■概要
血液などの体液には,本来含まれているはずのないDNAが含まれていて,cell-free DNA(セルフリーDNA〜「細胞なしのDNA」: cfDNA)呼ばれている.cfDNAは,循環腫瘍細胞(Circulating Tumor Cells)とならんで,これまでの生検をおおきく非侵襲化する,リキッドバイオプシー(「液体の生検」)の主要なターゲットとなっている.このcfDNAなるものは,古く1948年にはじめてその存在が報告されていた.しかし,がんらい「含まれているはずのない」DNAであるcfDNAは,微量かつ体液中で容易に断片化すること,そして医学・医療上の興味の対象となるcfDNAは,多くの「バックグラウンド」cfDNAの中でもさらにわずかの割合しか存在しないことから,その応用はなかなか進まなかった.最小に成功したのは,母体内の胎児に対する出生前診断への応用であった.その後,がんや感染症など,疾患の診断への応用の研究も盛んにすすめられている.その中で,従来のDNA分離技術の問題点とともに,cfDNAをいかに効率的に分離精製すべきかの技術の開発の必要性が広く認められるようになっている.
一方,等速電気泳動(isotachophoresis: ITP)とは,異なる電気移動度を持つイオン・荷電分子が,分離したまま皆同じ速度で(つまり等速で)移動する現象である.単独では違う速度で移動しているイオンが皆では等速で移動する不思議さがこの名称の由来になっていると思われるが,注目すべきは,もしその荷電分子が微量な場合,それより少し速い分子と,それより遅い分子の間で濃縮されながら移動することである.このITPも,stacking/resolving, discontinuous electrophoresis, moving boundary electrophoresisなど,実に別名が多いことからもわかるように,これまたかなり古くから多くの分野にて応用されてきたのだが,最近,マイクロ流体技術が発展してきたこと,そしてITPの効果がマイクロ流路などの細管でよく発揮されることから,その有用性が注目されてきている.
本講演では,cfDNAとITPについて解説するとともに,私が昨年度より取り組んでいるこの2者の応用,具体的には結核菌由来cfDNAのヒト血漿からの分離を,独自の流体デバイスを用いたITPによって行う試みについて紹介する.また,この試みのスピンオフともいえる,DNA-ペプチドコンプレックスのITPによる分離の試みについても触れたい.