ラマダーン中のキヤーム (タラーウィーフ) -II

Qiyaam during Ramadhaan (Taraaweeh) - II

日本語訳: イスラームの本 管理人

キヤームの時間



































ウィトルの礼拝の仕方











ウィトル3ラクア読誦











 
ドゥア アル・クヌート



































ウィトルの終わりに言うべきこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ウィトルの後の2 ラクア

 

 

 

 


イマームがタラーウィーフを終えるまで従うこと

 


 

イマームのウィトルにもう 1 ラクア加えること

キヤームの礼拝をする時間はイシャーの後からファジルまでである。預言者 saw が、「アッラーはあなた方にもう一つの礼拝を加えられた。それはウィトルである。イシャーとファジルの間に礼拝しなさい。」 と言われたためである。 [アフマド]

できるなら夜の終わりに礼拝するのがよりよい。預言者 saw がこう言われたためである、「夜の終わりに起きられないのではないかと心配する者は、夜の初めにウィトルの礼拝をしなさい。しかし、夜の終わりに起きられると思う者は、夜の終わりにウィトルの礼拝をしなさい。 夜の終わりの礼拝には (天使たちが) 立会い、よりよいからである」 [ムスリム]

夜の初めに集団で祈るのと、夜の終わりに一人で祈るのと、そのどちらかを選ぶということであれば、集団で祈るほうが望ましい。それにより夜通し祈ったかのごとくみなされるからである。

教友たち ra はウマル ra の時代にこのようにしていた。アブドッラフマーン イブン アブドル・カーリ ra は言っている、「私はラマダーンのある夜、ウマル イブン アル・ハッターブ ra  とモスクへ行きましたが、人々はモスクのあちらこちらに散らばって一人ひとりで礼拝していたり、小さいグループを作って礼拝したりしていました。彼は言いました、『アッラーに誓って、私が皆を一人のイマームの後ろに集めれば、そのほうがよいと思う。』 そこで彼はそう決めてウバイイ イブン カアブの後ろに皆を集めました。その後、別の夜に彼と一緒に行くと、人々は皆イマームの後ろで礼拝していたので、ウマル ra は、『これは何とよいことか。しかしながら、みなが眠って逃してしまうこと – 夜の後半 – は、今みながしていることよりも良いのだ』 と言いました。 – 夜の初めにキヤームの礼拝をしていたのです。」


預言者 saw は言われた、「それをアル・マグリブの礼拝のようにしてはいけない。」  それゆえ、ウィトルのために 3 ラクアの礼拝をしようとする者は (マグリブと) 異なる方法を知らなければいけない。これには二つの方法がある。最初の 2 ラクアの後に完結させる、これが最もよい方法である。または、最初の 2 ラクアの後 (タシャッフドに) 座らない (すなわち、 3 ラクア途切れずに礼拝する) やり方である。

 

1ラクア目にアル・アアラー (87) 章、2 ラクア目にアル・カーフィルーン (108) 章、 3 ラクア目にアル・イフラース (112) 章を読むことが推奨される。時にアル・ファラク、アン・ナース (113 と 114) 章も加えられる。

預言者 saw はウィトルの1 ラクアでアン・ニサーア章から100節読まれたことがあると伝えられている。


 

最後のラクアを終えるときに平伏する前に、アッラーの御前に謙虚になってドゥアを唱えることが奨められている。 それは預言者 saw が孫のアル・ハサン イブン アリ ra に教えたもので、次のようである、
 (( اللَّهُمَّ اهْدِنِي فِيْمَنْ هَدَيْتَ، وعَافِنِي فِيْمَنْ عَافَيْتَ، وتَولَّنِي فِيْمَنْ تَوَلَّيْتَ، وَبَارِكْ لِي فِيْمَا أعْطَيْتَ، وقِنِي شَرَّ مَا قَضَيْتَ؛ فَإنَّكَ تَقْضِي وَلا يُقْضَى عَلَيْكَ، إنَّهُ لا يَذِلُّ مَنْ وَالَيْتَ، [وَلا يَعِزُّ مَنْ عَادَيْتَ]، تَبَارَكْتَ رَبَّنَا وَتَعَالَيْتَ )) .

「アッラーフンマ イフディニー フィーマン ハダイタ ワ アーフィニー フィーマン アーファイタ ワ タワッラニー フィーマン タワッライタ ワ バーリク リー フィーマ アアタイタ ワ キニー シャッラ マー カダイト、 ファ インナカ タクディ ワ ラ ユクダー アライク。  ワ インナフ ラー ヤズィッル マン ワアライタ ワ ラー ヤイッズ マン アーダイト。タバーラクタ ラッバナー ワ タアーライト。ラー マンジャ ミンカ イッラー イライク。 (アッラーよ、あなたがお導きになられた者と共に私を御導きください。あなたが御赦しになられた者と共に私をお赦しください。 あなたが味方された者と共に私にも味方となってください。あなたがお授けになられた祝福を私にもお授けください。あなたが定められた悪から私をお守りください。まことに、あなたがお定めになり、あなたを超えて定めることは誰にもできません。本当に、あなたが心に留められる者は決して堕落せず、あなたが敵となる者には決して栄誉はありません。おお、主よ、あなたは賛美され、称えられるお方です。あなたから逃れるところはあなたの御許以外にありません。)」

預言者 saw について、 (サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム) と言って称えてもよい。また、スンナとして知られている以外のドゥアを加えても何ら問題はない。さらには、ルクーゥの後にクヌートを唱えても何ら問題はない。

 

ウィトルの終わり (サラームの前また後) には、次のように言う事が勧められている。
(( اللَّهُمَّ إنِّي أَعُوْذُ بِرِضَاكَ مِنْ سَخَطِكَ، وَبِمُعَافَاتِكَ مِنْ عُقُوبَتِكَ، وَأعُوْذُ بِكَ مِنْكَ، لا أُحْصِي ثَنَاءً عَلَيْكَ، أنْتَ كَمَا أثْنَيْتَ عَلَى نَفْسِكَ )) .

「アッラーフンマ インニー アウーズ ビ リダーカ ミン サハティカ ワ ビ ムアーファーティカ ミン ウクーバティカ、ワ アウーズ ビカ ミンカ。ラー ウフスィー サナーアン アライカ、アンタ カマー アスナイタ アラー ナフスィク。
(アッラーよ、私はあなたのご満悦にあなたのお怒りからのご加護を求めます。あなたの保護にあなたの罰からのご加護を求めます。あなたに、私をあなたからお守りくださるよう求めます。 あなたへの賛美はいくらしても足りません。あなたはご自身を賛美されているとおりのお方です。)

預言者 saw は、ウィトルの終わりにサラームをすると、このように言われた、
(( سُبْحَانَ المَلِكِ القُدُّوسِ ))

「スブハーナ ル・マリキ ル・クッドゥース、スブハーナ ル・マリキ ル・クッドゥース、スブハーナ ル・マリキ ル・クッドゥース」 
(支配者に栄光あれ、もっとも聖なるお方に。)
音節をのばし、3回目の時は声をあげて。 [アブ ダーウード]

 

望むなら、ウィトルの後に2 ラクアの礼拝を捧げてもよい。預言者 saw がそうされていたことが確認できるからである。アーイシャ とウンム サラマ ra が、預言者がウィトルの後に座ったまま2ラクアの礼拝をしていたと述べている。   [ムスリム、その他]
その2 ラクアでは、アッ・ザルザラ (99) 章とアル・カーフィルーン (109) 章を唱えることが勧められている。 [アル・アルバーニ]


 
たとえ 11 ラクア以上になっていても、イマームが終えるまでいたほうがよい。 ラクアを多めにすることは許されているからである。 預言者 saw は「 イマームが終えるまで一緒にキヤームの礼拝をした者は、夜中礼拝を行ったものとしてアッラーが記録してくださる。」 [アン・ナサーイ、その他] と言われた。

 

ムスリム学者らは、そうすることに何ら問題はないと述べている。それによって夜の終わりにウィトルの礼拝を行うことができる。その夜に後でウィトルの礼拝をするという適切な理由があって 1 ラクア加えるのなら、そうした者もイマームと最後まで一緒に礼拝したとみなされる。これには何ら問題はなく、イマームが終えるまで共にいなかったことにはならない。完了させなかった、少し先に延ばしただけである。