2025.11.22
男性名、家族名の Anthony, Antony はローマの家族名であるラテン語の Antōnius から借用されたが、それ以上の語源は明らかでない。ラテン語の Antōnius を見る限り、Antony の方が語源に沿っていることになる。Anthony の <th> の綴字は、『英語語源辞典』や OED によるとギリシャ語で「花」を意味する ánthos を語源に持つ連結形 anth(o)- の影響によるもので、OED によると少なくとも15世紀末には <th> を含む綴字が確認されている。前回の「180. anthem ―語源から遠ざかる語形―」と同じく、Anthony はギリシャ語を語源に持たない(ラテン語より前の語源が定かでない)にもかかわらず、類推や過剰修正、民間語源によって <t> が <th> に変化したものと考えられる。人名の中に(似非)語源的綴字が含まれている点で、Anthony は興味深い。また、OED には他言語での主な語形が挙げられているが、フランス語は Antoine、カタルーニャ語は Antoni、スペイン語は Antonio、ポルトガル語は Antônio, Antão、イタリア語は Antonio、オランダ語は Antonius, Antoon, Antonie、ドイツ語派 Anton, Antonius、リトアニア語は Antanas、ポーランド語は Antoni、ロシア語は Anton となっており、<th> の語形は見られない。OED を見る限りでは <t> から <th> への変化は英語独自のものの可能性がある。
Anthony の発音については、/t/ と /θ/ の両方が見られ、OED には綴字に沿った /θ/ の発音が主にアメリカ英語で多く見られるようになったとの記述が見られる。日本語で漢字を使って名付ける場合、どの漢字を使うか、どのような読み方をさせるかを考えるわけだが、英語で Anthony と名付ける場合、/t/ で発音する Anthony と /θ/ で発音する Anthony のどちらにするか考えたりするのだろうかと、素朴な疑問を抱いた。
参考文献
「Anthony, Antony, N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Anthony, N.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/anthony_n?tab=etymology. Accessed 21 November 2025.
キーワード:[hypercorrection] [analogy] [folk etymology] [etymological spelling] [spelling pronunciation] [Latin]