Research

 ・  ペプチド結合の新規切断反応の開発

エステル結合と違って従来、室温でペプチドの特定のアミド結合を切断することは難しいことでした。もし室温でペプチドの特定のアミド結合を切断できたら、生命科学にとって大きな革命となりえます。さらに、この反応はペプチド医薬のプロドラッグやドラッグデリバリーシステムに応用できます。

濵田は室温でペプチドのN-末端アミノ酸のみを切断する反応の開発に成功しました。 N-末端アミノ酸の切断反応としてはエドマン分解が知られていますが、エドマン分解はフェニルイソチオシアネートと反応後、酸と加熱することが必要になります。浜田の反応は室温で進行します。エドマン分解は1950年に報告されましたから、エドマン分解から66年ぶりの新規なペプチド切断反応の発見と言えます。今後、濵田の発見した反応の生命科学への応用が期待されます。

・  既存の薬剤耐性ウイルスに有効なHIVプロテアーゼ阻害剤およびそのプロドラッグ開発。

計算化学的手法を用いて、AIDS治療薬として薬剤耐性ウイルスに有効なHIVプロテアーゼ阻害剤を設計しています。

HIVプロテアーゼの活性中心は疎水性であるため、疎水性ポケットに最適化された強い阻害活性を有する阻害剤は難溶性であり、かつてはカプセル中のリトナビル結晶が析出したため、リトナビル製剤の製造が一時停止になった事態が起こりました。我々のHIVプロテアーゼ阻害剤も例外ではなく、溶解性のよく生体吸収性性のよいプロドラッグを開発しました。これはO-N分子内アシル基転位を利用したプロドラッグで、生理的条件下で瞬時に親化合物を再生するものです。この転位反応を利用して、固相上で合成困難なペプチドや蛋白質を合成する方法も開発しました。

・  アルツハイマー病の根本的治療薬を目指したBACE1阻害剤の開発

  KMI-429などのペプチド型BACE1阻害剤を世界に先駆けて開発しました。KMI-429は培養細胞において用量依存的にBACE1阻害活性を示し、またKMI-429を野生型およびトランスジェニックマウスの海馬に投与することにより、アルツハイマー病発症の原因物質とされているアミロイドβペプチドの生成を抑制することを確認しました。これは低分子化合物としてマウスという個体レベルで効果が確認されたのは世界で初めてのことです。さらに独創的な計算化学的設計手法により低分子非ペプチド型のBACE1阻害剤も複数創製しており、いまだ根本的治療薬のないアルツハイマー病の治療薬として期待されます。

また、これらの阻害剤はアルツハイマー病発症メカニズムの研究用ツールとして有用であり、骨格の異なる4種類のBACE1阻害剤を和光純薬工業株式会社から研究用試薬として発売しています。これらを研究用ツールとして使って、アルツハイマー病の発症メカニズムが解明されるのを期待しています。

試薬の発売と同時に、和光純薬工業㈱の和光純薬時報(2011年1月発行)に濵田の論文が掲載されました。

和光純薬時報のURL: http://www.wako-chem.co.jp/siyaku/journal/jiho/article/jihoindx.htm  (2011年のVol.79、No1)

 

・  BACE1阻害活性を示すペプチドを世界で初めて設計・合成に成功

濵田は酵素と基質および酵素と阻害剤の相互作用を詳細に調べ、酵素の触媒メカニズムおよび阻害剤の阻害メカニズムの違いを解析することにより、BACE1阻害剤の阻害活性発現には量子的相互作用が重要であることを発見した。これは酵素の基質と阻害剤の設計概念は基本的に異なることを示した最初の例であり、従来の生化学の教科書を書き換える発見かもしれません。また、これらの成果を利用して、世界で最初のBACE1阻害活性を示すペプチドの設計・合成に成功しました

これらのBACE1阻害活性を示すペプチドのアミノ酸配列をコードしたDNAを用いたアルツハイマー病の遺伝子治療も応用として考えられます。また、これらのペプチドはアルツハイマー病発症メカニズム解明のためのケミカルバイオロジーの研究用ツールとして有用であると思われれ、今後の研究の進展が期待されます。この研究は ACS Medicinal Chemistry Letters誌の表紙絵として採用され国内外から高い評価をいただいております。

 

 ・ アルツハイマー病発症の原因物質アミロイドβペプチドの凝集阻害剤の開発研究

NMRによるアミロイドβペプチドのオリゴマーの立体構造を基にして、in-silicoで凝集阻害剤を設計しています。

アルツハイマー病の病状は長期間にわたり進行することから、その治療薬もしくは予防薬は長期投与が必要となります。濵田はアルツハイマー病の治療薬の大本命はBACE1阻害剤だと考えておりますが、AIDS治療のように複数の薬剤の同時投与が効果的であるかもしれません。その意味でアルツハイマー病治療薬としてのアミロイドβペプチドの凝集阻害剤の研究は重要だと考えています。濵田はこれらを創薬ターゲットとして複数のアルツハイマー病治療薬を創製することを目指しています。

 

・  凝集阻害剤を用いたアルツハイマー病発症メカニズムの解析

アルツハイマー病の発症の原因はアミロイドβペプチドの凝集体が脳内に蓄積することによるものと考えられています。凝集体を形成するアミロイドβペプチドのコンホマー(立体配座異性体)は複数の研究グループからいくつかの立体モデルが報告されています。既存のアミロイドβペプチド凝集阻害剤はこれらのコンホマーの違いを認識しませんが、濵田はそれぞれのコンホマーを認識する凝集阻害剤を開発しました。これらの阻害剤は特異的に特定のコンホマーを認識して結合することから、アミロイドβペプチドの凝集過程の追跡や、凝集メカニズムの解析研究に有用です。 濵田はこれらの阻害剤をプローブとして用いアルツハイマー病の発症メカニズムを解明します。

・ ペプチド化学を基盤としたケミカルバイオロジー研究

アルツハイマー病発症メカニズム解析のためのケミカルバイオロジー研究に有用なBACE1阻害剤やアミロイドβペプチドの凝集阻害剤をポジトロン放出核種で標識したPETプローブの合成研究

PETプローブによりアルツハイマー病患者の脳の病変部分が可視化され、診断や治療に使われることが期待されます。

このように濵田は治療薬、診断薬、発症メカニズムの解明研究を統合的に進めることにより、アルツハイマー病を制圧することを目指します。

・  新規 in-silico 設計手法の開拓

計算科学を用いて医薬を設計する新規な創薬方法論を開拓しています。

企業などでは数万以上の化合物ライブラリを使って医薬候補化合物をスクリーニングしています。 濵田は計算化学を駆使して効率的な分子設計を試みています。例えば、BACE1阻害剤では数百程度の化合物しか合成しておらず、それで世界最高レベルの阻害活性を有する化合物を見出しています。この手法はBACE1阻害剤のみならず、AIDS治療に用いられるHIVプロテアーゼ阻害剤や抗SARS ウイルス剤の開発にも応用できると考えています。

濱田は化合物の立体エネルギーを計算して、最適な薬物を設計する創薬手法として in silico conformational strucuture-based design を考案し、設計ツールとして提唱しています。また、薬物を設計する上で重要な概念である生物学的等価体(bioisostere)において、量子化学的な考え方を導入し、新しい概念として electron-donor bioisostere を提唱しています。これは、官能基を重視する古典的な bioisostere と異なり、薬物と標的蛋白質との量子化学的相互作用を重視した概念で、最新の創薬研究に一石を投じたと考えています。

  BACE1阻害剤の設計(濵田が考案した新規な創薬方法論を用いて設計しています。)

薬を設計するためのグリッド・コンピューティング(分散処理)システムです。

これでアルツハイマー病治療薬や次世代HIVプロテアーゼ阻害剤などを設計しています。

(節電のため計算中はコンピュータの画面は消すようにしています。)

・  アミラーゼなどの糖加水分解酵素およびプロテアーゼ活性測定用の発色性合成基質の開発

プロテアーゼや糖加水分解酵素を検出するためのプローブを設計・合成した。特にアミラーゼ活性を検出するためのプローブは臨床検査薬として商品化、東洋紡績㈱バイオ事業部の主力商品となった。アミラーゼには膵液由来と唾液由来のアイソザイムがあり、濵田が合成したプローブは両アイソザイム対する親和性が同じであり、アイソザイム共存下での測定が可能になった。また、特異的阻害剤の添加により、膵液由来と唾液由来のアミラーゼの分別定量も可能になった。また、研究チームリーダーとして、研究チームを指揮することにより、この化合物を使った臨床検査薬を商品化した。 (publicationsタブの出願特許の欄を参照)

       

       酵素活性を検出するためのプローブ アミラーゼ活性を検出するための発色性基質

・  化学修飾による安定化酵素の開発

東洋紡績㈱バイオ事業部は各種酵素を製造販売している。酵素の安定化は遺伝子工学的手法も用いられるが、すべての酵素に対して遺伝子工学的手法のみでは限界があった。濵田は、糖鎖やポリマーを化学的に結合させた安定化酵素の汎用的な製造方法を開発し、臨床検査薬用の酵素として製品化した。

・  高性能DNAシークエンシング用電気泳動ゲルの開発

DNAシークエンシングは長さの異なるDNA断片を分離・解析することにより塩基配列を決定する技術である。DNA断片のゲル上の移動度はその分子量の対数と比例関係にある。よって高分子サイズのDNAではバンドの間隔が狭くなり読み取りにくくなる。さらに高分子サイズのDNA断片は、分子内相互作用による高次構造形成のため、見かけの分子量が小さくなる現象が見られ、さらにバンドが読み取りにくくなる。シクロデキストリンは表面に親水性基が露出しており。その内部は疎水性空間となっており、特定の分子を認識する。濵田はシクロデキストリンをアクリロイル化し、アクリルアミドと共重合させた電気泳動ゲルを設計した。シクロデキストリンがDNA断片分子の一部を認識・相互作用するため、DNA断片の分子内相互作用が防止され、高分子サイズのDNA断片のバンドが開くようになった、理想的な高性能DNAシークエンシング用電気泳動ゲルの開発に成功した。 (publicationsタブの出願特許の欄を参照)

  

    

                     シクロデキストリン シクロデキストリンを有する電気泳動用ゲル

・ 生理活性物質の有機合成研究、天然物化学における単離・構造決定・全合成

大学院の研究テーマが天然物化学だったため、現在も天然物化学を志向した創薬研究を行なっている。