2025.8.26
「錬金術」を表す alchemy は1376年以前に初出した。『英語語源辞典』によると中英語期の主な語形は alkamie で、/k/ の発音を表す綴字は現在用いられている <ch> ではなく <k> が使われている。また、中英語期の異形として alconomie も用いられており、astronomy の影響によって第2音節以降がこのような語形になったとのことだが、/k/ の音は <c> で表されている。なぜ、いつから <ch> の綴字が用いられるようになったのだろうか。
借用元の古フランス語の語形は alquemie で、<qu> の綴字が用いられていた。ただし、現代フランス語の綴字は alchimie なので、フランス語においても <ch> に綴り直されたことになる。古フランス語の alquemie は中世ラテン語の alchemia から借用したものであり、したがって英語・フランス語における <ch> の綴字はラテン語を参照した一種の語源的綴字と考えられる。ただし、alchemy の究極の語源はラテン語ではなく、さらにアラビア語の al-kīmīyā' から借用したものである(アラビア語の語形は『英語語源辞典』によってアラビア文字からラテン文字に転写されたものを基にしている)。al-kīmīyā' はアラビア語の定冠詞 al- と kīmīyā' から成り、後者はギリシャ語で「金属を変化させる技術」を表す khumeíā, khēmeíā から借用したもので、さらにギリシャ語でエジプトの ‘Blackland’ を表す Khēmíā、エジプト語で「黒い」を表す khem, khame に遡ることができる。あるいは別の有力な説として、アラビア語の kīmīyā' がギリシャ語で「注ぐこと」を意味する khumeíā(さらに印欧祖語で「注ぐ」を表す *gheu- に遡る)からの派生と考えられており、アレクサンドリアの錬金術師がジュースの混合について用いたのに始まるとされている。
さて、話を <ch> の綴字に戻すが、OED によると中英語期から <alchymye>, <alchumine> などの <ch> を含む語形が見られ、さらにフランス語に近い <alquemie> も用いられていた。いつ、どの綴字が優勢であったかについては調査する必要があるが、中英語期から変異として <k>, <c>, <qu>, <ch> の綴字が存在し、近代にかけて <ch> の綴字が標準になっていったと考えられる。
参考文献
「Alchemy, N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Alchemy, N. & Adj.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/alchemy_n?tab=forms#7391638. Accessed 26 August 2025.
キーワード:[etymological spelling] [folk etymology] [Arabic] [Latin] [French] [/k/]