2025.10.25
ancestor は「先祖」を意味し、初出は1300年頃とされている。『英語語源辞典』によると中英語期の主な綴字は auncestre で、借用元の古フランス語の a(u)ncestre に沿ったものとなっている。古フランス語の a(u)ncestre はラテン語の antecessor「先祖」からの借用で、antecessor は「前の」を意味する ante- と「行く」を意味する cēdere から成る動詞 antecēdere の過去分詞 antecessus から派生して行為者接尾辞 -tor がついたものである。
中英語の auncestre から現代英語の標準形 ancestor までの過程には①語頭の aun- から an- への変化、②語中の -s- の固定、③語尾の -re から -or への変化が関わっている。 まず、①については、中英語期にはフランス語の aun- の綴字が(an- の綴字も見られたものの)一般的に用いられていたが、標準が定まるまでに an- に短くなった(Upward and Davidson, p. 92)。②については、語中の -s- が失われた語形(anceter, anster など)が中英語期から17世紀まで見られた(OED によるとイングランド北部・中部方言では現在も見られるようである)が、これはフランス語における発音を反映させたもので、現代フランス語の語形も ancêtre となっている。『英語語源辞典』によると現代英語の標準形 ancestor は古フランス語の綴字 auncestre に倣って、失われる傾向にあった -s- を復元固定化した auncestor が発達したもので、OED は英語ではこの語中の -s- が綴字発音(spelling pronunciation)されるようになったことに言及している。③については、『英語語源辞典』によると現在の標準形は16世紀に語尾をラテン語式に -or としたもので、-re から -or に部分的に語形をラテン語化した語源的綴字(etymological spelling)と考えられる。さらに、現代の標準形にはつながっていないものの、中英語期には古フランス語の対格形 ancesor (ラテン語の antecessōrem からの発達) から借入した ancessour も用いられた。しかし、OED によると中英語期の間に見られなくなったようである。
ancestor は古フランス語の auncestre とラテン語の antecessor に部分的に倣った綴字として標準化し、さらにフランス語では発音されない -s- を綴字通り発音するようになった点で、フランス語との違いも見られる語であることが分かる。
参考文献
「Ancestor, N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Ancestor, N.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/ancestor_n?tab=etymology. Accessed 25 October 2025.
Upward, Christopher, and George Davidson. The History of English Spelling. Wiley-Blackwell, 2011.
キーワード:[etymological spelling] [spelling pronunciation] [Latin] [French]