全てはゲームの中に
編集部より
EDITORIAL: IT'S ALL IN THE GAME
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EDITORIAL: IT'S ALL IN THE GAME
この特別トリビュート記事では、量と質の両面から見て(この両方を超えることは不可能だろう)、私が考えるに最も偉大なアメリカ人ゲーム・デザイナーである人物を称えたい。シド・サクソンである。
私がシドに出会ったのはほとんど偶然によるものだった。
若い頃、私はシド・サクソンについて詳しく知っていたわけではない。ゲームに関するシドの古典的書籍『A Gamut of Games シド・サクソンのゲーム大全』を読みはしたものの、そこで最も印象付けられたのはシドがニューヨーク・ゲーム協会という「ゲーム・グループ」を持っているという事実だったことを覚えている。このグループでは大人たちが一緒になってゲームで遊ぶのだ! そんなことが想像できるだろうか? ゲームは子供たちだけのものではないということを考えている人間なんて、私1人だけだと思っていたのに! 私はぜひN.Y.G.A.の会合場所を見つけ、そして参加をしたいと考えた。しかし当時は知らなかったのだが、私が『A Gamut of Games』を読んだ頃にはN.Y.G.A.は既に長いこと解散した状態だったのだ。(ゲーマーズ・アライアンスが形となったのはその数年後のことである。これこそ私が望んだもの、ゲーマーズ・アライアンスという「ゲーム・グループ」だったのだ。)
しかし、サクソン流儀のゲームたちは私のゲーム体験の中にしっかりと根をはっていた。3M社シリーズにおける『Acquire アクワイア』が、おそらく私が最初に出会ったサクソンの宝物である。興味をひく見た目の『Focus フォーカス』というゲームに出会ったことを覚えている。ゲームに記載されているシドの名前が「Saxon」と誤った綴りになっていたことから、おそらくあれは「海賊版」コピーだったのだろう。しかしそれによってプレイ内容が変わったわけではない。妻と私はプレイし、プレイし、プレイした。なんてこった、こいつは面白かった! (当時は知らなかったのだが、このゲームは1979年にドイツゲーム大賞を受賞している。[※訳注:正しくは1981年。])
ともあれ、1度サクソン熱に憑りつかれてしまった後、私はこの賢い男がデザインしたゲームを探し始めるようになった。これは少々難儀だった。アメリカのゲーム会社は通常、「ミスター・名無し」以外のゲーム・デザイナーによるクレジットを入れることを拒絶していたのである。しかしながら、ヨーロッパではそうでもなかった。
アバロン・ヒル社のゲームの中に『Games & Puzzles ゲームズ&パズルズ』というイギリスのゲーム雑誌の販促用広告を見つけたのである。私は即座に送金し、東から西へと移動することで新世界を発見したコロンブスに倣い、西から東に移動することで全くの新世界を発見した。全く新しい、ゲームの世界である。私は他のゲーマーたちと文通を開始し、そしてその中ではシド・サクソンのゲーム『Holiday! ホリデイ』について何回も言及された。『ホリデイ』が私の所有していなければならないゲームであるということを確信するには、それだけで十分だった。
私はイギリスのゲーム・ディーラーと親しくなり、そして彼は偶然にもシド・サクソンと知り合いだった。私はもちろん感動した。そのディーラーは「ブローカー」に対し、シドと私の間で『ホリデイ』を取引することを提案してくれた。素晴らしい! この取引が結局のところ実現しなかったことを除いては!よし、次はどうしよう?これ以外ないだろう……。
私はゲームに対する興味から、ゲーマーズ・アライアンスを開始する前からいくつかのゲーム集団に参加していた。たまたま、シドもそのうち1つのメンバーだったのだ。私はその事実に勇気づけられ、自ら問題を解決することにした。シドに手紙を書き、『ホリデイ』を別のゲームと交換してもらう提案をしたのだ。シドは返事をくれた。その内容は交換ではなく、招待だった。彼の家に行ってみたいかだって? 束の間の衝撃から回復した後、私はこのチャンスに飛び乗った。しかし正直に言っておくと、この件について色々と考えている間に、私は少し心配するようになり始めていた。作品の素晴らしさだけで判断したその人物に対する感銘に対し、現実が期待に沿えるものではなかったら? 私はその機会を得た。
妻のリンと私はブロンクスまで出かけた。(シドは明快な道順をくれた。それがなければ、サクソン邸に行くまでの曲がりくねった数ブロックで道に迷ってしまっていたことだろう。)シドと愛らしい妻のバーニスは、我々をまるで黄金であるかのようにもてなしてくれた。シドは私に彼の巨大なコレクションを見せて回った。私はそれまでの人生でこのようなものを見たことがなかった。ほとんど全ての部屋にあらゆる種類のゲームがあり、床から天井まで積み上げられているのだ。数十年間も見ていなかったゲーム、それまでに1度も見たことのなかったゲームが、何らかの法則順に従いきれいに並べられていたのだ。そして最後に『ホリデイ』が1つ。とうとう取引を完了するときが来たのである。いや、そうではなかった。シドは『ホリデイ』を再販する希望を持っており、そのためこの1つは自分のコレクションに必要で、よって取引はできないと説明したのだ。もちろん少々落胆したが、現実にその場所にいるということに興奮しすぎていたせいで、落胆は1秒も続きはしなかった。
この時から、シドと私(そしてリンとバーニス)は友人となった。私たちは頻繁に互いを訪問しあった。私たちはあらゆる話題について話すことで夜を過ごした―――家族、政治、そしてもちろん、ゲームについて。
天才というものは珍しい存在である。シドはゲーム・デザインとゲームの歴史に関する信じられないほどの豊富な知識を持ち、そしてそれをいつも喜んで分け与えてくれるような寛大な天才だった。ゲーム・メカニズムやデザイン・アイデアを彼に推敲してもらうためには、多くのことを必要とはしなかったことだろう。
シドと私は頻繁にゲームの交換をした。彼はいつだって自分が所有していないゲームなら何でも興味を持っていたのだ。彼が見たことのないものを持って私が登場することができた場合(なるほどこれは困難な仕事だ)、その事実は彼から山のような熱狂を生じさせることとなった。しかし、皆さんお気づきだろうが、夜の活動の中心はゲーム・プレイだった。我々はあらゆる種類のゲームをたくさんプレイしたが、私のお気に入りはサクソンのデザインたちだった。『It's a Deal イッツ・ディール』(これは後に『Kohle, Kie$ & Knete ゼニ! ゼニ! ゼニ!』となった)や『Plan Ahead プラン・アヘッド』(これは後に『Business ビジネス』となった)、そしていまだに日の目を見ていない他のサクソンの宝物たち、そういった彼のプロトタイプ・ゲームをシドとプレイしたことを覚えている。夜はいつもちょっとした食事で締めくくられた。バーニスはサクソン家では常に完璧なもてなしをしてくれた。お気に入りのデザートはアイスクリームだった。シドのアイスクリームの食べ方を忘れることは決してないだろう:箸を使うんだからね!
シドはいつもゲーマーズ・アライアンスについて私を勇気づけてくれた。組織について大いに気にかけてくれ、そして会報を読んでくれた。文字通り表舞台にいない私のような人間に対し、自分自身と同等に扱ってくれたことが、彼自身の偉大さを表している。我々はニューヨーク市で年に1回開催されるトイ・フェアで落ち合い、そしてしばしば自分たちが見たものに対するメモを見せ合った。(何度か、ゲーム・サンプルや書籍によって押しつぶされそうになっている状態の彼を車で家まで送ったこともある。)私は勇気を出してゲーマーズ・アライアンス・レポートにコラムを書きたくないか尋ねてみた。シドはためらうことなく、喜んでやりたいと言ってくれた。そしてその言葉に忠実に、およそ9年にわたるGAレポートへの鋭いコラムの掲載という結果となったのだ。
我々の訪問のうち、まだシドの健康状態が悪化していなかった最後の頃だったに違いない。我々4人は話し込んでおり、そしてどういうわけか、シドと私がどうやって出会ったのかという内容が会話の焦点となった。私は『ホリデイ』について言及した。そして何が起きたと思う?バーニスとシドは部屋から出ていき、戻ってきたときには私のために『ホリデイ』を持っていたのだ。
シド・サクソンは多くの面で特別な人物だった。ゲーム・デザイナーとしては、あらゆる種類のゲームを作ることができた――アブストラクト、ビジネス・ゲーム、ウォーゲーム、スポーツ・ゲームですらも。個人としては、人に対して公正に、そして敬意をもって接するということに強い信念を持っていた。(政治に関する議論の中で、私は彼が「ボリシェビキ」であることをからかったことがある。)そして彼は愉快なユーモアのセンスも持っていた。(サクソンの自虐的なユーモアは、彼が自分のゲーム『Card Baseball カード・ベースボール』に関する評論を実に楽しんだと私に対して語った際、すぐに明らかとなった。明らかに野球ファンではないその批評家は、このゲームが実際の野球の退屈な側面を全て捉えていると宣言していたのだ!)
ゲームの世界は真の巨人を失った。世界中からの反応によって判断するならば、世界中のゲーマーはこのことを知りすぎるほどよく知っており、彼の喪失は深く悲しまれている。私もこの偉大なゲーム・デザイナーを失って悲しく思っている。しかし私にとっては、友人であるシドを失ったことが、より悲しいのだ。
この号では、私たちは1990年代のGAレポートを彩った独占コラム「シド・サクソンは語る」のいくつかを再録する。加えて、サクソン・ゲームに対する当時のGAレポートの再録と、ニック・サウアーの編纂によるサクソン作品、シドが世界に残し続ける遺産の総目録もお届けする。そしてもちろん、偉大なシド・サクソンの死去に対する思いについて1章を捧げている。最後に、この特別号を真に特別なものにするために貢献してくれた方全員に、心から感謝をお送りする。
次にお会いするときまで、良いゲームを!
編集長 ハーブ・レヴィ (Herb Levy)