ラマダーンのタラーウィーフの礼拝を始めるのは、一日目ですか、二日目ですか。
ラマダーン一日目の夜(月が確認できたとき、またはその前の月が完了したとき)、ラマダーン一日目のイシャーの礼拝の後のどちらですか。


アッラーに称えあれ

タラーウィーフの礼拝をするのは、ラマダーン最初の夜のイシャーの後、つまり新月が確認された夜、シャーバーン月の30日を完了した夜である。 

同様に、ラマダーンの終わりは、イードの新月が見えたか30日経ったかしてラマダーン月が終了したことが確認されたら、タラーウィーフの礼拝を行わない。


タラーウィーフの礼拝がラマダーン月の日中の断食に繋がっているのではなく、むしろ始まりの夜がラマダーン月の到来に、そして最後はラマダーン月の最終日に繋がっているということはたしかである。


我々はタラーウィーフの礼拝がナーフィルの礼拝であると言うべきではなく、どの夜にでもそれを行うことは許されている。タラーウィーフの礼拝はラマダーン月に限られていて、この礼拝を行う者は礼拝を行うことによって得られる報奨を求めるためである。この礼拝を集団で行うときの決まりは、集団で他の礼拝を行うときの決まりとは異なる。ラマダーン月の夜に、集団でタラーウィーフの礼拝を行い、それを告げて他の人に加わるように促すことは許されている。それは別の時のキヤームの礼拝とは異なるところである。別の機会のキヤームの場合、集団でキヤームの礼拝をすることは、それが前もって意図されることなしで行われたり、他の人々に奨励し指導する目的で行われるのでない限り、スンナではないからである。それで、その礼拝を常に行うという決め事にしたりそれを行うことに固執するのでなく、時々それを行うことがスンナである。

 
シェイク ムハンマド アル・サーリフ アル・ウサイミーン(彼にアッラーのお慈悲あれ)は次のように述べた。

ラマダーン月以外のタラーウィーフはビドアである。例えば、もしラマダーン月以外の時に集団でキヤームの礼拝を捧げるためにモスクに集おうとするなら、それはビドアとなる。

ラマダーン月以外に時折家で集団で礼拝を行うことに問題はない。それは預言者(彼にアッラーの平安と祝福あれ)が行ったことである。イブン アッバースをそれに促したこともあるし、イブン マスウード、またはフダイファ イブン アル・ヤマーンを家の礼拝に招いたことがある。しかし彼はそれを習慣として行うことにはしなかったし、モスクで行うこともなかった。

Al-Sharh al-Mumti’, 4/60, 61


これにより、ラマダーン月が始まったということが確認されないうちにタラーウィーフの礼拝を行う者は、間違った時に礼拝を捧げるようなものである。たとえ故意に行うことによる罪は免れるとしても、報奨は記録されないであろう。

アッラーがもっともよくご存知であられる。