植物に潜む様々な現象を調査し,園芸作物の育種や栽培に応用することを目指す学問,園芸学が専門です.研究では,材料を見つめることで着想を広げていくことを意識しながら取り組んでいます.また,研究室内での解析とフィールドでの調査に取り組むことにより,ミクロとマクロを繋げたいと考えています.

野菜のベゴモウイルス抵抗性育種

ナス科(トマト、トウガラシ・ピーマン、ナス etc)およびウリ科(キュウリ、ズッキーニ、メロン etc)には日々の食卓に並ぶ重要な果菜類が多く含まれます.近年、これらの野菜の生産現場においてベゴモウイルスによる被害が深刻になっています。被害は日本だけでなく、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、北中南米と広く発生しています。作物が一度ベゴモウイルスに感染すると、葉の黄化や葉巻きが起き、結果的に果実の収穫がほとんど行えないため農家の収入に大きく影響してしまいます。私たちは生産圃場で発生しているベゴモウイルスを調査し、それに基づきベゴモウイルス抵抗性を有する野菜の品種改良を目標にして研究を進めています。

ベゴモウイルスは媒介昆虫がウイルス感染株で吸汁した後に、健全株を吸汁することにより伝染します。人を含む動物と違い、ウイルス病に感染した植物を薬で治癒することはできません。そのため、主な対処方法は農薬による媒介昆虫の防除です。しかし、農薬の乱用により農薬が効かない昆虫が発生し、防除を益々困難にしています。ハウスなど施設栽培においては防虫網の設置により昆虫の侵入を食い止める努力も一定の効果を発揮しますが、露地栽培において防虫網による防除はできません。また、途上国では農薬や施設栽培はコストの面から普及していない場合も多く、十分な防除が行えない現状にあります。

そこで私たちは各野菜の遺伝資源からベゴモウイルス抵抗性を有する系統の探索を行っています。それを用いて現在栽培されている品種と交配することにより、ベゴモウイルス抵抗性品種を作り出すことが目標です。この目標を達成するために、生産現場でどのようなベゴモウイルスが被害を引き起こしているのかを調査し(Koeda et al., 2016; Kesumawati et al., 2019; Taniguchi et al., 2022)、抵抗性系統を確実かつ極力省力的に選抜する技術の開発に取り組んでいます(Koeda et al., 2017; 2018)。また、発見した抵抗性系統の遺伝子解析から、トウガラシでは世界で初めてベゴモウイルス抵抗性遺伝子を発見し、品種改良への応用も実現しています(Koeda et al., 2021, 2022; Pohan et al., 2022)。植物に関する研究、ウイルスに関する研究の知見を統合し、被害の解決を目指すことが難しくもあり、植物の持つポテンシャルを信じて取り組める点は面白くもあります。

研究背景となる、園芸生産におけるベゴモウイルスによる被害については総説を参考にして下さい。(Click!!)

トウガラシにおけるベゴモウイルス抵抗性遺伝子の特定について。(Click!!)

大学の研究紹介動画。(Click!!)

関連論文

Koeda and Kitawaki. 2023. PhytopathologyKikkawa et al. 2023. Euphytica小枝. 2023. バイオサイエンスとインダストリー.Taniguchi et al. 2023. J. Gen. Plant Pathol.Pohan et al. 2023. Hort J.Koeda et al. 2022. Theor App Genet.Mori et al. 2022. EuphyticaKoeda et al. 2021. Theor App Genet.Yamamoto et al. 2021. Hort J.Koeda et al. 2020. Arch Virol.Koeda et al. 2020. Plant Dis.Kesumawati et al. 2020. Hort J.Kesumawati et al. 2019. Arch Virol.Koeda and Fujiwara 2019. Trop Agric Dev.Koeda et al. 2018. In Vitro Cell Dev Biol Plant.Koeda et al. 2018. Hort J.Koeda et al. 2017. Hort J.Koeda et al. 2016. Trop Agric Dev.Koeda et al. 2015. Hort J.小枝. 2015. 農業および園芸.

トウガラシ果実の辛味と香り

トウガラシ(Capsicum spp.)には5つの栽培種が存在し,日本で栽培されているトウガラシは概ねすべてがC. annuumです.私たちは,現在でもカリブ海や南米大陸の低地で広く利用されているC. chinenseの果実が有する辛味(カプサイシン)や香り(フレーバー)に注目して研究を行っています.C. chinenseにはハバネロやスコッチボネットなどの多くの激辛品種が含まれることで有名ですが,辛みに加えてフルーツのような豊かな香りを有している点でC. annuumとは異なります.

トウガラシは本来果実に辛味(カプサイシン)を有する作物ですが,カプサイシン生合成に関与する遺伝子が変異することでピーマンなどの野菜用品種が誕生したことがわかっています.また,カプサイシンはフェニルプロパノイド経路と分岐鎖脂肪酸経路で合成された前駆体が縮合され,合成されることが示されています.これまでに,合成経路上で働くであろう多数の遺伝子配列が単離されていますが、その中の2つの遺伝子(Pun1pAMT)のいずれか一つが変異すると辛味がなくなることが示されていました.私達はこれまでに,No.3341(C. chinense)を解析することにより,分岐鎖脂肪酸経路上で機能すると推定されるCaKR1の遺伝子変異によっても,カプサイシンが合成できなくなり,野菜用の辛くないトウガラシになることを世界で初めて明らかにしました(Koeda et al., 2015a, b, 2019).現在,CaKR1に着目し,多品種間での比較等を進めています.

トウガラシ(C. chinense)果実にはフルーティーな香りがあり,その多くはエステル類であると考えられています.私達は辛味の研究で収集・蓄積した材料を利用し,辛味がなく,かつ香りの良いトウガラシを育種することを目的に研究をしています.果実の香りは複数の成分により構成される複雑な形質であるため,遺伝学的研究が遅れている状況にありますが,特徴的な材料を上手く解析に用いれば,複雑な香りについても合理的な育種アプローチが可能なのではないかと考えています.最終的には様々な香りを有したC. chinenseを新しい果菜類として提案することができればと考えています.

関連論文

Koeda et al. 2023. Plant Cell Rep.Koeda et al. 2020. Hort J.Koeda et al. 2019. Theor App Genet.Koeda et al. 2015.  Am J Plant Sci.Koeda et al. 2015. Hort J.Koeda et al. 2014. J Japan Soc Hort Sci.小枝. 2012. 農業および園芸.

トウガラシの歴史・伝播

トウガラシには5つの栽培種が存在しますが,世界的に生産量・需要が大きいのはC. annuumです.一方,東南アジアではC. annuumに加えて,C. frutescensの在来品種が多数残っており、日本でも沖縄でのみ島トウガラシとしてC. frutescensが栽培・利用されています。トウガラシはコロンブスの新大陸発見をきっかきとして,大航海時代に世界に伝播したと言われています.しかし,C. frutescensについては,コロンブスのずっと以前に別の経路でアジアに伝播したのではないかという仮説も提唱されています.私達は鹿児島大学と共同で,アジアで栽培されているC. frutescens,C. chinense,C. pubescensなどの来歴を、大規模な遺伝資源を使用して調査しています.

常温域での植物の温度反応

温度は植物の発育に最も大きな影響を与える環境要因の一つです.これまで,低温でも高温でもない,20℃〜30℃付近の温度域(常温域)での植物の温度反応に興味を持ち研究を行ってきました.常温域には多くの温帯性あるいは熱帯性・亜熱帯性植物の生育適温域が含まれます.四季の明確な日本では年間を通じて気温変動が非常に大きく,夏季には気温が35℃前後まで上昇する一方で,冬季には気温は0℃前後まで低下します.そのため,日本で生活していると私たちは四季の変化を当然のように感じてしまうことも多いでしょう.しかし,世界にはまったく異なる気候を有する地域があります.赤道付近に点在する標高の低い海洋性の恒温性地域では,年間を通じて平均気温が25℃前後でほとんど変化がありません.そのような環境では温度反応性に関して特徴的な遺伝資源が潜在するとの仮説を立て,セーシェル諸島,カリブ海の島国,東南アジアでのトウガラシの収集および解析を通じてその可能性を検討してきました.研究により,温度反応性系統Sy-2やTr-13を発見し,温暖な恒温性地域には常温域において植物の温度反応性に変化をもたらす中立的な遺伝的変異が蓄積していることを示しました.

関連論文

Liu et al. 2016. Theor App Genet.小枝. 2013. 京大農場報告.Koeda et al. 2013. J Plant Res.Koeda et al. 2012. J Plant Res.小枝. 2011. 農業および園芸.An et al. 2011. Theor App Genet.小枝 ら. 2010. 京大農場報告.Koeda et al. 2009. J Plant Res.