2025.11.21
anthem は古英語から「(交唱)聖歌」の意味で用いられており、1594年から「頌歌;祝歌」の意味でも用いられる。『英語語源辞典』によると中英語期の主な語形は anteme, antim(p)ne, antefen で、古英語の語形は antef(e)n であった。古英語期に中世ラテン語の antefana から借用され、antefana は後期ラテン語の antiphōna「交誦(聖歌)」(antiphon の語源でもある)に相当する。古英語の antef(e)n、中英語の anteme、近代・現代英語の anthem と時代が下るほどに語源であるラテン語の antefana, antiphōna から語形が遠ざかっているように見える。英語の中でどのような変化が起きたのだろうか。
まず古英語の antef(e)n から中英語の anteme への変化であるが、OED によると古英語の antef(e)n における <f> は有声音に挟まれて /v/ と発音されており、/v/ が後続する /n/ に同化(assimilation)して /m/ となった antemn のような語形が古英語から見られた。そして、中英語期に mn の子音群が同化・単純化したことで、anteme のような語形となった。 antef(e)n から anteme への綴字の変化は音変化を表したものと考えられる。
中英語の anteme から現在用いられている anthem への変化については、『英語語源辞典』によると <th> を含む語形は16世紀半ばから見られ、ギリシャ語起源の語にギリシャ語式の綴字を復活させようとした過度矯正(hypercorrection、過剰修正とも呼ばれる)によるものとされている。ギリシャ語の語源に基づいて <th> の綴字に変化したものとして、例えば authentic「真正な、本物の」は中英語期には借用元のフランス語に倣って au(c)tentik などと綴られていたが、語源である後期ラテン語の authenticus やギリシャ語の authentikós に倣って16世紀頃に <t> から <th> に綴字が置き換えられた。このようなラテン語・ギリシャ語に基づいて綴字を <th> に置き換える語源的綴字(etymological spelling)がルネサンス期に見られるようになる中で、anthem のように本来 <th> を含むラテン語・ギリシャ語を語源に持たない語にも <th> の綴字が適用されたことになる。また、anthem に <th> の綴字が用いられるようになったもう一つの要因として、『英語語源辞典』は通俗語源(folk etymology)によって hymn「賛美歌」と関係づけられたことから、antihymn → ant’hymn のように変化した可能性を挙げている。 さらに、OED はフランス語でも同様に <th> を持つ語形が若干数見られたことに言及している。anthem における <th> の綴字は、フランス語の語形を横目に見つつ、ギリシャ語を参照した語源的綴字の存在からの過剰修正、広く捉えれば類推、そして民間語源による hymn との連想と、anthem と語源的には無関係の語からの影響で生まれたと考えられるだろう。
また、th の発音については、現在は綴字に沿った綴字発音(spelling pronunciation)の /θ/ が標準となっているが、OED によると /θ/ の発音は比較的最近のことで、18世紀の文法家や発音辞書は /t/ の発音で記しており、現在も地域方言や非標準的な発音として見られる。
参考文献
「Anthem, N. & V.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「Authentic, Adj」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Anthem, N.” Oxford English Dictionary Online, https://www.oed.com/dictionary/anthem_n?tab=etymology. Accessed 21 November 2025.
キーワード:[assimilation] [hypercorrection] [analogy] [folk etymology] [etymological spelling] [spelling pronunciation] [Christianity] [Latin]