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まぶさび花

 
  《まぶさび花ムベ》百人一滝展、2004
 
 
まぶさび
  [朝日新聞(大阪本社)2000年1月28日付夕刊]

 昨年の暮れ近く、こいつはまいった、と感じ入ることがあった。京都文化博物館の「茶の湯―にほんの心」展でのこと。この渋くゆかしい世界に対抗しようとすれば、茶道具にビニールでももち込むしかないな、と思いつつ、最後のコーナー「近現代の好みもの」に足を運ぶと、なんとそこにビニール茶杓が出品されているではないか。驚くとともに、多少うれしくもあった。二年ほど前から、ぼくが唱えるようになった「まぶさび」の理念に通じるものを、そこに見て取ったからだ。
 「まぶさび」とは、「まぶしさ」と「さびしさ」とをかけ合わせた造語である。最初、この言葉が浮かんだのは、十年ほど前のことだったろうか。自分なりに理想とすべき美的な境地は何だろうか、と考えていたときに、ふと浮かんだのが、その言葉だった。おりしも十五世紀の連歌師、心敬の「ひえさび」という言葉が気になりはじめた頃だったから、その影響もあったのだろう。「氷ばかり艶なるはなし」と言ってのけた心敬の「ひえさび」の美学に対して、「まぶさび」の美学といったものがあってもよいのではないか。そんなことを、漠然と考えたのである。
 事実、ぼくたちを取り巻く環境は、いよいよ明るくまばゆいものとなりつつあるし、透明感あふれる素材も、あれこれと目につくようになってきた。思えば二十世紀という時代は、ガラスのような古くからある素材だけでなく、ビニールやプラスチックなどの新素材を、建築から日用品にいたるまで、実に魅力的に活用してきたのである。まばゆさと不可分な「透きとおり」の美学は、アップル社のコンピューター、iMacとiBookの人気を見てもわかるとおり、すでに時代の感性そのものといえるほどだ。しかし、「まぶしさ」や「透きとおり」というだけでは、なにか足りない。時代の感性が、そのまま、理想とすべき境地というわけにはいかないからだ。
 心敬の「ひえさび」の美学には、無常がそのまま実相であるという仏教的な立場があった。おまけに、天台宗の高僧でもあった心敬が、「寂」すなわち「仏身」という意味合いを知らなかったはずもない。心敬は、無常ゆえに哀れを誘うこの世のあれこれを、仏身の意味も含めた「さび」の心で受けとめ、肯定して見せたのである。ぼくもまた自分なりの仕方で、「透きとおり」の美学に体現される時代の感性を肯定し、「さび」の心で受けとめてみることはできまいか。これといった茶室や邸宅を構えたわけでもないのに「まぶさび庵主」を名のり、「まぶさび」を唱えるにいたったのは、そのような思いからだ。
 ついでにいうならば、まぶしさがさびしさにふりそそぐ、というかたちで一種の滝を経験できたことも大きかった。熊野で那智の滝に感動して以来の、ぼくの滝好きが高じた結果といえばそれまでだが、いずれにせよ、「まぶさび」は「まぶさびの滝」の経験によって、具体的に力強く直観できるものとなったのは、間違いない。
 ビニール茶杓に触発され、新年は「まぶさび花」を始めようと思い立った。毎月、誰かひとりの命日に、花を仕立て、ホームページ「まぶさび庵」に公開するのである。たとえ植物を使うことはあっても、生の花は使わないから、生け花ではない。まぶさびの滝のしぶきが、各人の心に花を芽ばえさせるように、花はあくまで心に生けるのである。
 新年早々の一月四日は、ぼくにとって大切な哲学者、ベルクソンの命日。ベルクソンには、「バラの匂いそのものの中に、幼少期の思い出を嗅ぎとる」という、まことに印象的な言葉がある。そういえば、バラの花びら状の石鹸が、何年か前にいただいたままだ。そこには、バラの香りのエッセンスが込められてある。ということで、急きょ、ガラスの花瓶に、その花びらを配して、和室に飾ることにした。確かに、少しばかり安っぽく、いかにもまがいものめいてはいる。しかし、りっぱで豪華すぎても、「さび」からは遠ざかるだろう。そういえば、今年は、あの作りものくささを愛した作家、稲垣足穂の生誕百年に当たる。ほかでもない、当のベルクソンの言葉にこだわり続けたのも、足穂だ。足穂の命日の一〇月二五日には、ブリキの月か、セルロイドの星でもしつらえようか。バラの匂い芬々たる和室の中で、そんなことまで考えた正月ではあった。
   篠原資明(しのはら・もとあき)

 まぶさび花ことはじめ
    2000年1月~12月
 バラの香に、おもいでの、しぶきたつ      (ベルクソン香り継ぐ滝) 
 アマテラス、横文字の、闇にさす         (黒鳥に朝日射す滝)
 筆立ちて、言の葉に、墨の花           (弘法の筆滝)
 落ちまどう、ひえさびの、かたいずこ       (艶なる氷たずねゆく滝)
 水晶の、蛇おちて、蝶の舞う            (ゴンゴリスモの滝)
 かなたより、胸底に、ブルー沁む         (IKBの滝)
 いつのまに、テスト氏の、滝壺に         (世界システムの滝)
 ながながし、世をこえて、霜しぶく         (余情妖艶の滝)
 書物へと、偶然の、しぶきたつ           (サイコロ何度でもふる滝)
 足穂訪うて、星たちの、ふうわりと        (天界のセルロイド滝)
 平安の、むらさきへ、たましぶき          (紫式部の滝)
 あの世へと、めぶきいで、おはようさん      (白梅に明くる夜の滝)
 
 ベルクソン香り継ぐ滝       黒鳥に朝日射す滝       弘法の筆立つ滝     艶なる氷たずねゆく滝
   2000年1月4日         2000年2月23日        2000年3月21日      2000年4月23日     
 
    ゴンゴリスモの滝          IKBの滝        世界システムの滝    余情妖艶の滝
    2000年5月23日        2000年6月6日      2000年7月20日   2000年8月20日
 
 サイコロ何度でもふる滝      天界のセルロイド滝         紫式部の滝       白梅に明くる夜の滝 
    2000年9月9日        2000年10月25日       2000年11月30日     2000年12月25日
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