紅麹問題に関する当研究室での分析の記事が各紙、web上に出ています。
Yahoo !(プベルル酸上回る量の物質を検出 紅こうじ、被害主因の特定難航か(共同通信) - Yahoo!ニュース )
当方で行った解析とその解釈、報道の表現に関する問題点等を以下に解説します。
4/10(水)共同通信から分析依頼を受ける*。週末中にサンプルを授受。
4/15(月),17(水),19(金)に解析を実施。
4/22(月)共同通信の取材を受ける(抽出法、測定のデモを行う)
5/8(水)新聞記事として掲載
*当初は被疑製品からプベルル酸を検出して欲しいとの依頼でした。プベルル酸の標準品(試薬)が直ちに入手できない状況であることから仮に何らかのピークが検出されたとしてもそれをプベルル酸であるとは断定できないことを理解して欲しいと念押しした上で依頼を受けました。
前述のように、当初は被疑製品からプベルル酸を検出して欲しいとの依頼でした。
報道の都合上、時間に制約があることから迅速に何らかのデータを入手することが求められますが、プベルル酸の標準品(試薬)が直ちに入手できない現状では被疑製品と対照製品との検出データの比較しかできないと判断しました。
研究室保有の測定機器(HPLC-PDA, LC-MS/MS)の使用を念頭に文献調査を行い、最速でプベルル酸と思われる物質を抽出、検出しやすい方法を検討しました。なお、プベルル酸については論文数が極めて少なかったため、比較的構造が類似しているstipitatic acidについても調査を行いました。
結果として、錠剤成分を含む非常に多くの物質を含む製品における網羅的解析においてサンプルの高度な精製が必要となるLC-MS/MSによるプベルル酸の測定は不向きであると判断し、測定感度には不安があるもののHPLC-PDAでの測定を決断しました(注:この時点でUVスペクトルを持たない候補成分は脱落していることになります)。
プベルル酸の測定条件を示唆する論文として北里大学大村教授のラボの論文(分取HPLC)を見つけたので(PMID: 2106342)、その論文を参考に測定系を組み立てることにしました。すなわち、メタノールを有機溶媒とする酸性の移動相を使用し、検出波長270 nmで測定を行うこととしました。
また、同文献ではアオカビ培養上清からの抽出を行っており、プベルル酸はメタノールに易溶、水に難溶であるとの記載があったため、液液抽出ではメタノール以外の有機溶媒を用いることとし、有機溶媒相を窒素乾固後のHPLCへの注入溶媒にはメタノールを選択しました。
抽出・測定方法の立案、予備検討実施後に共同通信よりプベルル酸以外の候補成分も検出することが出来ないかとの依頼を受けたので抽出法は変更せず(注:何を測定標的とするかがわからないのでこうせざるを得ませんでした。よって、水相に含まれる候補成分あるのであればそれはこの時点で脱落していることになります)、HPLC-PDA(190~800 nm)で測定したサンプルの全波長のピークを確認することにしました(参考:紅麹サプリ、原料サンプルからプベルル酸以外に2物質を確認 国の研究所が分析)。
結果は報道にあるとおりです。
紙上の測定データでは以下の表記が欠落しています
図表において測定波長の情報が欠落しています。下段のグラフは270 nmでの測定結果、上段は他の波長での測定結果を表しています。270 nmは既報(PMID: 2106342)でプベルル酸が検出されている波長になります。上述のように本測定ではPDAのフルスキャンを行っていますが、他の波長で特徴的なピークが観察されたためこれを取り上げました。
「プベルル酸を上回る量の化合物」あるいは「今回の抽出・測定条件では、プベルル酸とみられる物質よりも少なくとも数倍多く検出された」との表記について
未知の物質が存在することはピークの存在を考えると紛れもない事実ですが、そもそもこれが何かがわからないこと、標品が無く濃度比較が出来ないこと、測定波長も異なること等を考えると、「この表現に問題がある」と、分析を行っているプロの方々に指摘を受けるのは当然ですし、私自身もそう思っています。また、標的物質の抽出過程における損失や水相への残存が考慮されていないことも大きな問題であり(上述、注も参照)、事実(本質)を知るためには更に様々な検証を重ねることが必要であることは言うまでもありません。
当方でも両者を比較することについては、これらの問題点が内在すること取材時に指摘しましたが、どうしてもこの問題を強調したいとの先方の意図があったため、『両者の比較はそもそも意味は薄いが、「今回用いた抽出法、測定法においては、プベルル酸と思われるものとの比較において、未知の化合物が同等あるいは少なくとも数倍は存在する可能性がある」という表現であればぎりぎり使えるかもしれない』とお伝えしました。結論として、新聞報道においてはそのような曖昧な表現が出来なかったものと推察されます。先方からは10倍程度多いと言ってもいいのではないか、と言われましたがそれは否定しています。
「未知の化合物が脂に溶けやすい性質」であるとの表記について
上段グラフの未知化合物の測定ではグラジエント法を用いており、有機溶媒濃度が高い24 minで未知の化合物が検出されたため「未知化合物は脂溶性が高い物質であると想定される」とコメントしたことに起因しています。
データの再現性について
今回の実験では条件を変えながら都合3回の実験を行っています。いずれの実験における測定においても両ピークが被疑製品で確認されており、再現性はあるものと考えています。