太平洋の真ん中にミッドウェー島がある。アメリカ大陸からもアジア大陸からも、同じ距離だけ離れている。人間社会から最も遠く離れた場所だ。だから、ミッドウェー島というらしい。第2次世界大戦において、日本海軍がほとんどの空母を失い、多くの戦死者を出した海戦がその沖で行われた所としてご存じの方もいるだろう。
2012年2月、ハワイで太平洋海鳥会議が開催された。オアフ島の北のタートルベイという、サーフィンのメッカといわれる海岸のリゾートホテルが会場だった。日本からは近いこともあって、20名近い日本人研究者が参加した。アホウドリ類のトラッキングによる海洋環境利用や漁業との関係に関するセッションが興味深く、日本側も水産庁の調査結果がいくつか発表された。招待講演では、フランス領アセッション島で長年調査しているCorreさんが、インド洋の海洋学的特徴とそれにあわせた海鳥のトラッキング結果を発表され、海鳥の利用海域から重要海域を抽出する試みがこの海域でも進められていることを知った。直後の1日のエクスカーションでコアホウドリの繁殖地を訪れた。その際、何羽か捕獲してもらい、尾腺ワックスを採取した。Correさんには、アセンション島で同様のサンプリングをしていただくことをお願いした。また、D Hyrenbachさん、ミシェルさんらと彼らがターン島で採取した海鳥死体の脂肪の汚染物質測定の共同研究の打ち合わせを、山下麗さんを交えて行った。
その後のエクスカーションでミッドウェー島を訪れた。多数のコアホウドリとクロアシアホウドリが繁殖していた。早朝、彼らがデスプレイのためにカタカタと打ち鳴らすくちばしの音で目が覚めた。夜には、多数のシロハラミズナギドリが戻ってきた。アカオネッタイチョウ、シロアジサシ、クロアジサシは繁殖しているものがいくつかいた。夏繁殖の種類は、まだまだこれからのようだった。
そこで、アホウドリたちの営巣環境をよくするために、パンチグラスとよばれる土着のイネ科草本をうえる作業に参加した。ここではイネ科草本の苗を入れておく箱として、島に流れ着いた魚箱などのプラスチック製の箱を再利用している。注目してほしいのは、その箱だ。何と書いてあるか?「うすじり漁協」と読める。これは、函館の隣にある村だ。私の勤める北海道大学の水産学の実験場ある村だ。そこから流れた魚箱が、ここまで到達したわけだ。
ミッドウェー島では、コアホドリの雛の死体をいくつか見た。この写真の死体は、もうだいぶ時間がたって骨になっている。お腹のあたりに、白くて丸いものが見える。これらは、たぶんペットボトルのプラスチックのふただ。これを呑み込んだせいで死んだのかはわからないが、親鳥が遠い海の上で餌と一緒にプラスチックを飲み込んで、これを雛に与えたことは確かだ。こんな太平洋のど真ん中の島で、海洋プラスチック汚染のことを知った。
海鳥の胃内容物を調べていると、中からプラスチックや発泡スチロールの破片が出てくることがある。それに気がついたのは、30年前厚岸沖の大黒島で、修士論文の調査でコシジロウミツバメの胃内容物を調べていた時だった。文献によると、すでに1962年、カナダで本種の胃袋からプラスチックが見つかったことが報告されていた。そして、これが世界中ではじめて、海がプラスチックで汚れていることの証拠としてとり挙げられていることを知った。
海鳥のどのくらいの割合の個体が、海に漂っていたプラスチックを飲みこんでいるのか。日本の水産庁は、サケマスの資源調査のために北太平洋の北部で流し網調査をおこなっていた。その網に誤ってかかって死んでしまった海鳥をいただいて、いろんな研究をしている。何を食べているか知るため、胃の中身も調べる。そのとき、プラスチックが見つかる。ウミスズメ科では、2割から3割の個体の胃の中からプラスチックが見つかる。ハシボソミズナギドリは南半球のタスマニアで繁殖して、冬は、北半球では夏になるが、ベーリング海で過ごす。ハシボソミズナギドリのうちプラスチックを呑み込んでいた個体の割合は、1970年代には半分くらいだったのが、1990年代には9割に達していた。このように、海鳥の胃の中のプラスチックを調べた結果から、海洋プラスチック汚染が年々ひどくなっていることがわかる。
さて、このようにして海鳥に飲み込まれたプラスチックは海鳥たちにどんな影響を与えるのか。一つの可能性は、飲み込んだプラスチックが消化を妨げることだ。たくさんプラスチックを呑み込んでいると胃の容積が小さくなってしまうかもしれない。もう一つは、胃の中に入ったプラスチックから有害な物質が溶け出している可能性だ。特に、「残留性有機汚染物質」が問題だ。残留性有機汚染物質は海水中にもあって、それほど濃度は高くないが、海を漂うプラスチックはこれらを吸着し続ける。その結果、長い時間海を漂ってきたプラスチックにはこれらの物質がたくさん溜まっている海鳥が飲み込んだプラスチックから、これらの残留性有機汚染物物質がとけだして体内に取り込まれていないか心配される。残留性有機汚染物質は魚や海鳥の体内に入ると、繁殖や代謝を調整するホルモンと似た物質に変化する。そのため、正常なホルモンの作用を撹乱する。
プラスチックの生産量は、加速度的に増えている。我々の身の回りにはプラスチック製品があふれている。何気なく使っているプラスチックが巡り巡って、人間生活とは何の関係もないような、海の真ん中で生活している海鳥に飲み込まれている。このことを、太平洋のど真ん中の島で改めて感じた。