研究紹介

メンバーが行った最新の研究成果をトピックス的に解説していきます。

 ナフトールを用いた自己組織化オルガノゲル発光材料の創製と、希土類錯体包摂剤剤としての応用(高椋利幸・勝本之晶・西山 桂*)

"Structures of Naphthol–AOT Self-Assembly Organogels and Their Applications to Dispersing Media of Rare-Earth Complexes"

Shotaro Katsube, Takashi Harada, Tatsuya Umecky, Toshiyuki Takamuku, Toshihiko Kaji, Masahiro Hiramoto,

Yukiteru Katsumoto, and Katsura Nishiyama*Chem. Lett., in press.

この論文では、2-ナフトールと界面活性剤(AOT)とが有機溶媒中において自己組織化ゲルを作ることを速報しています。さらに、このオルガノゲルの中に Eu(ユウロピウム)錯体を分散させたところ、ゲル本体の発光とEu発光とのカラーチューニングにより、擬似白色光が得られることも示しています。当研究 の成果は、例えば発光ゲルの開発、カラーマーカー材料への展開に応用できると期待されています。

今回の成果は、島根大学・勝部翔太郎氏、原田 聖博士、佐賀大学・梅木辰也博士、分子研・嘉治寿彦博士、平本昌宏教授との共同研究によるものです。


HNC近似およびKH近似で求まる溶媒和自由エネルギーの精度:2成分Lennard-Jones液体の場合 (宮田竜彦)

"Accuracy of solvation free energy calculated by hypernetted chain and Kovalenko-Hirata approximations for two-component system of Lennard-Jones liquid" Tatsuhiko Miyata, Jyoti Thapa Chem. Phys. Lett., 604, 122-126 (2014)

RISMや3D-RISMといった積分方程式理論で計算される溶媒和自由エネルギーは実験値と比べて過大評価される傾向があります。この原因を探るため、単原子分子からなるLennard-Jones流体までさかのぼり、積分方程式理論のHNC近似およびKH近似で求まる溶媒和自由エネルギーと、MDで求まる溶媒和自由エネルギーの比較を行ないました。HNC近似は溶媒和自由エネルギーを過大評価します。そしてKH近似はさらに過大評価します。溶質-溶媒間の動径分布関数を調べたところ、first peakの立ち上がり位置がHNC近似ではMDに比べて左側(rの小さい側)にシフトしていました。KH近似ではこのシフトがさらに大きくなっていました。動径分布関数のfirst peakの立ち上がり部は溶質-溶媒間に働く斥力相互作用領域に対応するため、動径分布関数のfirst peakの立ち上がり部が左側へシフトすれば、その分だけ斥力の大きさを過大に見積もってしまうことになります。このように、HNC近似やKH近似で溶媒和自由エネルギーが過大評価される原因が、動径分布関数のfirst peakの立ち上がり部の左側へのシフトであることを突き止めました。

 希土類錯体をオルガノゲルに分散させた材料から、増幅された自然放出(ASE)を観察 〜 レーザー媒質への展開を目指す! (西山 桂)

"Generation of amplified spontaneous emission from rare-earth complexes dispersed in phenol + AOT self-assembled organogels"

Katsura Nishiyama,* Yasuhiro Watanabe, Takashi Harada, Kenji Kamada, Hideki Kawai*

J. Mol. Liq., in press (2014). 

DOI: 10.1016/j.molliq.2014.05.020

この論文では、Eu(ユウロピウム)錯体:Eu(hfa)3(phen)をオルガノゲル中に分散させた材料から、増幅された自然放出(amplified spontaneous emission)を観察しました。Eu材料にYAGレーザーを照射し、その発光時間プロファイル I(t) の励起パルスエネルギー依存性を精査しました。その結果、パルスエネルギーを大きくするにつれて、I(t) の早く減衰する成分が出現し、ASEに帰属されることが分かりました。この現象は、同じEu錯体を溶液中に分散させた材料では観察されず、オルガノゲルを分散媒体として使った場合のみに見られました。

将来的に、オルガノゲル材料がレーザー媒質として応用できるのではないかと期待されます。

この研究は、島根大学・渡部康弘氏、原田 聖博士、静岡大学・川井秀記准教授、産総研・鎌田賢司博士と共同して行われ、その成果がElsevier社・Journal of Molecualr Liquids 誌に掲載されたものです。

 青色に光る希土類材料 − イミダゾリウムを配位子に持つCe(セリウム)錯体の新規合成(西山 桂)

"Efficient 4f–5d Emission Processes of Ce3+ Complexes with Benzimidazole-based Tetradentate Ligands"

Takashi Harada, Ryo Hasegawa, Katsura Nishiyama*

Chem. Lett., 43, 1496–1498 (2014). 

この研究は3価のセリウム(Ce3+)錯体を合成し、その溶液中での青色蛍光のメカニズムを議論したものです。西山研究グループでは希土類錯体を用いてオ ルガノゲル中での発光カラーチューニングを実施していますが、従来は緑色〜橙色領域で発光する錯体を使用しており、青色領域に発光色を持つ錯体の開発が望まれていました。 今回はイミダゾリウム誘導体の4座配位子を使い、Ce3+の4f–5d遷移を用いた青色発光体を合成しました。当論文は、d軌道が関与した青色発光のメカニズムを詳しく議論したこと、カラーチューニング材料への展開など今後の進展が期待されます。 当研究は、島根大学・原田 聖 博士、及び長谷川涼氏との共同研究として行われ、その成果が日本化学会速報誌 Chem. Lett. に掲載されたものです。

 

Sm (サマリウム) 錯体の新規合成と発光メカニズム(西山 桂)

"Emission properties of Sm complexes substituted with asymmetric β-diketonato ligands in solution" 

Takashi Harada, Keisuke Tokuda, Katsura Nishiyama,*  J. Mol. Liq., in press (2014). 

DOI: 10.1016/j.molliq.2014.05.028

この研究では、配位子 pybox とβジケトナト配位子を持つSm(サマリウム)錯体を新規合成し、その配位子による発光挙動の変化を精査しています。また発光量子収量測定などの実験結果をもとに、Smの 4f−4f 遷移による発光メカニズムの詳細を議論しています。 本研究が進展すれば、例えば可視光域の加色法カラーチューニングに応用できる赤色発光体の分子設計に対して、大きく寄与するものと期待されます。 当研究は、島根大学・原田 聖 博士、及び徳田啓佑氏との共同研究として行われ、その成果がエルゼビア社が出版する科学雑誌 Journal of Molecular Liquids 誌から出版されました。

 FMO/3D-RISM法の変分的定式化と高効率連成手法の開発 (吉田紀生)

"Efficient implementation of the three-dimensional reference interaction site model method in the fragment molecular orbital method", Norio Yoshida*, J. Chem. Phys., 140, 214118 (2014) ( http://dx.doi.org/10.1063/1.4879795 )

生体分子の全電子状態計算を可能にするフラグメント分子軌道法(FMO法)と,生体分子の溶媒和理論である3D-RISM理論を組み合わせたFMO/3D-RISM法の変分的定式化とそこから導かれる自由エネルギーの解析的一次微分を提案するとともに,高効率連成手法も提案しました。FMO法はすでに広く使われており,特に創薬分野において薬剤分子とタンパク質の相互作用の高精度予測に用いられています。こういった薬剤分子(リガンド)とタンパク質の選択的な結合は「分子認識」とよばれています。 分子認識においてはタンパク質ーリガンドの直接的な相互作用はもとより,溶媒が果たす役割も大変重要です。と,いうのも分子認識の過程で脱水和・脱溶媒和という現象が起こるからです。リガンドはタンパク質に認識される前は溶液(水)中に存在しており,水分子と相互作用しています。そのリガンドがタンパク質に結合するためにはそれまで纏っていた溶媒分子を脱ぐ必要があります。これが脱水和・脱溶媒和です。リガンドが脱水和してタンパク質に結合すると,リガンド—水の直接的な相互作用だけでなく,系全体のエントロピーも変化します。すなわち,自由エネルギーを基準として分子認識を取り扱う必要があります。 3D-RISM理論はタンパク質・リガンド・水(溶媒)の相互作用を自由エネルギーという観点から扱うことのできる理論です。 今回提案したFMO/3D-RISM理論では,リガンド—タンパク質間の相互作用を量子化学的に高精度に見積もると同時に,溶媒の自由エネルギー変化を扱うことができます。このような特徴を活かして今後応用を行っていく予定です。


Volumetric 3D-FFTを用いた超高並列3D-RISMプログラムの開発 (吉田紀生)

"Massively Parallel Implementation of 3D-RISM Calculation with Volumetric 3D-FFT", Yutaka Maruyama, Norio Yoshida*, Hiroto Tadano, Daisuke Takahashi, Mitsuhisa Sato, Fumio Hirata, J. Comput. Chem., 2014, 35, 1347-1355. (DOI: 10.1002/jcc.23619)

近年のスーパーコンピュータの発展に伴い,これまでは到底不可能であった系の分子科学計算が可能になってきています。このような背景の下,3D-RISMプログラムの超高並列化に対応した新手法の開発と京コンピュータ上での高度実装を行いました。 3D-RISM法では畳み込み積分を行うための3次元フーリエ変換が律速となります。3次元フーリエ変換の並列化は通常は1軸に対してのみ行うので,1軸上のグリッド数に最高並列数が限られるという欠点がありました。そこで,本プログラム用に新たに開発されたVolumetric 3D-FFTを実装することでこの欠点を克服,同時に全体全通信を削減することにも成功し16,384ノード(131,072コア)での並列化を可能にしました。 本論文はJ. Comput. Chem. 誌の表紙に採用されました。

Diels-Alder反応における塩効果の理論的研究(吉田紀生)

"Theoretical Study of Salt Effects on Diels-Alder Reaction of Cyclopentadiene With Methyl Vinyl Ketone Using RISM-SCF Theory", Norio Yoshida*, Hidetsugu Tanaka, Fumio Hirata*,  J. Phys. Chem. B, 2013, 117, 14115-14121. (DOI: 10.1021/jp4091552)

Diels-Alder反応は炭素結合を生成する基本的な反応の一つです。この反応は塩の添加により反応が促進されることが知られています。本研究では,CyclopentadieneとMethyl Vinyl KetoneのDiels-Alder反応を例に,RISM-SCF法を用いて塩添加による反応促進の分子論を明らかにしました。 この研究は三井化学(株)・田中英次博士,立命館大学・平田文男教授との共同研究として,アメリカ化学会誌から出版されました。

拡張MOZ理論の開発(吉田紀生)

"Extended Molecular Ornstein-Zernike Integral Equation for Fully Anisotropic Solute Molecules: Formulation in a Rectangular Coordinate System", Ryosuke Ishizuka*, Norio Yoshida, J. Chem. Phys., 2013, 139, 084119 (10pages).

分子の配向を露わに取り入れた液体の積分方程式理論(MOZ理論)に3D-RISMの要素を取り入れ,従来は難しかった複雑な形状の分子に適用出来る拡張MOZ理論を開発しました。 従来のMOZ理論では2体相関関数を球面調和関数によって展開していました。そのため,複雑な形状の分子に対しては展開をかなり高次まで取ったとしても、数値的に精度を上げることが難しいという欠点がありました。本手法では,溶媒分子の配向は球面調和関数で展開し,溶質—溶媒間のベクトルは3次元直行格子で扱うという,3D-RISMと同様の拡張を行いました。 この研究は京都大学・石塚良介博士との共同研究として,アメリカ物理学会誌から出版されました。

吸収-蛍光ストークスシフトの溶媒効果:分光実験とRISM-SCF理論とを併用した解析(西山 桂・吉田紀生)

"Solvent dependence of Stokes shift for organic solute–solvent systems: A comparative study by spectroscopy and reference interaction-site model–self-consistent-field theory", K. Nishiyama,* Y. Watanabe, N. Yoshida,* F. Hirata, J. Chem. Phys., 2013, 139, 094503, 11ページ + supplementary material. 

有機分子の有機溶媒中における吸収-蛍光スペクトルのストークスシフトは、溶媒の極性に大きく依存します。今回はクマリン153の13種類の溶媒中におけるストークスシフトを、分光実験によって決定するとともに、RISMーSCF理論を用いてその内容を厳密に調べました。蛍光のストークスシフトは、実験家の間で、又賀ーLippert式に基づき溶質の双極子モーメントを求める研究にも使用されています。

従来、1,4-ジオキサンや芳香族溶媒中では、溶媒の比誘電率から推定されるストークスシフトよりも実験値が非常に(〜30%)大きくなることが指摘されています。本研究では、この現象を溶質-溶媒間の動径分布関数と対応付けて説明し、溶質のごく近傍(〜0.4 nm)の溶媒分子の寄与だけではなく、相当離れた(〜2 nm)溶媒との相互作用も重要であることをはじめて明らかにしました。

本研究は、溶質-溶媒相互作用の本質に関して、実験で観測されるストークスシフトをRISMーSCF理論で詳細に説明したという観点からも非常に重要なものです。一方、合成化学・材料化学分野への波及効果という意味では、例えば材料の凝縮系における発光波長を理論予測するときに応用できると考えられます。

以上の成果は、当グループの西山と吉田らの共同研究としてアメリカ物理学会・The Journal of Chemical Physics 誌に掲載されました。