2025.5.8
abetは「扇動する、けしかける」、「教唆する」の意味を表す動詞で、中英語期からabette(n)の語形で用いられている。古フランス語のabeterから借用され、「3. 8種類もある接頭辞a-」で紹介したラテン語接頭辞ad-の<d>が落ちた接頭辞a- (4)と「噛みつかせる」の意味を持つbeterで構成されている。beterは「しつこくいじめる、犬をけしかける」、「餌を与える」などを表すbaitの語源である古ノルド語のbeitaから借用された可能性があるが、『英語語源辞典』によれば疑問の余地があるようだ。また、「犯罪を唆す」の意味で用いられたのはシェイクスピアのThe Comedy of Errorsが初出とのこと。
abetを語根に持つ名詞abetmentはアングロ・フレンチのabetementから中英語期に借用されたが、中英語の語形として、abettementの他に語頭がa-ではなくan-となっているanbettymentが挙げられている。このanbettymentが初出の綴字だそうだが、『英語語源辞典』はこれを接頭辞a- (4)とan- (1)との混同によるものであると説明している。ここでの接頭辞an- (1)とはannexやannounceのように、ラテン語接頭辞ad-のdが後続する子音nに同化したものを指す。announceのように接頭辞の次にnで始まる要素が続くのであれば納得できるが、abetmentでa-の後に続くのはbである。なぜabetmentのa-の元がan-だと(勘違い)されたのだろうか。
abetmentをOEDで引いてみると、anbettymentのan-は接頭辞on-が弱化したan-やa-との混同によるものであると説明されている。これらは『英語語源辞典』で分類するところのa- (1)に相当する。『英語語源辞典』の説明であればa-とan- のどちらも同じ語源ad-に遡る一方で、OEDの説明であればなぜnが入ってしまったのかが説明できる。
anbettymentと綴った中英語期の人物が何を思って<n>を入れたのかは定かではないが、中英語期の人も、はたまた現代の辞書編纂者でさえも、接頭辞a-が何に遡るものなのかを分類・区別するのは骨が折れるようだ。
参考文献
「Abet, V.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「Abetment, N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「An- (1), Pref.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Abetment, N.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/abetment_n?tab=etymology#11112396. Accessed 7 May 2025.