2025.11.1
日本でも「アネモネ」の名で知られる花 anemone は表題の通り /ənéməni/ と発音される。語末の母音字 <e> の発音は綴字の通り /e/ ではなく、また曖昧母音 /ə/ でもなく、/i/ となっている点が気になるところだ。
anemone は1548年に古フランス語の anemoine またはラテン語の anemōnē から借用され、それらはギリシャ語の anemṓnē から借用された。anemṓnē の原義は「風の娘」で、「風」を意味する連結形 anemo-(ギリシャ語の ánemos「風」、印欧祖語で「息をする」を意味する *anə- に遡る)と父祖名由来を示す女性形接尾辞 -ṓnē から成っているが、これは風が吹いているときだけ花が開くと考えられたためであるという。英語において語末の <e> が /i/ と発音されるのは、語源であるラテン語・ギリシャ語で対応する母音が長音であったことが関係すると思われる。
OED の語形欄によると、借用された16世紀当初から anemone の語形が用いられているが、異形として17世紀には enemony、17世紀から19世紀にはanemony、18世紀には anemonie も用いられていたようだ。異形の <-y> や <-ie> の方が /i/ の発音が予測しやすかったかもしれないが、標準形はラテン・ギリシャ語の語源にも沿った anemone で定着したことになる。また、話は逸れるが、17世紀には anenomy、18世紀には anenome のように、鼻音が置き換わってしまった異形も見られ、OED によると anenome の綴字とそれに対応する発音は現在でも比較的よく見られるようだ。
参考文献
「Anemone, N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Anemone, N.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/anemone_n?tab=forms. Accessed 1 November 2025.
キーワード:[spelling-pronunciation gap] [Greek] [Latin] [French] [Indo-European]
あとがき
今日で「『英語語源辞典』でたどる英語綴字史」連載から半年が経ちました。気の向くまま(時折休みつつ)地道に続けてきましたが、半年で進んだのはなんと44ページ目まで。1年経過したときにAで始まる語を読み終えているのか、それとも立ち止まりすぎてAからまだ抜け出せていないのか、どうぞ気長にお楽しみください。