「細胞認知神経科学」
私たち研究グループでは脳を、統合システムとして捉え、日常の様々な行動がどのようなネットワーク活動が表出したものなのかを理解しようと、日々研究を進めています。
これまで2光子レーザー走査顕微鏡や各種遺伝子ツールを活用し神経活動の理解を進めてきました。このような微視的な神経活動が日常の行動にどのように反映され、複雑な精神活動を可能にしているのかを理解するために、現在はコンピュータビジョンによる特徴量抽出、機械学習等による特徴量の解析から、日常行動に潜むノンバーバルな行動文法を明らかにすることを目指しています。上記目的のために、カメラによる映像取得、数理的行動解析や生理学的生体計測、更には分子生物学的手法を利用した脳機能解明のためのツール作りやイメージング等、様々な技術を活用して、どん欲に研究を進めています。
研究の起点と背景
私が動物行動の数理的理解に取り組み始めたのは、2009年から参加したさきがけ研究「脳情報の理解と応用」のプロジェクトの中ででした。
その背景には、2003年から2005年8月まで留学していたドイツ・ハイデルベルグのマックスプランク医学研究所での経験があります。そこでは 二光子レーザー顕微鏡を用いた標的パッチクランプ法(TPTP法) により、遺伝子改変神経細胞からの in vivo 計測を行い、逆伝搬活動電位が神経ネットワーク構築過程において重要な役割を果たすことを明らかにしました。
この研究を発展させ、単一細胞計測から得られる情報を収集し、それを活用した ブレイン・マシン・インターフェース(BMI) の構築を目指しました。しかし、単一細胞の活動がどのように行動を誘発するかを理解するためには、行動そのものの精密な計測が不可欠であることに気づきました。これが、後の「行動解析の数理的理解」へとつながる出発点となりました。
私たちの研究グループは、学術的基盤と産業界との共同研究を融合させながら、マウスの自動行動解析において独自の系譜を築いてきました。
2014–2015(奈良先端科学技術大学院大学・駒井研究室)
渡辺仁の修士論文および学会発表により、高精度トラッキング手法と ノンパラメトリックベイズクラスタリング(IGMM) を導入しました。これにより、クラスタ数を事前に固定せずに「未定義行動」を検出することが可能となりました。さらに、IGMMを 半教師あり枠組み(Ss-IGMM) へ拡張し、少数のラベル付きデータと多数のラベルなしデータを同時に活用できるようにしました。
2018(京都大学+駒井研究室との共同研究、発表者:清玄寺優志)
橋本敦史(当時京都大学在籍)と駒井研究室の共同研究の成果として、電子情報通信学会総合大会にて 自己教示学習(自己教師あり学習) に基づく行動解析を発表しました。これは半教師ありからさらに進んで、ラベルなしデータから直接表現を獲得する方向性を示し、後の国際的な自己教師学習の潮流を先取りする成果となりました。
現在(駒井章治+森本智志+橋本敦史の共同研究)
CHLAC、光フロー、ロコモーション活動、首角度、接近度、相互情報量 など多様な特徴量を統合し、階層的・文法的モデル(HMM、HDP-HMM、Transformerなど) を用いて高次の「行動文法」を推定しています。さらに、複数個体の社会的相互作用を含めた「関係の文法」へと拡張し、社会的行動の構造を明らかにすることを目指しています。
この系譜は以下のような明確な進展を示しています:
未定義行動の検出(IGMM) → 半教師あり学習(Ss-IGMM) → 自己教師あり学習 → 社会的相互作用の文法的モデリング
私たちの研究は、国内独自の系譜を形成しつつ、MoSeq、B-SOID、MotionMapper、自己教師学習 などの国際的潮流と接続・先取りするものです。学術研究と産業界の協働を架橋することで、行動神経科学や計算的エソロジーの分野に独自の視点を提供しています。
「学生がつくる大学」をテーマにした、新しい学びの実験場
けいはんなでは、学生が自ら学びの場を設計し、地域や企業と協働しながらプロジェクトを立ち上げる「学生主体の教育空間づくり」に取り組んでいます。
私は、制度設計・行動科学・教育文化の視点から、学生が自分の興味を軸に動き出せる環境づくりを支援してきました。
学生が自ら企画し運営する「学びの場」のデザイン
地域・企業との協働による社会実装型プロジェクト
学生の“自律性”を中心に据えた教育制度の検討
けいはんなでの活動は、**「大学とは何か」「学びとはどうあるべきか」**を問い直す実践であり、未来の教育文化をつくる試みでもあります。
地域と学生が共に未来をつくる、都市型共創プロジェクト
北新宿では、地域課題の発見から解決までを学生と住民が協働して進める「都市型共創プロジェクト」を展開しています。
商店街、自治体、企業と連携しながら、データ分析・制度設計・デザイン思考を組み合わせ、地域の未来像を共に描いてきました。
商店街活性化のためのデータ分析と制度設計
地域住民との対話を通じた課題発見ワークショップ
若者と地域がつながる新しいコミュニティデザイン
北新宿での取り組みは、都市の中で「学び」と「社会」が交差する場をつくる挑戦であり、学生が社会とつながりながら成長するための新しいモデルを提示しています。
けいはんなと北新宿、どちらの取り組みも共通しているのは、
「制度・文化・技術をつなぎ、人が自律的に動き出す場をつくる」
という私の一貫したテーマです。
研究と教育、そして社会実装を往復しながら、
未来の学びと社会のあり方をデザインすることを目指しています。
現在の共同研究では、複数個体間の関係性を評価する際に、相互情報量による「関係の強さ」の測定に加え、Transfer Entropyを用いて「因果的方向性」を捉えています。これにより、単なる相関ではなく「誰が誰を動かしているのか」という社会的相互作用の文法を構築することが可能になります。TEを文法モデルに組み込むことで、複数個体の相互作用に潜む因果ダイナミクスを明らかにし、将来的にはヒト社会の理解へと拡張していくことを目指しています。
ヒト行動への応用
マウスを対象に開発した手法をヒトに展開し、日常的な行動や社会的相互作用を定量的に解析する。
脳科学との統合
行動文法と神経活動パターンを結びつけ、認知過程や脳のダイナミクスが行動にどのように反映されるかを解明する。
「社会」という総合行動の理解
個体の行動から集団のダイナミクスへ拡張し、社会を相互作用する行動文法の複雑系としてモデル化する。
見えない認知活動の可視化
認知バイアスなどの潜在的なプロセスを数理モデルによって可視化し、意思決定や知覚の研究に新しいツールを提供する。
長期的には、行動科学・脳科学・社会システム研究を結びつける枠組みを構築することを目指しています。先端的な機械学習技術と実験・観察データを統合することで、ヒトの認知や社会の理解を深め、心理学・脳科学から教育・医療・社会イノベーションに至る幅広い分野に応用可能な方法論を提供していきます。
協同研究先 (順序不同)
新宿区
北新宿4丁目商友会・親交会(マイロード大町)
関西文化学術研究都市推進機構
オムロンサイニックエックス
慶応大学