磁性体や冷却原子系における量子多体問題を、場の理論、トポロジー、量子情報などの考え方を活用して研究しています。専門は広くは物性理論のカテゴリーに属しますが、その中では比較的数理的なアプローチをとりつつ、それを現実の問題に応用することに興味を持っています。
特に興味を持っているのは、トポロジカル相です。これは、連続変形(ぐにゃぐにゃ曲げる)のもとで不変な性質を扱う数学「トポロジー」と結びついた学問です。特に2000年代中頃から、バンド絶縁体がトポロジーにより多数の相に分類できることが明らかになり、「トポロジカル絶縁体」というキーワードで注目されています。トポロジカル絶縁体は中身が絶縁体であるにも関わらず、表面には(スピンと運動量の相対角がロックされた)特異な金属状態が現れるという特徴があり、スピントロニクスへの応用が期待されています。一方、磁性体などの他の系でも特異な端(表面)状態や非局所的秩序変数などで特徴づけられる相が知られ、より広い概念として「トポロジカル相」の名で研究がされています。これらの源流となる1980年代の研究に対して、2016年にノーベル物理学賞が授与され、関心が後押しされました。トポロジカル相は、(原子ごとに分割されるような)自明な状態とは連続変形でつながらないものとして定義されます。否定文で定義されるため、実体がつかみにくいですが、対象ごとの非自明な性質を楽しみつつ、それらの間の共通性も見いだせるテーマです。
古川は、冷却原子系や磁性体でのトポロジカル相の研究に近年、力を入れています。冷却原子系はレーザー冷却技術により得られる極低温気体であり、高い操作性のある系として知られていますが、2010年頃から、人工ゲージ場技術の発展に伴ってトポロジカル相の研究の舞台としても注目されています。このような新技術のもとで実現する新奇現象を理論的に探索しています。磁性体においては、トポロジカル相の研究は量子スピン液体の概念と密接に結びついています。スピン液体とは、相互作用間の競合(フラストレーション)により、絶対零度でも通常の秩序を示さない状態を指します。それらの中には、トポロジーや非局所的秩序変数によって特徴づけられるものがあります。フラストレート量子磁性体が特に2000年代以降、さまざま合成されるようになり、スピン液体を始めとしてどのような物性を示すのか、具体例での研究を行っています。
通常の局所的秩序変数で特徴づけることのできないトポロジカル相に対して、量子エンタングルメント(もつれ)などの量子情報科学で使われる概念が有用であることが2000年代中頃から明らかになってきました。物性と量子情報の境界領域として、長年、興味を持っています。古川は幸い、このような研究領域の初期から関わる機会があり、トポロジカル相の他、量子臨界現象への応用にも取り組んできました。
トポロジカル相を中心に研究内容を紹介しましたが、学問は進化するものですので、取り組むテーマも時代の流れの中で流動的に変化させていくことが必要になります。特に、2010年代から急速に技術が発展する量子コンピュータは、量子情報処理への応用ばかりでなく、より一般には量子多体状態を高い自由度で操作することを可能にするものです。今まで物性物理学のトイ・モデル(机上の模型)と思われていたものが実現されるようになったり、時間結晶などの非平衡状態の実現されたりなど、興味深い研究が行われています。機会を見つけて、このような新しい研究の流れに参入したく思っています。学部4年生の輪講でこのような新しいテーマにつながる本を提案することもあると思います。
追記(2023.2): 古川はサスティナブル量子AI研究拠点の研究課題3「量子埋め込み」に参加することになりました。量子磁性体の研究で発展したテンソルネットワークの概念を量子計算と融合するのがこの課題のミッションです。今後、量子計算と量子磁性の融合領域に重点を置いて研究を進めたく思っています。
現在およびこれまでの主なテーマは次のようなものです。
人工ゲージ場中の冷却原子系における量子(スピン)ホール物理
エンタングルメントに基づく多体系の背後の共形場理論およびトポロジカル秩序の解析法
フラストレート量子磁性体における量子スピン液体と多様な秩序(ネマティック秩序、カイラル秩序、マルチフェロイクス)
主に次のような手法を用いて研究を行っています。
解析的手法: 朝永・Luttinger液体理論(ボソン化法)、共形場理論、スレーブ粒子法、スピン波近似、etc.
数値的手法: 数値的対角化、行列積状態に基づくアルゴリズム (iTEBD等)、etc.
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Bogoliubov spectrum in the Haldane-Bose-Hubbard model