リンゴはなぜ落ちるのか?
-重力とは何か-
2016.11.1 小栗正裕 記
1.序
本年2月米国のLIGOがアインシュタインの一般相対性理論の発表から100年を経た昨年9月に重力波の直接検出に成功したとの目立たないニュースがありました。アインシュタインは一般相対性理論で重力を時空の曲がりとして記述し、その際に、この理論に特有の予言をしました。それが重力波です。重い物体が高速で動き回ると、その周りの空間がゆがんで、そのゆがみが真空中を伝わると予言しました。アインシュタイン自身は、重力波によって予想される空間の伸び縮みがあまりにも小さいことから、重力波の予言は純粋に理論的なもので、実際に観測するのは不可能ではないかと考えたと伝えられています。しかし、それから100年経ち、科学技術が驚異的な進歩を遂げ、今や重力波が実際に観測にかかると真剣に期待されており、世界各地で重力波の世界初観測に向けた競争が繰り広げられています。日本では昨年ノーベル物理学賞を受賞した梶田博士を中心とするKAGRAプロジェクトが来年から観測を始める予定です。
さて、高校の物理では重力に関し ①ガリレオの落下に関する実験、②ケプラーの惑星の運動の観測、③ニュートンの万有引力の法則と運動方程式について学びました。
では、歴史上重力について人はどのように考えてきたのでしょうか?古代からの自然哲学=物理学の疑問は
何故 リンゴは木から落ちるのか? ・・・・重力
何故 磁石や磁化した鉄は引力や斥力が働くのか? ・・・・磁気
何故 琥珀は摩擦すると物を引き寄せるようになるのか? ・・・・電気
何故 温かい物と冷たい物があるのか? ・・・・熱
であり、紀元前300年代の古代ギリシャのアリストテレス(紀元前384-322)はその著書「自然学」で以下のように記述しました。
「地上の物体は 火(軽さ)、空気(乾き)、水(湿り)、土(重さ)の4大元素から出来ている。土元素を多く含んでいる物がより大きな「重さ」を内在し、速く落ちる。一方、世界の中心は地球で、その外側に太陽、惑星等が同心円状の階層構造で構成され、天体は第5元素のエーテルで構成され、永遠の円運動をしている。」
物には、それに内在する「目的」があって、それに応じた振舞い(運動)をする。地上の物は宇宙の中心(つまり地球の中心)に向かって動こうという「目的」を持っている。また天上の物、つまり天体は、宇宙(地球)の中心の周りを回転しようとする「目的」を持っているとするアリストテレスの「目的論」はキリスト教世界観とも合致し、ヨーロッパでは中世を通じて変わることはありませんでした。「目的論」という仮定から論述する非科学性に対し疑問を投げかけるのは、ルネサンス期まで待たなければなりませんでした。
2. 17世紀のヨーロッパ大陸
2.1 ガリレオ・ガリレイ(1564~1642)
土元素を多く含んでいる物がより大きな「重さ」を内在し、速く落ちるとする中世の考え方に実験を通して疑問を投げかけたのが、ガリレオです。斜面で玉を転がす実験を多数行い、水平面では等速になることから、「加速・減速の外的要因が取り去られている限り、いったん運動体に与えられたどんな速度も不変に保たれる」事を確信し、「落下速度は時間に比例し、物体の重さに依存しない」という仮説にたどり着きました。その著書「運動について」(1590)では「落下を重量物体の自然運動とし、地上の物体は外力が働かなければ等速直線運動を続ける」としました。いわゆる「慣性の法則」であり、地動説に対する当時の疑問「地球の動きを人間は何故実感しないのか?」に対し、地球上に乗っかっている人間は地球と一緒に動き続けている為地球の動きを感じることはないと説明出来ました。
イタリアの地方都市ピサの大学教授であったガリレオには、ピサの斜塔から同じ形の鉛の玉と樫の木の玉を落とす実験をし、それらが同時に地面に着くことを示したとする逸話は有名です。
しかし、地上の物体の運動について新しい考え方を示し、1632年の「天文対話」では潮の干満は地球の自転と公転の重ね合わせの効果として地動説を主張したガリレオでしたが、天体の運動については古代ギリシャ以来の天体は天体で別の性質、円運動をする性質を持っているとしました。
2.2 ヨハネス・ケプラー(1571~1630)
デンマークの天文学者チコ・ブラーエが残した惑星の運動に関する詳細な精密観測結果を弟子のドイツ人数学者ケプラーが分析し、その結果、ケプラーは惑星に関する三つの法則を発見して、「新天文学」(1609)を発表しました。
ケプラーの時代には、惑星の運動に見られる留や逆行という不規則性が実は地球の運動による見せかけであり、地球が他の惑星同様に静止太陽の周りを回転しているとすればそれらの現象は無理なく説明されるとするコペルニクス地動説以来、惑星は太陽の周囲を円を描いて回っているとする地動説が急速に広まっていました。ケプラーはこの地動説を受け入れつつ、惑星の軌道はきれいな円ではなく、太陽を一つの焦点とする楕円軌道であることに気づきました。これがケプラーの第1法則です。ガリレイの運動法則(慣性の法則)からすると、惑星には太陽の方向に働く引力(遠隔力)がなければなりませんが、地球は自転する磁石であるとした「磁石論」(1600)の著者イギリス人医師ウイリアム・ギルバート(1544~1603)の影響を受けたケプラーは、太陽もまた自転する巨大な磁石でありその磁力によって惑星をそれぞれの軌道にそって駆動しているとする動力学的太陽系像を主張しましたが、理論が不十分で、これについてはニュートンまで待たなくてはなりません。
さらにケプラーは太陽と惑星を結ぶ直線が一定時間の間に横切る面積は一定であることを発見しました。これをケプラーの第2法則あるいは面積速度一定の法則といいます。これは、惑星の速度は太陽に近い時に速く、遠ざかると遅くなることを意味します。
最後の第3法則は、太陽のまわりを一周する時間(周期)の2乗は、その惑星の太陽からの平均距離の3乗に比例するというものです。たとえば木星の公転周期は地球の公転周期の12倍(約12年)で、太陽からの平均距離は5.2倍離れています。5.2の3乗は12の2乗にほぼ等しい値です。
2.3 デカルト(1596~1650)
アリストテレス以来、重力の原因を説明しようとしたのはデカルトです。「哲学原理」(1644)で、宇宙空間には微細な物質ないしエーテルが充満し、それがそれぞれの天体のまわりで大きな渦動を形成している。太陽のまわりの巨大な渦動が惑星を動かし、地球のまわりの渦動が月を動かす。物質は無性質で不活性で受動的な存在であるとする機械論的物質観から運動量保存則の力学を萌芽させ、「重さ」は物体それ自体には無く、他の物体との位置と運動に依存するとして、渦動仮説から説明しました。
17世紀のヨーロッパ大陸ではこの機械論が新しい科学としてもてはやされました。感性的性質を基本とし、それ以外を「隠れた性質」といって済ますアリストテレス自然学、そして自然界の作用を「隠れた力」や「共感と反感」という言葉で受け入れてきた魔術思想に変わって、それらの性質や作用を物質的物体の運動と形状から説明されるべきものとみなす還元主義の立場を基本としていました。
3. 17世紀の英国
3.1 ロバート・フック(1635~1703)
1661年に発足した王立協会の実験主任となった、ばねに関するフックの法則で後世に知られるフックは機械論者でしたが、遠隔力としての重力を磁力から発想したケプラーの影響を受けつぎ、王立協会での論文(1666、1674)で「惑星の運動は慣性による軌道接線方向への直線運動に中心物体への加速(屈曲)が重ね合わされたものと見ることが出来、太陽系の全ての天体の運動が距離を隔てて働く相互的な引力(中心力)に支配され、その力は距離とともに減少する」として、世界の体系の構想を提唱しました。また、ニュートンへの手紙(1680)で「私の仮定は、引力は常に中心からの距離の二乗に反比例している」として、ニュートンの万有引力理論に少なからず影響を与えています。万有引力発見の歴史において、フックは逆二乗法則発見の先取権をめぐってニュートンと熾烈な論争を展開したことで知られていますが、1677年王立協会の幹事職に着いており、ニュートンは1703年に王立協会会長に選出されています。この時代の王立協会の自然哲学発展への寄与には大きいものがあります。
3.2 アイザック・ニュートン(1642~1727)
1679年11月フックからの惑星の運動に関する自説に対する意見を求める手紙を受け取ったニュートンは、13年ほど前に試みた計算をやり直し、ケプラーの第2、第3の法則から重力の逆二乗則を数学的に厳密に導き出すことに成功して、その結果を「プリンピキア(自然哲学の諸原理)」(1687)として刊行しました。距離の二乗に反比例し、双方の質量に比例する「万有引力」がまさに「万有」として全ての物体間に働くことを示し、「世界の体系」の秩序を解き明かしてみせました。
「プリンピキア」では運動の法則を第1法則(慣性法則)と第2法則(力による加速)に分けて記述されており、これに使用した数学は微積分学ではなく複雑な幾何学で記述されています。中心方向への加速運動を説明する第2法則はその後、古典力学の運動法則として速度の時間微分値の加速度が力に比例するという数式で表現されます。この数学的関数で表される重力の導入が、17世紀のヨーロッパ大陸でもてはやされた機械論の制約を打ち破って、数理科学としての近代物理学の出発点となりました。
しかし、アリストテレスやデカルトが重力の原因を説明しようとしたのに対し、ニュートンは現象から数学的法則が導かれ、それが他の諸現象を説明出来れば、その本質や伝達メカニズムを追及する必要は無しとしました。「プリンピキア」はラテン語で書かれ、出版と同時に英国内だけでなく大陸でも大きな評判を呼びましたが、遠隔力を認めることは魔術を認めることに等しいと見られた時代にあって、機械論者からの厳しい批判にさらされることになりました。英国の自然哲学者にはニュートンの説を支持する者が多くいましたが、その後数十年以上の長い議論を経て徐々に大陸でも支持者が増え、物理学において自然界に存在する基本的な力だと見なされるようになりました。
かくして、重力の正体についてはアインシュタインの出現以降に持ち越されることになりました。
4. 近・現代
4.1 ニュートン理論の破綻
ニュートンの運動法則は惑星の運動を楕円軌道の接線方向の直線運動を慣性の法則で、太陽との引力(重力)を力による加速の運動方程式で示しました。またこれは地上の物体の落下も同じであることを「万有引力」という表現で示しました。即ち、地上の物体は地球の自転に沿って接線方向の直線運動をしており、手から離れたリンゴは重力による加速運動をする為、リンゴは真下に落ちます。さらに、慣性の法則から等速度で走っている電車の中でリンゴを手から離しても、電車の中にいる人には真下に落ちるように見えます。
因みに、重力による加速度はガリレオによって地上では毎秒約10m(正確には9.81m)であることが発見され、重力の強さは地球の中心からの距離の2乗に反比例して小さくなるから、ある値以上の速度でボールを上へ投げ出すと地球の重力を振り切って宇宙空間に飛び出すことになります。この速度を脱出速度と言い、毎秒11km(時速約4万km)です。
さて、ある惑星に働く引力は太陽だけでなく、他の惑星などの別の天体からの影響も受けます。18世紀に発見された土星の外側の天王星の動きが19世紀に詳しく調べられた結果、ニュートン理論の予測と僅かにずれていることが発見されました。この違いの解法は、ニュートン理論に間違いがあるか、ニュートン理論を使ってまだ見つかっていない天体の存在を予言することです。天王星の場合は予言に沿って海王星が発見され、ニュートン理論の正しさが改めて確かめられました。
しかし、海王星を発見したフランスの天文学者ルベリエは1854年水星の軌道を観測した結果、ニュートン理論に基づく楕円軌道の計算結果と7%のずれがあることを発見しました。この為、未知の惑星「仮称バルカン」を探しましたが見つかりませんでした。これによってニュートン理論の綻びが浮かんできました。
4.2 アルベルト・アインシュタイン(1879~1955)
1864年に「電磁気の理論」を発表したイギリスの物理学者マクスウェル(1831~1879)が光は「電磁波」であるとしました。マックスウェルは電場が変化すると磁場が現れ、磁場が変化すると電場が現れること、そして電場の振動と磁場の振動が交互に発生して波のように伝わることを発見しました。そしてこの電磁波の伝わる速さを計算して、光の速さ(秒速約30万km)と一致することを確かめました。
これに先立つ17世紀後半、ニュートンを筆頭に光は粒の集まりか波かの論争が行われましたが、19世紀初頭ヤングの2スリット実験で光が干渉を起こすことから波であることが優勢となりました。波であるならば媒質が必要であり、光は宇宙空間を伝わってくる為、光の媒質は古代ギリシャのアリストテレスが考えた「エーテル」に求められました。空気を媒質とする音は媒質の振動が波の進行方向と平行な縦波であるのに、スリット実験の結果から光は媒質の振動が波の進行方向と直行する横波とされました。しかし、横波が伝わるのは固体だけであり、宇宙に満ちた「エーテル」が固体であるとは考えにくいです。また、宇宙に満ちた「エーテル」の中を進む地球には前方から「エーテルの風」が吹いて、光の速度は「エーテルの風」の速さ分加速または減速されることになります。この疑問に対し、1888年アメリカの物理学者マイケルソンとモレーが干渉計という実験装置を使って「エーテルの風」に平行な光と直角な光について速度の違いを確かめましたが、どの方向に対しても光の速度は同じでした。
「エーテル」をめぐる問題は20世紀初頭にかけての物理学最大の問題となりましたが、これに回答を出したのがアインシュタインです。
アインシュタインは光の速度は進行方向や測定者の運動状態、光源の運動状態によらず一定の値をとり(光速度一定の原理)、そして「エーテル」などという媒質は存在しないことを提案しました。光の進む方向に同じ速度で走っても、電場と磁場の振動の方向はそれと垂直なので、電場と磁場の振動は止まっては見えないだろう。電場と磁場が振動する限り電場と磁場の振動は伝わり、光は進むはずです。この為、光の速度で走りながら光を見ても、やはり光は進んでいるように見えると考えたからです。等速で走っている電車に乗っている人が、隣のレールを同じ速度で走っている電車を見た場合、その電車は止まっているように見えるガリレイが考えた慣性系(等速直線運動(止まっている場合を含む)をしている観測者の系)の常識とは異なることになります。ガリレオの相対性原理は物体の運動に関して慣性系は同等であるというものでしたが、アインシュタインはさらに進んで光などの電磁気現象を含めたどんな物理現象に関しても慣性系は同等であると考えました。こうしてアインシュタインは1905年光速度に近い場合の力学として「特殊相対性理論」を発表しました。新しいアインシュタインの運動方程式では、物体の速度が光の速度に比して十分小さい場合、近似式としてニュートンの運動方程式と同じとなります。惑星の公転速度は秒速100km程で光速度の約3000分の1程度の為、近似式としてのニュートンの方程式が成り立つのです。
光速度一定の原理は、観測者の運動状態によって時間と空間の測り方が変化すること示しています。ニュートンが考えた、何ものにも関係なく変化しない絶対時間や絶対空間が存在しないことになります。これに対してはスイスの数学者ミコシンスキーが1次元の時間と3次元の空間を別々に考えることをやめて、4次元時空を考え、光速度を絶対的なものとして時間と空間の尺度は互いに関係しあって変化することを示しました。光即ち電磁波は有限の速度(秒速約30万km)でしか伝わりませんが、ニュートンの重力理論では遠隔力である重力は波として伝わらず無限の速さで伝わるとされました。したがって重力を信号に使えば時刻合わせが出来ます。ニュートンの重力理論が正しいとすると絶対時間が存在することになり、絶対時間を否定した「特殊相対性理論」と矛盾することになります。
アインシュタインはこの矛盾を解決すべく、加速度運動を含めた相対性理論の構築に取り掛かかりました。10年の歳月を費やして重力場を時空の幾何学として取り扱う方法を模索し、新しい重力理論「一般相対性理論」を1916年に発表しました。
一般相対性理論のアインシュタインの方程式(重力場の方程式)では、万有引力はもはやニュートン力学的な力ではなく、重力場という時空の曲がりであると説明され、重力の作用は瞬時ではなく光速度で伝えられるとされました。物質の分布の具合が、時空の曲がり具合をどのように決めるのかを数式で表したものが、重力場の方程式です。物質がどの方向にも同じ割合で見えたら、物質から受ける重力が釣合うので、観測者は宇宙全体に対して止まっていることになりますが、ある方向に物質が多く見える時には、観測者はその方向に重力に引かれて加速度運動をしています。物質の分布と重力による運動には密接な関係があります。ゴムの膜の上に物体を乗せると、物体の形と重さによってゴム膜がへこみます。同様に、天体の形や質量によって時空がどう曲がるのかが、重力場の方程式によって分かります。
時空の曲がりが小さい時には、重力場の方程式はニュートンの重力理論とほぼ一致します。時空の曲がりは数学的には曲率という概念で表されます。たとえば2次元の球面の場合は、球の半径の2乗分の1が曲率になります。球の半径が大きくなると曲率は小さくなってゼロに近づき、その球面の曲がり具合は小さくなって平らに近づくことになります。太陽の周囲の時空の曲がりは、太陽の表面付近で100万分の1程度です。この時空の曲がりは、太陽から遠ざかるほど小さくなっていきます。太陽から1億5千万km離れた地球の周囲では、太陽による時空の曲がりはあまりに小さいので、ニュートンの重力理論が十分に成り立つのです。一方、太陽に近い水星の周囲では、時空の曲がりが無視できないほどの影響力を持つので、ルベリエが発見したニュートン理論とのずれが生じ、アインシュタインの理論で再計算をすると合致しました。
電磁気力の場合、電荷が加速度運動をすると、電場と磁場の振動が交互に現れて電磁波が発生します。同様に、「一般相対性理論」によると、質量が加速度運動をすると重力の電場成分(=重力場)と磁場成分(=空間の引きずり)が交互に振動して波として伝わります。これが重力波です。重力波の伝わる速度は光と同じです。
重力場の方程式は、ニュートンの万有引力の法則を強い重力場に対して拡張したものとも言え、中性子星やブラックホールなどの高密度・大質量天体や宇宙全体の幾何学を扱うことが出来ます。また、ニュートンの万有引力の法則では、質量を持った物体間の力であるとされますので、質量を持たない物質に万有引力は存在しませんが、一般相対性理論では重力が時空の曲がりであるとする為、光の軌道もまた重力によって曲がることを意味し、1919年イギリスの天文学者アーサー・エディントン(1882~1944)によって、日食時の恒星の観測から光の曲がりが実証されました。
4.3 量子論及び素粒子物理学と重力
惑星の運動や地上での日常レベルでの物体の振る舞いをニュートン以来の相対性理論を含む力学(これを現代では「古典力学」と呼びます)が成功してきたのは疑いもありません。しかしミクロの世界では事情が異なっていました。物質は原子(分割不可能という意味のatomという仮想上の粒子)で出来ていることが20世紀の初頭に確実になって、古典力学では説明出来ない原子についての2つの疑問が生じてきました。
1つは、原子の中の電子が持ちうるエネルギーは、ある決まった飛び飛びの値でしかなく、不連続になることです。2つ目は、太陽の周りを回っている地球は太陽に向かって落下する兆候は無く、即ちエネルギーを失っていないからですが、原子の中の電子は、19世紀までの電磁気理論で計算する限り、光(=電磁波)を放出してエネルギーをどんどん失っていますが、電子は原子核に落下せず、「最低エネルギー状態」まで達すると、それ以上はエネルギーを失わず、原子はつぶれないことです。
これに対して、1900年のマックス・プランクによる熱放射エネルギーが飛び飛びであるとする「量子仮説」、1905年のアインシュタインによる光電効果(金属に光を当てると電子が放出される現象)に対する「光量子仮説」、1924年のド・ブロイによる電子などの粒子に関する「物質波動仮説」などによって、光や電子は粒子でもあり波動でもあるとする量子論が誕生し、さらに1925年のハイゼンベルク(1901~1978)とシュレディンガー(1887~1961)の論文によってミクロの世界を記述する新しい理論「量子力学」が築かれました。
量子論は電子などの粒子があったとき、それをどのように扱うかという理論で、電磁気理論に適用することによって、今日の半導体科学などが大いに進歩しました。しかし重力についてはミクロの世界の粒子間の重力が非常に小さく、量子論とかみ合う理論は現在まで構築されていません。
一方、この世界はどのような粒子があり、どのような力を及ぼしあっているのかという研究から素粒子物理学が生まれました。素粒子物理学では、自然界に存在する4つの基本的な相互作用の一つとして、素粒子間に働く重力相互作用があり、重力子(グラヴィトン)という素粒子により媒介するとみなされていますが、素粒子としての重力子は現在のところ未発見です。
しかし、正しい重力理論は原子と素粒子の振る舞いの理論である量子論を包含しなければなりません。今日、物理学者の間では、量子論と重力理論を統合した「量子重力理論」の構築が大きな目標となっていますが、「超ひも理論」と「ループ量子重力理論」の2つが有力候補となっています。
5. 重力理論の余談
アインシュタインの重力理論では「質量は空間を曲げる。他の質量はこの曲がった空間を運動する」とされ、質量が重力を発生するのではありません。ニュートンが重力とよんだものは、曲がった空間での力のかかっていない運動なのです。枠の上にゴムシートを引き伸ばして、ゴムシートの真ん中に重いボールベアリングを置くと、ボールの質量がへこみを作ります。重いボールベアリングの質量はゴムシートの「空間」を曲げるのです。小さなビー玉を曲がったゴムシートに落とすと、ビー玉はまるで大きなボールに引き寄せっれているかのように中央へ向かって転がり始めます。しかし、ボールベアリングとビー玉の間に直接の引力は存在しません。ボールベアリングはゴムシートを曲げ、ビー玉はゴムの曲がり(と地球の重力)に反応しているのです。ビー玉をゴムシートのへこみにうまく投げ入れれば、ビー玉は中央の重いボールベアリングを巡る「軌道」に入ります。
水星は太陽に近いため、太陽の引き起こす空間の曲がりは水星の運動に二つの影響を与えます。まず、太陽の生み出す曲がった空間は、その空間の影響下にある他の惑星同様に、水星に太陽を周回させます。しかしそれだけではなく、水星が周回している太陽近傍の空間は曲がりが大きいために、空間の一部が失われているのです。
地球の軌道付近で太陽を囲むように描かれた円には360度まるまる角度が存在します。しかし水星の軌道付近で太陽を囲んで描かれた円の角度は360度に足りません。ざっと0.1秒失われているのです。この為水星が太陽を一周するたびに、それだけ足りないことになります。数世紀には水星の失われた角度は著しい歳差運動となるのです。アインシュタインの重力理論によるこの極めて小さい量の失われた空間の予測と確認は、この理論によるその他のもっと劇的な予測に繋がっています。ビック・バン、ブラック・ホール、重力波、スペース・ワープ、タイム・マシン、そして重力の制御といったものがあります。前半の三つの予測は観測によって実証されたようです。後の三つは未だに未来の魔法ですが、それがどのように未来の現実となるかを心に描けるようになり始めています。
アインシュタインの重力理論がニュートンの重力理論から大きく進歩した点の一つは、ある場所から他の場所への重力伝播にかかる時間の問題を正しく取り扱えるようになったことです。同様にアインシュタインの重力理論では、重力が無線波とまったく同じように波として伝わることが可能になっています。こうした重力波は無線波が無線タワーの中を上下する電流の高速振動によって発生させられるのとまったく同様に、高速に振動する質量によって発生させられます。かなりの量の重力放射を生み出す為には、極めて大きな、極めて密度の高い質量を非常に高速で振動させなければなりません。探知可能な量の重力放射を放射するだけの十分な大きさと十分な密度があり、十分に高速で運動できるのは、回転している中性子星の二重星系と超新星の爆発だけです。こうした源から放射される恒星間重力放射を探すための探知器が既に開発され、重力波検出の競争が行われていますが、現在の探知器で検出できる強さの重力波を放射できる重力放射発生装置に関しては、まだアイデアの段階にも至っていません。まだ重力通信システムがないので、重力波の直接測定はされていませんが、アインシュタインの重力理論の方程式から光と同一速度で伝播することが予測されています。
6. 結び
アインシュタインが一般相対性理論を発表して1世紀、重力波を直接検出しようとする国際的な共同プロジェクトが進行していますが、重力はアリストテレス以来2300年経ても、まだ古くて新しい研究対象です。今後は宇宙の解明にも繋がる、重力波の研究に期待したいです。
(参考文献)
1)山本義隆著「磁力と重力の発見1~3」 2003 みすず書房
2)竹内 薫著「宇宙のシナリオとアインシュタイン方程式」 2003 工学社
3)和田純夫著「現代物理の世界がわかる」 2002 ベレ出版
4)和田純夫著「一般教養としての物理学入門」 2001 岩波書店
5)二間瀬敏史著「重力と一般相対性理論」 2000 ナツメ社
6)ジェームズ・B・ハートル著 牧野伸義訳「重力」2008 ピアソンエデュケーション
7)R.F.フォワード著 九志本克己訳
「SFはどこまで実現するか」 1989 講談社ブルーバックス
8)アインシュタイン、シュレディンガー他著 谷川安孝他訳
「相対性理論と量子力学の誕生」 1972 講談社