生種を含むネコ科系統樹(図4)を分析に利用した。それぞれの種について、上顎犬歯の長さおよび体重のデータを文献から収集し、体重の影響を統制することによって相対的な上顎犬歯の長さを算出し、系統種間比較分析を行った。

図4 ネコ科の系統樹

現生種はJohnson et al. (2006)、化石種はPaijmans et al. (2017) の分子系統に基づく。


ウンピョウ(緑)、スミロドン(青)、ホモテリウム(赤)のそれぞれに至る枝に、方向性選択を表すパラメータを割り当てた。スミロドンとホモテリウムの分岐前の枝(紫)では、スミロドンまたはホモテリウムのいずれかの方向性選択パラメータを割り当てるモデルと、方向性選択なしのモデルとを設定した。

系統種間比較では、一般的に、系統樹に沿った形質の進化がブラウン運動(Brownian motion)モデルに従うと仮定される。ブラウン運動モデルでは、形質の進化の方向と変化量がランダムに変化する。ネコ科系統樹における上顎犬歯の長さの進化では、ブラウン運動モデルを基本とし、ウンピョウ、スミロドン、ホモテリウムのそれぞれに至る枝(図4)に、方向性選択の効果を表すパラメータを組み込んだ。この手法は、Kutsukake & Innan (2013) によって提示されており、系統樹に沿って形質値を進化させるシミュレーションによって近似尤度を求めることにより、近似ベイズ計算(approximate Bayesian computation: ABC)を用いたパラメータ値の推定ができる。さらに、この手法を展開し、異なる枝における方向性選択の強さを比較するために、方向性選択パラメータ値の差を推定した。

スミロドンの1種、ホモテリウムの1種および現生種から成る系統樹を2パターン(一方は図4に示しており、もう一方は現生種の推定分岐年代が全体的に古い)利用し、系統樹上の方向性選択の設定3通りのモデルで分析(計6通り)を実行した。いずれの分析結果からも、ウンピョウおよびスミロドンの系統では、方向性選択なしの進化モデルは棄却され、上顎犬歯の長くなる方向への選択の存在が支持された。両者における方向性選択の強さは同様であった。ホモテリウムの系統でも方向性選択の効果は概ね支持されたが、ウンピョウおよびスミロドンの系統に比べて小さい傾向にあった。この方向性選択はホモテリウムの進化過程の初期のみで作用していたと推測される。

さらに、上述2種(S. populatorおよびH. latidens)以外のスミロドン族およびホモテリウム族の化石種を追加した系統樹(図5)を用いて、同様の分析を行った。これらの化石種の分子系統推定は行われておらず、系統関係は主に犬歯や頭骨の形態に基づく。すべての分析を通して、ウンピョウとスミロドンの系統で同様の強さの方向性選択が作用したという結果は一致した。


図5 スミロドン族およびホモテリウム族の化石種を図4に追加した系統樹

追加された化石種の位置は、Piras et al. (2013) に基づく。

ウンピョウの上顎犬歯はスミロドンよりもはるかに短いが、ネコ亜科内で姉妹群のヒョウ属(Panthera)と分岐後の短期間で進化したと想定される。スミロドンの1種(S. populator)は、マカイロドゥス亜科の中で最後に出現し、最も長い上顎犬歯を発達させていた。その上顎犬歯は長い時間をかけて進化したと想定される。これらの進化の歴史を取り入れた分析を本研究で行った結果、ウンピョウとスミロドンとで、上顎犬歯長の進化における方向性選択の強さが類似することが示された。このように、本研究で展開した手法を適用することにより、系統的に離れた生物種の間で、形質の進化における方向性選択の効果の比較、類似性の検証が可能である。

サーベルタイガーの犬歯がどのように機能し、なぜ進化したのかという疑問は、多くの人の興味を引いている。しかし、その行動や生態を直接観察することはできない。本研究の結果は、現在生きているウンピョウの長い上顎犬歯の進化を促す生態的要因や適応的機能がサーベルタイガーに通じることを示唆している。ウンピョウの生態はあまり研究されておらず、長い上顎犬歯は獲物を捕える際に機能すると推測されているが、適応上の利点は明らかにされていない。その解明は、サーベルタイガーの進化を理解するためにも有意義であろう。


【引用文献】

Kutsukake, N. & Innan, H. 2013. Simulation-based likelihood approach for evolutionary models of phenotypic traits on phylogeny. Evolution 67: 355–367.

Paijmans, J.L., Barnett, R., Gilbert, M.T.P., Zepeda-Mendoza, M.L., Reumer, J.W., de Vos, J. et al. 2017. Evolutionary history of saber-toothed cats based on ancient mitogenomics. Curr. Biol. 27: 3330–3336.

Johnson, W.E., Eizirik, E., Pecon-Slatter, J., Murphy, W.J., Antunes, A., Teeling, E. et al. 2006. The late Miocene radiation of modern Felidae: a genetic assessment. Science 311: 73–77.

Piras, P., Maiorino, L., Teresi, L., Meloro, C., Lucci, F., Kotsakis, T. et al. 2013. Bite of the cats: relationships between functional integration and mechanical performance as revealed by mandible geometry. Syst. Biol. 62: 879–900.