学習の手引き

Jahn–Teller効果や振電相互作用に関する日本語の文献はあまり多くありません。従って、洋書の方が学びやすいのですが、日本語の解説も参考になると思いますので、邦訳も含め、私の知っている範囲内で少しずつ紹介していきたいと思います。ただし本格的に学習するなら、Isaac B. Bersukerの著書以外に選択肢はありません。洋書についてはこちらのページを参照して下さい。


著者の弟でもある訳者が増補として、幾何学的位相と動的Jahn–Teller効果に関する簡潔で分かりやすい解説を行っています。この訳者増補は逆輸入される形で、原書の改訂版でも取り入れられましたが、第2版では削除されてしまいました。


Jahn–Teller効果は、1934年にNiels Bohr研究所を訪れていたLev D. LandauとEdward Tellerの議論に始まります。この本では、振電相互作用の考え方とともに、静的Jahn–Teller効果が紹介されています。また、群論に関する入門的記述も豊富です。


Jahn–Teller結晶のポーラロンを研究されていた高田康民先生による著書。Green関数法による多体問題へのアプローチの紹介が主眼の本ですが、断熱近似の説明と絡めて、動的Jahn–Teller効果や幾何学的位相に関する簡潔な記述が見られます。


田辺・菅野ダイアグラムを初めとして、配位子場理論に大きく貢献のあった先達らによる著書。日本語の文献の中で、Jahn–Teller効果や振電相互作用に関する記述が最も充実しています。遷移金属錯体に限定した書き方になっていますが、静的Jahn–Teller効果と動的Jahn–Teller効果の区別、分光スペクトルとの関わりなどに詳しい記述が見られます。


田辺行人先生の手になる第1章で、「配位子場理論とその応用」と同様の内容が簡潔に紹介されています。


Isaac B. Bersukerのもとで研究されていた小泉裕康先生の手になる第6章では、幾何学的位相と動的Jahn–Teller効果の関係が記述されています。また、菅野暁先生の手になる付録Aは、群論の簡潔な導入になっています。


Jahn–Teller効果や振電相互作用に関する記述はそれほど多くありませんが、その基礎となる群論が詳述されています。


静的Jahn–Teller効果とそれに必要な群論の知識が分かりやすく丁寧に書かれています。


擬Jahn–Teller効果や振電相互作用に関する研究をされていた中島威先生による書。量子化学の入門書にも関わらず、静的Jahn–Teller効果や擬Jahn–Teller効果が扱われており、やや異色といえます。その中で、遷移密度を用いた擬Jahn–Teller効果の視覚的理解についても紹介されています。また、化学反応におけるBader–Pearson則やWoodward–Hoffmann則も併せて紹介されています。


非断熱相互作用などが紹介されていますが、crude adiabatic基底に基づくJahn–Teller効果や振電相互作用については述べられていません。一方で、「縮退のある振動では振動角運動量量子数がよい量子数として導入される」ことなど、類書にはあまりない詳しい記述が見られます。


中島威先生により、静的Jahn–Teller効果や擬Jahn–Teller効果が紹介されています。遷移密度を用いて、擬Jahn–Teller効果を視覚的に議論する方法についても記述されています。


中島威先生により、擬Jahn–Teller効果と関連づけられながら、化学反応におけるBader–Pearson則が紹介されています。


群論の入門的記述に加え、静的Jahn–Teller効果や擬Jahn–Teller効果に関する説明が見られます。化学反応におけるBader–Pearson則も紹介されています。


分子の量子力学に関する一般論から電子状態理論へと話を進めつつ、静的Jahn–Teller効果やRenner–Teller効果に関する簡潔な説明を行っています。


断熱近似から始めて、動的Jahn–Teller効果、幾何学的位相へきっちりと話を展開しており、内容は充実しています。群論を禁じ手にしているため、やや分かりにくい気もしますが、人によってはそこが長所だと思うかもしれません。


静的Jahn–Teller効果や擬Jahn–Teller効果、Renner–Teller効果などに関するごくごく簡単な説明があります。学ぶには内容が不足していますが、これらの概念に対する福井謙一先生の考えに触れることができるという意味で貴重です。


分光学の大家であるGerhard Herzbergによる書。"Molecular Spectra and Molecular Structure"への導入的位置づけにあたります。簡潔ながらも、分光スペクトルにおけるJahn–Teller効果について記述されています。


振電相互作用に由来して、遷移双極子モーメントは基準座標依存性を持ちますが、これにより禁制遷移が強度の弱い許容遷移になる場合があります。これをHerzberg–Teller効果と呼びますが、本書ではこのHerzberg–Teller効果の説明が充実しています。分野によってはしばしば、振電相互作用という言葉が、Herzberg–Teller効果の代名詞として用いられますので、注意が必要です。


この本では、Jahn–Teller効果についても振電相互作用についても触れられていないのですが、「縮退のない一般の基準振動とは異なり、縮退のある振動では振動角運動量量子数がよい量子数として導入される」ことが述べられています。こういった詳しい記述は他の物理化学の教科書ではあまり見られませんが、動的Jahn–Teller効果を学ぶ際には重要となります。


振電相互作用の例として、Herzberg–Teller効果を簡単に説明しています。またその他に、無輻射遷移の原因としての振電相互作用にも言及しています。ただし本書では、Born–Oppenheimer基底間の非断熱効果を念頭に置いていますので、その点には注意が必要です。


無機化学の教科書ながら、Jahn–Teller効果や擬Jahn–Teller効果にほぼ一章を割いており、やや異色といえます。無機化合物を例に挙げながら、基本事項を分かりやすく説明しています。


準備中。


短いながら、Jahn–Teller効果に関する基本事項が網羅されている素晴らしい解説。静的Jahn–Teller効果と動的Jahn–Teller効果を簡単に説明し、遷移金属錯体や金属酸化物の結晶を例に挙げながら、実験事実にも言及しています。


磁性の理論に貢献された金森順次郎先生による協力的Jahn-Teller効果の解説。あえてこれで学ぶ必要はありませんが、これを読むと当時の研究状況を窺い知ることができます。


静的Jahn–Teller効果とRenner–Teller効果の基本事項に関して、丁寧にきっちりと書かれた解説です。Renner–Teller効果に関する日本語の解説は、他ではあまり見られないので貴重です。


しばしば誤解されますが、Born–Oppenheimer近似は断熱近似とイコールではありません。この解説ではそのあたりがきちんと説明されています。Jahn–Teller効果や振電相互作用を論じる際には、通常、電子基底としてBorn–Oppenheimer基底ではなく、crude adiabatic基底を用います。