研究内容/Research

昆虫の多彩な生命現象の生理基盤を理解する

昆虫は地球上で最も繁栄しているグループの1つと言えますが、昆虫の生命活動は時に人間との深刻な利害関係を産み、ある物は農業害虫として農作物に甚大な被害を与え、またある物は感染症媒介昆虫として人間や家畜の生命を脅かしています。人間が昆虫と共存共栄していくためには、形態・体色・変態・休眠・生殖・行動など、昆虫の「謎」を解明することが必要です。昆虫生理学分野では、昆虫の多彩な生命現象の生理基盤を理解するために、分子遺伝学、生理学、生化学、化学生態学など、様々な手法を用いて研究を行っています。


主な研究テーマ:

・昆虫の脱皮変態の遺伝子基盤の解明

昆虫は熱帯から極地にわたって多様な環境に適応しています。この高い適応力の基盤となっているのが「変態」です。俗に「幼虫は歩く消化管、成虫は空飛ぶ生殖器」と呼ばれるように、完全変態昆虫は変態することで個体発生の間にその形態や生理生態を大きく変化させることができます。変態は幼虫と成虫とが異なるニッチに進出することを可能にし、そして昆虫の著しい種分化と適応放散の原動力となってきました。しかし、昆虫がどのようにして変態する能力を獲得したのか、この問いは未解決の大きな問題として残されています。私たちはこの謎の解明に向けて、完全変態昆虫(カイコ、コクヌストモドキなど)、不完全変態昆虫(コオロギ)、無変態昆虫(シミ)における変態の内分泌制御の遺伝子基盤とその進化プロセスの解明に取り組んでいます。

・昆虫の新規遺伝学的ツールの開発

近年のゲノム編集技術の発展によって、原理上、あらゆる昆虫においてgenetic manipulationが可能となりつつあります。私たちは、誰でも、容易に、特別な装置を必要とせず、あらゆる種で、ゲノム編集を行うことができる方法の開発を目指しています。私たちの目指す未来は、あらゆる産業昆虫、農業害虫、衛生害虫などにおいて、その休眠性、化性、食性、飛翔能力、行動、相変異、薬剤抵抗性、病原媒介性、妊性、形態など、様々な形質を人為的にデザインすることができる未来です。

・カイコガ亜科のバイオロジーと性フェロモン

ガ類の昆虫は種ごとに特有の性フェロモンシステムを発達させており、これによって巧妙に異種間の交配や交信撹乱を防いでいます。しかし、性フェロモンが進化するためには「受容システム」と「合成システム」の両者が同時にかつ矛盾なく変更されなければならない、という制約がかかっています。昆虫がいかにこの制約を回避・克服して種特異的な性フェロモンシステムを確立し得たのかは謎に包まれています。私たちは、これまで性フェロモン研究を牽引してきたモデル昆虫であるカイコに化学生態学的な視点を導入することで、この問いに挑戦しています。


研究紹介:

カイコの幼若ホルモン生合成遺伝子の変異体(右)。幼若ホルモン(変態を抑制するホルモン)が無いため、3齢または4齢から早熟変態して小さな蛹・成虫になる。(Daimon et al. 2012 PLoS Genetics 8 (3), e1002486)

右半身で幼若ホルモン受容体を壊したカイコ。右半身だけが蛹に早熟変態してしまい、幼虫と蛹のモザイク個体となる。(Daimon et al. 2015 PNAS112 (31), E4226-E4235)

カイコガ科(左の4種)とヤママユガ科(一番右)の成虫。

カイコの生態学的な側面を理解する上で有用なリファレンスとなる。