2025.5.5
「大修道院長」を意味する名詞abbotは、古英語期にラテン語から借用された語の一つである。『英語語源辞典』の語源記述では中英語abbot、abbatから始まり、後期ラテン語abbātem、abbāsから借用したことが記されている。このラテン語はギリシャ語abbâ、abbâsから借用し、「父」を表すアラム語に遡る。古英語から用いられていた語のはずなのに、なぜ中英語の記述から始まっているのだろうかと疑問に思いながら読み進めていくと、古英語ではabbad、abbodの語形で用いられたとあり、ラテン語abbātemが変形した後期ラテン語のabbādemから借用したものであると注記されている。また、特に15世紀から17世紀にabbatが多用されたとも記されている。
『英語語源辞典』の記述をまとめると、古英語ではabbad、abbod、中英語ではabbot、abbat、初期近代英語ではabbat、そして現代英語ではabbotと主に用いられる語形が変遷したことになり、<d>と<t>のどちらを用いるか、第2音節の母音を<o>と<a>のどちらの文字で表すかが焦点となる。
OEDでabbotの語形を確認してみると、α forms(<d>を持つ語形)、β forms(主に<o>、<t>を持つ語形)、γ forms(<a>、<t>を持つ語形)の3つに分類している。
まずは<d>/<t>の問題について。OEDの語源欄における注を見てみると、α forms(<d>を持つ語形)は、ラテン語の単数対格形abbatemにおける母音に挟まれた-t-が有声化して/d/となった、後期ラテン語や初期のロマンス語の発音を反映していると書いてある。古英語の<d>を持つ綴字は借用元の後期ラテン語の発音と綴字を受け継いだものと考えて良さそうだ。ただし、<t>を持つβ forms、γ formsも古英語期に確認されており、OEDではβ formsは元のラテン語語源に基づいて<d>を<t>に置き換えたもの、γ formsはラテン語から再借用したものとある。古英語期から<d>と<t>の変異形があり、中英語期以降には<t>の綴字が定着したようだ。
次に第2音節の母音を表す<o>/<a>の綴りについて、OEDでは初期古英語における強勢が置かれないāが短母音化し、oになった可能性が指摘されている。<a>の綴字を持ち、ラテン語から再借用したものとされるγ formsは後期古英語から見られるようだが、『英語語源辞典』で初期近代英語で多用されたと記述されていることを考えると、元のラテン語abbātemが<a>を持つことを反映した、語源的綴字に似た動機が背景にあるのかもしれない。
古英語から中英語まで<d>/<t>の変異形を、古英語から近代英語まで<o>/<a>の変異形を持ち、最終的に現代のabbotの綴りが標準となったようだ。
参考文献
「Abbot, N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Abbot, N.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/. Accessed 5 May 2025.
キーワード:[Latin]