学習の仕方・上達方法というものは、千差万別、人によりけりであるのは事実です。しかし、私の経験から下の5点は重要だと考えています。
おすすめの教科書は以下のものがあります。
J. Sterman. "Business Dynamics." McGraw-Hill, 2000.
学会の大御所Stermanのこの本は1000ページに及ぶ大著ですが、非常に網羅的です。応用分野を問わず参考になります。なお枝廣順子・小田理一郎訳「システム思考」(東洋経済新報社, 2009)はこの本の抄訳で、数理的でない部分を中心に訳しています。
A. Ford "Modeling the Environment, 2nd edition." Island Press, 2009.
自然環境やエコロジーに関係したシミュレーション・モデルを作ることが最終目的の場合、この本はわかりやすいと思います。モデリングの方法や道筋もオーソドックスなものです。
K. Warren. "Strategic Management Dynamics." Wiley, 2008.
ビジネス分野を応用先と考えている読者には非常に興味深い零台が多いです。ただ、途中からは読み物的になってしまい、高度なモデリング手法が出ているとは言えません。なお、同じ著者の"Strategy Dynamics Essentials" Createspace Independent Pub, 2015は、本書の超簡略版です。でも、元の本と同様にWWWブラウザで動くSysdeaを使ってシステム・ダイナミクスのシミュレーションを体験できます。
なお、システム・ダイナミクスのシミュレーション用ソフトウェアであるVensimやSTELLAには、秀逸なヘルプ・オンラインマニュアル等が整備されていますので、こちらをお読みになるのもよいと思います。
上の書籍はどれも要所です。その前に日本語の本で、超入門を果たしたいという方には以下の書籍があります。
田中伸英・高橋 裕「システム・ダイナミックス」サンウェイ出版, 2017.
この本は網羅的とは言えませんが、教室内での使用を念頭に、欧米の教育プロセスと近い順で展開し、モデリングのプロセスについてもある程度カバーしています。これで助走を済ませてから、上の3冊のうちいずれかにあたるのが良いかもしれません。この本のサポートサイトはsysdyn999です。なお、この本では変数の単位について触れていませんが、今日では変数の単位設定とその整合性チェックは必須ですので注意してください。
各教科書は、すべて例題モデルが提示されています。どれもオンラインでダウンロードできたりCD-ROMが提供されていますが、必ず自分で一から作ることをお勧めします。これまでの受講者を見ていると、これは確実に重要です。ソフトウェアの習熟にもつながります。
たくさんの教材モデルを作っても、残念ながらモデル上手・シミュレーション上手にはなれません。教材は結局、ゴールが見えているものばかりで、どうしても受け身な態度で作ることになりがちだからです。
同じ理由で、何冊も教科書を読むのはあまり効率的ではありません。良い本を、徹底的に。出てきた例題モデルは、できるだけ自分の関連している問題に置き換えて改造できないか試みることが上達の早道です。壁打ちが必要ではあってもそれだけでは強くなれないのと同じで、どうしても自分が矢面に立つ(責任をもってやり遂げる)立場でモデルを作ることが、実力アップには必要です。
問題設定やソリューションの実施はビジネススキルですが、モデリングはそれとは違うスキルです。もし可能であれば、モデルそのものとシミュレーション設定について、熟練している人にアドバイスをもらうことは学習効率としてもビジネス実践としても大変効果的です。学習が目的なのではなくビジネスでの利用という場合は、モデリングは手練れの第三者に任せ、自分はモデルの読者・利用者として活用するということも意味があります。
アドバイスをもらう場合は「本当に親身になって考えてくれる人」を選ぶべきです。モデルの欠点をあげつらうだけというのはあまり意味がありません。もちろん、誤りを正すことは絶対に必要です。しかし、それだけでは使えるモデル・ソリューションにつながるシミュレーションには到達しません。
システム・ダイナミクスに限らず、およそすべての手法においてモデルというものは常に不完全です。W. Boxの有名な言葉 "All models are wrong, but some are useful" のとおり、確実にすべてのモデルには欠けている部分や単純化されている部分があります。それをあげつらうことは無限に可能です。でも、重要なのはそこではありません。効果的なソリューションを見つけることや、反対に意味のない(経営)資源浪費にストップをかけるような知見を得ることが重要です。
シミュレーション技法にも得手不得手があります。適材適所で選択するべきです。例えば、時間を追った変化を考慮しないような課題については、システム・ダイナミクスを利用する利点はありません。
ソフトウェアの操作に習熟することと、手法を適切に使って役立つ知見を得ることは、残念ながら同じではありません。多くの場合、後者は前者よりも到達に努力が要ります。システム・ダイナミクスの場合、ツールの操作は多くの場合簡単です。特殊な関数も多くありません(使わないことすらあります)。しかし、問題解決に適したモデルを構築するには、やはり手法そのものの理解が必要です。
まれに「統計的手法なら手法の理解などしなくても表計算ソフトでボタンを押せばすぐ使えるのだから、SDもそうだろう/そうあるべきだ」という主張をする人がいます。しかし、私は同意できません。統計的手法は確かにボタン一つで使えるようにされているものもありますが、「どの統計的手法を使うべきなのか」「データの変換は適切なのか」などについて、ソフトウェアは何も語りません。それらについてはユーザがきっちり勉強してからでなければ正しく使えません。それを飛ばしてしまえば、やはり誤用につながり、得られた結果を信頼することはできません。
もっともらしい値が出ていることをゴールにすべきではありません。合理的説明のつく知見を得られることを目指すべきです。