地球規模での気候変化や、人為的インパクトが海洋生態系に与える影響を探ることは、ますます重要になってきている。海洋システムと生物群集は海域特異的であり、各海域での緻密な研究が必要とされる。高次捕食者である海鳥は、海洋生態系の変化を総合的に反映し、また観察しやすいため、いくつかのバイアスはあるにせよ、簡便な海洋生態系のモニターとして期待されている。繁殖地と越冬地が遠く離れていて、長距離渡りをする海鳥は両者の環境をそれぞれに反映するだろう。繁殖期には、巣に定期的に戻らなければいけないという制約があるが、非繁殖期にはそれがないので、個体ごとに非繁殖期の滞在場所が異なることもあるだろう。そのため、各々の個体はそれぞれの環境を統合しているだろう。
鳥類の皮下脂肪、筋肉、血球と血漿などの体組織は回転率が大きく異なり、また羽毛は1年の決まった比較的短期間に生え換わる。そのため、異なる組織の安定同位体汚染濃度を調べると、採集期間以前の、それぞれの組織が形成されたであろう様々な期間において、その個体が暴露された環境を推定することが可能である。一方で、ジオロケーターを使って渡り鳥の個体の時空間位置を1年以上にわたりトラッキングする技術が開発されている。これら二つの技術を使って、遠く離れた海域の環境を推定することが可能である。
数千から一万キロを超す長距離渡りするミズナギドリ科は、繁殖期には繁殖地周辺の生産性の高い混合域・フロント海域で採食し、非繁殖期には生産性の高い移行領域や湧昇域あるいは生産性の低い亜熱帯海域や中央海盆域で過ごす。同じじ繁殖地の個体でも、各々の個体は別々の海域で非繁殖期を過ごす(Shaffer et al. 2006, Gonzakes-Solis et al. 2007, Yamamoto et al. 2010)。ハシボソミズナギドリは世界で最も数が多いミズナギドリ科で、オーストラリア南部・タスマニアで繁殖し、10-4月の繁殖期ではタスマン海から南極海で採食し(Eidoner et al. 2011)、5-9月の非繁殖期には、オホーツク海・北西部北太平洋・東部ベーリング海で過ごす(Ogi 1986, Hunt et al. 1981)ので、地球規模での環境モニタリングに最適である。
本研究は、タスマニア州Big Dog島で抱卵中のハシボソミズナギドリにジオロケータを装着し、1年間追跡して非繁殖期および繁殖期に利用した海域を明らかにした。それらの個体から、繁殖地において皮下脂肪、血球、羽根と尾腺ワックスを採取し、その安定同位体比や残留性有機汚染物質濃度を個体ごとに調べた。そして、繁殖期と非繁殖期における利用海域とそこでの生産性、個体の食物段階や汚染物質蓄積度との関係を明らかにしようとするものである。
調査は、バス海峡のタスマニア州フリンダー諸島のGreat Dog島(40 15’S, 148 15’E)でおこなった。2009年12月1-2日に、抱卵中の親鳥50個体にGL Mk15(BAS、重量6.1g、装着時体重の1%)をアルミ製足輪とインシュロックタイで装着した(Carey 2009)。2010年12月2日から12日まで、装着巣とその周辺5m以内の巣をチェックし、抱卵中の15個体(オス14個体メス1個体)から回収した。回収率は31%と、Carey (2009)(74%)より低かった。2010年回収時体重585±40(n=12)は2009装着時体重617±30 (n=15)より小さかったが、2010年にあらたにロガーを装着した個体の装着時体重563±41(n=46)と同程度であった。2010年には繁殖前の栄養状態が悪かったことが示唆される。さらに、2010年には46個体に装着し、2011年12月に24個体から回収した。うち3台からはデータを吸い上げることができなかった。また2009年装着の3個体からも回収した。回収時の体重は591±37(n=27)と2009年と2010年の中間程度で、回収率は52%と昨年より若干よかった。
再捕獲時、最外初列風切り羽根(P10)の先端1cm切り取って採取するとともに、尾腺ワックスをろ紙で採取した(Yamashita et al. 2009)。ついで、バイオプシーによってわき腹から皮下脂肪を微量採取し、外科用瞬間接着剤で傷を止め構成軟こうを塗った(Owen et al. 2010)のち、翼下静脈からヘパナイズした25G針1ml注射器で血液1mlを採取し止血後、鳥を巣に戻した。血液は、2時間以内に遠心機で血清と血球にわけ、皮下脂肪とともに冷凍保存した。
すべての個体は、繁殖中はオーストラリア南東海域と生産性の高い南極海の両方の海域で採食した。2010年の非繁殖期には、6個体は北太平洋西部(オホーツク海・千島列島周辺)、9個体は北太平洋東部(東部アリューシャン列島周辺・東部ベーリング海)で147日間過ごした。2011年の非繁殖期には、14個体が西部北太平洋で、7個体が東部北太平洋で過ごし、3個体が両方を使った。秋の南下渡り直前に、多くの個体はベーリング海峡やチャクチ海まで移動してそこで採食した。比較的生産性の高いこれらの海域内において、各個体はさらに狭いそれぞれがあまり重複しないコアエリアをつかっていた。一方、繁殖期には多くの個体は南極海まで南下し比較的広い範囲を利用し、その範囲は重複していた。
東部越冬個体も西部越冬個体も、相対的に周辺海域よりも若干1次生産性の高い海域を利用しており、その傾向は東部越冬個体で、9月に特に顕著だった。一方、繁殖鳥においては、利用海域の1次生産が周辺海域より高い傾向はなかったが、途中で繁殖を失敗した個体では、若干1次生産の高い海域で採食する傾向があった。
非繁殖期に東部海域と西部海域で越冬した個体で比較すると、皮下脂肪のPOPsや脂肪酸組成に大きな差はなかったが、12月に体重が軽かった個体ほどPOPs濃度が高い傾向があった。また、風切り羽先端の水銀濃度は、西越冬個体の方が東越冬個体よりも高い傾向があった。