学長より

教職の専門性とはなにか

学長 林 泰成


3月で修了される皆さん,ご修了おめでとうございます。

この3年間は、大学も新型コロナウイルス感染症に振り回されました。学内においても感染クラスターが発生しましたし、突然入校禁止にせざるをえない事態に陥ったりもしました。また、講義のオンライン型への変更も、教職員と学生の全員が対応できる環境にあるのだろうかと私も心配しました。院生の皆さんにもたくさんのご不便をおかけしたことと思います。お詫び申し上げます。

報道によれば、政府対策本部は、令和5年5月8日から、新型コロナの感染症法上の分類を、危険度の高い「2類相当」から季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げるようです。沈静化しているからという理由であればよいのですが、感染症の拡大は続いているので、心配する声もあるようです。

新型コロナ感染症の対策に関しては、私のような素人は専門家の意見を信じるしかありません。しかし、専門家と言われる人たちが異なる意見を持っているという状況では、また、だれを専門家とみなすのかさえ確定できない状況では、私たちは対策を決められずにうろたえるばかりです。

さて、教師という職種もまた専門家という名に値する職業です。なぜそう言えるのか。まず制度面では、国によって定められた教職課程を大学で学び終えて教育職員免許状を取得しているということがあります。また内容面では、担当する教科の専門的な内容を理解していること、子どもの発達特性などを理解して子どもの状態に応じて教えることができるということをあげることができます。

しかし、これだけで、本当に専門性が保証されていると言えるのでしょうか。学校教育を経験したという意味では、形式的には、すべての国民が義務教育を終えているわけですし、文科省の「学校基本調査」によれば高校進学率も令和2年度には98.8%になっています。つまり、多くの日本人にとって、自己の経験に基づいて、少なくとも高校段階までの学校教育の在り方を批評することは可能なのです。高等教育機関への進学率も令和4年度には83.8%、大学・短大への進学率も56.6%となっています。親御さんたちがそれぞれの立場でご子息の担任教師についていろいろと批評することも十分にありうることでしょう。

昨年度のご挨拶でも触れましたが、最近、OECD(経済協力開発機構)が「教育2030プロジェクト」で提案している「エージェンシー」という概念が、教育の文脈でよく話題になります。これは、「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力」と説明されています。これからの社会で、子どもたちが他者と協力しながら主体的に学びを進めていく仕掛けを、学校や教師が作っていくことが求められているのです。それと同時に「教師エージェンシー」も求められています。つまり、皆さんは、本学大学院において、教師としての教育を受け、学校実習などを通して実践的なトレーニングを積んだわけですが、そうした本学での経験は、これから教師として他者と協力しながら主体的に学びを進めていく、その学びのきっかけを与えられた(あるいは、そのきっかけをつかんだ)ということなのです。私たちは、まだまだ伸びしろを持っているという意味で、未熟な存在です。さて、どこまで伸びることができるでしょうか。その努力を怠らないという姿勢こそが、教師の専門性を構成するのではないでしょうか。「教師エージェンシー」という概念も、そうした意味合いを含んでいるように私は思います。

皆さんの今後のご活躍を期待しています。