2025.5.7
「物事の初歩」を表す言葉として、日本語には「いろは」がある。「いろは」は「いろは歌」の冒頭の3文字であるが、アルファベットでも相当する単語がある。
一つ目はABCである。言わずもがなアルファベットの初めの3文字であるが、『英語語源辞典』によると第1義が「読み書き」、第2義が「アルファベット」、第3義が「初歩」となっており、いずれも14世紀頃の初出となっている。ちなみに「初歩」の語義での初出は1393年以前で、John Gowerの作品とされている。ABCは英語で作られた語ではなく古フランス語のabeceからの借用語で、中英語期にはabece、apece、abseの語形が確認されている。初期近代英語にはabce、abcieなどの綴りもあり、A、B、Cの3音節ではなく、Bの母音が脱落した2音節の語として用いられていた可能性が考えられる。
もう一つの語はabecedarianで、形容詞としては1651年初出の「アルファベットの」、名詞としては1603年初出の「初学者、(初学者の)教師」の意味で用いられる。生徒と教師両方の意味で用いられる点が興味深い。こちらは中世ラテン語(Medieval Latin、『英語語源辞典』では600年から1500年までのラテン語と区分されている)で「アルファベットの、アルファベット学習者」を意味するabecedāriusからの借用語で、ラテン・アルファベットのA、B、C、Dからできた語である。
「1. A, a (1) ―1文字目のアルファベット―」で少し触れた通り、英語のアルファベットはラテン語から受け継がれ(て変化した)ものであり、ラテン語から発達したフランス語も同様である。アルファベットの冒頭の3文字ないし4文字を基に作られた「初歩」、「初学者」を表す語がラテン語、フランス語、英語で見られること、そして日本語でも同様の表現があることから、文字の順番と物事の順番との意味的結びつきが見えてくる。
参考文献
「ABC, N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「Abecedarian, Adj., & N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。