4.幻想について





 社会は三つの要素で成り立っている。

一つは、確実なもの、いわゆる秩序である。

一つは、未だ不確実、不明瞭なもの、未知や偶然などである。

そして、もう一つが、虚偽である。

これらは互いに絡み合っている。

そして全てを確実なものと思わせるために、幻想がはびこる。

この社会から、幻想を取り除くことは出来ない。

社会は競争社会である。

幻想は、競争に勝つための戦略である。


 今日の糧を用いて、明日の糧を得ようとする。

これが生物であり、人も同じである。

しかし人は知恵を使って、

出来るだけ効率よく今日の糧を使い、

効率よく明日の糧を得ようとする。

 効率よくものごとを進めるためには、

ものごとの真実を知る必要がある。

真実を知れば、対応が早い。

しかし社会は複雑に絡み合っており、

なかなかに真実を知ることは難しい。


 人は自分の経験、知識、感覚を用いて、

そのものごとが、正しい(確実)か、誤り(不確実)かを判断する。

それはそのものごと、またはそのものごとの成り立ち、仕組みが、

納得できるかどうかである。

納得できれば、その人にとって、それは正しい(確実)ものとなる。

納得とは、自分の今までに理解してきたことと矛盾しない、

今までの理解の方法で、これも理解できると感じることである。

人は真実を知りたいが、それが容易にならない以上、

この納得を、真実の代用とする。

納得できるからと言って、それが真実とは限らない。

しかし誰もが納得を、ものごとの判断に用いる。

世の中を動かしているのは、真実でなく納得である。

そして納得は、幻想に操られる。


 幻想は、人々のその納得を誘導する手口である。

誤りを正しいことにように納得させる。

不確実なものを確実なことのように納得させる。

これは詐欺師だけが用いる手段ではない。

世の中の情報を伝えようとするものが、

その事実に気づいている、いないにかかわらず、

社会のすべてに用いられている手段である。

文化、学問、経済、芸術、科学、医療、

すべての分野において、用いられているのである。

世の中には無数に近いほど書物が発行されているが、

その内容のほとんどに、この幻想が含まれているのである。


 幻想を生み出す、

それは人に錯覚を起こさせ、

納得できないもの、または不明なものを納得させることである。

その具体的な方法を述べよう。

 ①権威幻想:偉人や学者、有名人、大学や大企業などの権威を用いる。

       プロフェッショナル培われてきた技術、こだわりなど、

       その道の専門、精通であると、その者の言うことに逆らえず信じてしまう。

       先進国、欧米、

       女子高生、セレブ、カリスマ、インフルエンサーなども含まれる。

 ②科学幻想:科学的、データなどの信憑性を用いて、仮説を真説のように語る。

       恣意的な実験やデータの結果を用いる。誤差を利用する。

       論文が発表されたり引用されると、そのことが真実のように思われる。 

       科学的難解さから多くは容易に理解出来ず、疑問を起こせない、信じるしかない

 ③論理幻想:論理をいくつもつなげて、論理的に成り立ちにくい部分、

       確率的に成り立ちにくい部分を不明瞭にして、理詰めで正しいように思わせる。

       また、屁理屈(こじつけ)と正しい論理が判定しにくいことを利用する。       

 ④類似幻想:違う状況の例を、あたかも同じ状況で起こるように語る。

       大きな視野、包括的にとらえることで、一般化する。

       例え話を用いて状況を単純化して、同じ理屈であるように思わせる。

 ⑤多数幻想:大勢が同意しているから真実であると思わせる。

       社会の大きな動きや、時代の流れなども使われる。

       仲間外れ、孤立の恐れを協調する。

 ⑥常識幻想:一般社会の常識だから真実であると思わせる。

       慣習、習慣、習俗、伝統、規律を重視する。

 ⑦大人幻想:「空気を読む」を重視し、その場での流れを阻害しないよう、

       すみやかにものごとが進むように、「大人の対応」を強いる。

                                    組織や集団で、和を乱すような行いを牽制する。

 ⑧不安幻想:不幸になる原因を呼ぶ、不幸な結果になるなど、不安や恐れを煽る。

       具体的な恐れだけでなく、漠然とした恐れを持ち出すこともある。

       さらに恫喝や脅迫まがいの、被害や身の危険を感じさせる恐怖幻想もある。

 ⑨劣等幻想:無知である、理解出来ない、時代遅れである、幼稚である、愚かであるなどの、

       劣等を恐れさせ、蔑みを避けさせ同意させる。

       逆に、豊かである、賢明である、品があるなどの、優越幻想もある。

 ⑩神格幻想:神や仏などの宗教や、自然や運命などが教示している、悟りによる説教など、

       理屈で否定できない、人智を超えた高尚な観念論を利用する。

       自然崇拝、自然回帰志向もここに含む。

 ⑫打破幻想:常識に縛られるな、現実に囚われるな、など新鮮奇抜な発想、

       イノベーション(改善)、固定観念を打破することを良しとする。

 ⑬精神幻想:頑張れ、逃げるな、懸命にやれなど、精神論を尊重し、

       メンタルを強化を第一とし、人を鼓舞する。

 ⑭同情幻想:弱者少者、被害者に対する同情、憐れみ、慈愛、救済を尊重する。

       人道主義、人権、平等の理想などを持ち出し、容易に否定できない。

 ⑮正義幻想:道徳的、倫理的に正しい価値観であることを主張して、

       悪、邪な者を徹底排除しなければならないという考え。

 ⑯自己幻想:自分の考えは正しい、自分の勘は正しいなど、根拠なく自分への信頼が強い。

       自己の正当化を第一とし、詭弁も厭わない。

       自分の考えに反するものは、断固受け入れない。

 以上のように、幻想の手段は多数存在する。

これらはそれぞれに組み合わされて使われる。

これらの幻想から人は、おおよそ抜け出すことは出来ない。

幻想を受けて、人はまた幻想を用いる。

なぜ人は、このような幻想を用いるのだろうか。


 再び述べよう。

社会は三つの要素で成り立っている。

一つは、確実なもの、いわゆる秩序である。

一つは、未だ不確実、不明瞭なもの、未知や偶然などである。

もう一つが、虚偽である。

そして人は、すべてを確実なものにしたいと欲する。

確実なものはより確実に、わからないものは知りたい、そして虚偽は信じたくない。

しかしそれは無理である。

その不安を避けるために、安心感を得たくて、人は幻想に頼る。

幻想は、疑いなく容易に人を判断させ、動かす。

そして人を支配したい者、社会を動かしたい者は、この幻想を利用するのである。

幻想は時には真実となって、また真実と混ざって、

人々を正しい方向へ導くこともある。

しかし幻想のほとんどは、夢、幻である。

人は幻想に容易にはまり、そこから抜け出せない。

簡単には納得しない、腑に落ちない、

それが幻想ではないかと、絶えず疑う態度は肝心である。


 幻想の例として、「ヨーグルト伝説」を述べる。

ヨーグルトも食品であるから、それなりの栄養はある。

しかしそれ以上に、健康に対しての効能があるように語られる。

だがその効能には、まだ疑問を呈されている。

しかし人々はその効能の幻想に以下の理由で、はめられていく。

 ・大手企業が多くの優秀な研究員のもと研究開発している。

 ・効能の根拠を示す論文、科学的データが提示されている。

  (若干の効能の差が大きく表示される)

 ・腸内細菌や善玉菌の働き、腸内フローラルなど、論理が通っている。

 ・CMなどで効能が伝播されている。著名人が推奨している。

  大勢の者がその効能を認め、信じている報告がある。

 

 次に、幻想の恐さの例として「ヒトラーの躍進」を挙げよう。

 ・ヒトラーの演説が劇的であり、人々に感動を与える。感動が信用となる。

  また国民の不安を煽り、自分を唯一の救世主と思わせた。

 ・ヒトラーの信念が論理的、科学的であり、その優秀さから、多くの人々が納得、信頼、支援した。

 ・貧困・困窮にあった国を経済的に発展させた実行力、対外的に強硬な態度を取るプライドと対応力、

  国内での強引な政策への決断力が、国民の多くを熱狂させた。

 人々は、恐るべき狂気が潜んでいるとは気づかず、ヒトラーの能力を認め、躍進を許し、

やがて独裁者として、恐怖で支配して反対を許さない体制を築かせてしまう。

だが暴走する幻想は、当時ドイツだけではなく、世界中に広がっていた。

日本も同じである。

封建社会の幻想を引き継いだ軍国主義、先進国の帝国主義を真似て、

過剰な愛国心から、不幸な戦争にのめり込んでいった。

 しかし、今は当時と違う。

情報は過剰気味だが、誰もが平等に、多くの視点でものごとを見えるように与えられている。

後は、幻想に惑わされない、正しい思考である。

  

(23.2.19)