研究紹介
研究の背景
素粒子の標準模型は、1967年のワインバーグの論文により現在の形に書き下され、2012年のヒッグス粒子の発見により遂に完成しました。そのときの興奮冷めやらぬ勢いの迸るような言葉が大栗博司さんのブログに残っているので紹介します:
「標準模型は、20世紀物理学の主要なアイデアである特殊相対論、量子力学、ゲージ理論、対称性とその自発的破れなどが緻密に組み合わされた、人類の知の最高傑作のひとつです。」
標準模型は、特殊相対論と量子力学を止揚した「場の量子論」の言葉で書かれています。これにより、現在人類の知る4つの力のうち、電磁気力、弱い力、強い力の3つは理論的に不可分な形で統一的に記述されることになりました。
しかし、残る1つの力である重力の量子論をどのように矛盾なく構築するか、というのは、過去1世紀以上にわたって難攻不落の、人類の最大の謎のひとつでありつづけてきました。たとえば超弦理論は量子重力をある種の極限として含むと期待される有力な理論ですが、1984年の第一次超弦革命、1994年の第二次超弦革命を経てもなお量子重力の究極理論として完成しておらず、その後の四半世紀以上、第三の革命を待っている状態です。
素粒子の標準模型をプランク・スケール(量子重力のスケール)まで外挿すると、「臨界性」と呼ばれる性質を持っていることが、我々の研究成果を含めた多くの仕事により、分かってきました。このことは、標準模型のヒッグス・セクターが量子重力(弦理論)と直接に絡むのではないかということを示唆しています。
一方、宇宙の分野では、過去30年間の宇宙マイクロ波背景放射を始めとする観測の劇的な進展により、標準宇宙論が輝かしい成功を収めました。しかし、標準宇宙論においては、全宇宙のエネルギーのうち、素粒子の標準模型で説明のつく成分はわずか5パーセントしか無く、残りはすべて未知の暗黒物質と暗黒エネルギー(宇宙項)によって占められ、これらが何なのか?というのは現代科学の最大の謎の一つとなっています。また、標準宇宙論の確立により、宇宙初期にインフレーションと呼ばれる急激な宇宙膨張が起きたことが確実となりました。ちなみにどれくらい急激かというと、1兆の「100億~100兆」倍にもおよぶ急激な空間の膨張が、一番単純なシナリオでは1秒の1兆分の1兆分の1兆分の1よりちょっと短いぐらいの時間で起きたと考えられています。(こんな物凄いことが起きたということが多くの観測結果から支持されている、というのは凄くないですか?)
ここでいった「一番単純なシナリオ」に属するインフレーション模型たちにおいては、インフレーション中に作られた量子重力的な時空の揺らぎが、今後10~20年で、宇宙マイクロ波背景放射や宇宙重力波背景放射(!)の観測に引っ掛かることになる、と予言されています。これは、真に量子重力から来る信号を人類が直接解析できるようになる機会を得るということを意味します。これを通じて、ボトムアップ的に実験や観測を手がかりにしながら量子重力に迫れないだろうか、というのが私の基本的な考え方です。
多くのインフレーション模型の中で、標準模型に含まれる唯一のスカラー場であるヒッグス場がインフレーションを引き起こす「ヒッグス・インフレーション」は、宇宙マイクロ波背景放射の揺らぎの観測結果に対して最良適合を与える最有力の候補の一つです。中でも、我々が標準模型の臨界性に基づいて提唱した「臨界ヒッグス・インフレーション」は、上記の意味で量子重力へのヒントを与えてくれるのではないかと期待しています。
いま研究していること
上記のような背景のもとで、最近やっている研究に関連する、自分たちの論文を列挙します。
(最近のものと、比較的よく引用されているものを挙げました。今までの論文の一覧はこちら(何故か出てくる Yasuo Oda さんは別人です)。)
波束形式の場の量子論
おまけ:相対論的なゲームを作る
Relativity for games (2017) 🔗
かつての研究
比較的よく引用されたものをいくつか挙げます。
AdS/CFT 対応に基づくクォーク・グルーオン・プラズマの重力双対
A Holographic Dual of Bjorken Flow (2009) 🔗
普遍余剰次元模型
Universal extra dimensions after Higgs discovery (2013) 🔗
2022年6月10日 尾田欣也
(6月17日 論文追加)