RESEARCH

(English version)

現在、以下3つのテーマについて研究しています。1は生物物理学、2はソフトマター物理学、3は材料工学の研究であるため、一見すると相関が無いように思われるかもしれません。しかし、1:生命現象の物理的理解のためには、バルク系と異なるミクロ2:細胞サイズ空間での分子の振る舞いを知ることが必要不可欠です。逆に、2が分かることで生命と物質との違いを明確化できると考えています。こうした基礎研究から得られた知見や実験的技術を用いることで、従来とは異なる視点から3:材料工学へ貢献したいと考えています。このような複合領域にある研究を、物理,化学,生物,工学といった異なるバックグラウンドを持つメンバーが集まり、互いの興味や視点、強みを交換しつつ行っています。

1.細胞モデルを用いた生命現象の物理的理解

細胞膜の基本構造であるリン脂質2分子膜からなる小胞(リポソーム; ベシクルとも呼ぶ)は、その高い生体親和性や生分解性から、内包薬物を輸送する医薬品や化粧品のカプセル材料等として応用されるだけでなく、シンプルな細胞モデルとしても汎用されている。その理由として、リポソームは生細胞が示す現象を物理的観点から理解する上で有用であることが挙げられる。例えば、リポソームは高浸透圧下での脱水に伴い、赤血球状や腸細胞のようなチューブ状といった実際の細胞にも良く似た形へ変形し、またその殆どは熱力学的な平衡状態として記述できる。さらに、多成分の脂質からなるリポソームでは、温度等の環境の変化に伴い膜内相分離し、細胞膜における脂質ラフト様の構造を形成する(詳細はこちら)。一方、膜のみからなるリポソームは、細胞質や細胞骨格を持たないため、全ての細胞形状を再現することできない。また、医薬品用カプセルとして応用する上でも、内包物を目的の場所へ輸送する前に崩壊してしまう等、脆弱性が指摘されている。こうした背景から我々は、リポソーム内部へ細胞質のモデルとして高濃度高分子溶液を添加した系 [1] や、DNAナノテクノロジー技術を応用してDNAからなる骨格構造で支持された系 [2]を展開してきている。こうした内部構造の力学的特性が支配するリポソームの膜変形解析から、生細胞の示す形の制御原理の解明を目指している。さらに、複数のリポソームを互いに膜接着させることで、孤立した細胞だけでなく、細胞組織の形の成り立ちを理解する試みも始めている[3,4]。

  • 細胞質や細胞骨格などの力学特性が支配するリポソームの形態変化

  • 細胞モデルを多数膜接着させた細胞組織組織モデルを用いた生命現象の理解


[1] C. Kurokawa, et al., 2017, PNAS, 114:7228-7233, "DNA cytoskeleton for stabilizing artificial cells"[2] K. Fujiwara and M. Yanagisawa, 2017, Soft Matter, 13:9192-9198, "Liposomal internal viscosity affects the fate of membrane deformation induced by hypertonic treatment" [3] S. Fujiwara, et al., 2020, 11:701, Micromachines, "Microfluidic formation of honeycomb-patterned droplets bounded by interface bilayers via bimodal molecular adsorption""[4] C. Watanabe, et al., 2020, Soft Matter, 16:4549-4554, "Liposomal adhesion via electrostatic interactions and osmotic deflation increases membrane tension and lipid diffusion coefficient"

2.細胞サイズ空間での高分子の拡散・相転移・相分離の解明

細胞内では 300mg/mLともいわれる、多量の生体高分子が存在する。分子の異常拡散やエルゴード性の破れが生じることが分かっており、 その要因として、高分子混雑に由来する高分子の粘弾性化に伴う遅い異常拡散が提案されてきた。 我々はごく最近、バルクでは通常拡散を示す高分子溶液を、リン脂質膜で覆われた細胞モデルへ閉じ込めると、 高分子混雑環境かつ細胞サイズ閉じ込めでのみ拡散挙動が変化することを見出した [1,2,3]。 この結果は、従来のモデルとは異なり、細胞膜によるマイクロサイズ閉じ込めと高分子の混雑協奏によって、 細胞内の異常拡散性が創発されていることを示唆する。 我々はこの考えのもと、細胞モデルを用いて細胞内異常拡散を生み出す物理的要因の解明を目指して研究を行っている。またこの要因を解明することは、未解明なままとなっている細胞サイズ空間での相分離誘起 [3,4] や遺伝子発現加速 [5] といった相転移や化学反応系へ閉じ込めの影響を導くことに繋がると考えている。

  • 蛍光相関分光法(FCS)を用いた細胞モデル中での分子拡散

  • 細胞モデル中での生体分子のナノ構造転移とゲル化

  • 細胞モデル中での生体高分子混合溶液の相分離


[1] C. Watanabe and M. Yanagisawa, 2018, PCCP 20:8842-8847, "Cell-size confinement effect on protein diffusion in crowded poly(ethylene)glycol solution" [2] K. Harusawa et al., 2021 Langmuir, 37:437–444, "Membrane surface modulates slow diffusion in small crowded droplets"[3] C. Watanabe et al., 2020, J. Phys. Chem. B, 124:1090, "Quantitative Analysis of Membrane Surface and Small Confinement Effects on Molecular Diffusion"[4] N. Biswas, M. Yanagisawa, et al., 2012 Chem. Phys. Lett., 539:157-162, "Phase separation in crowded micro-spheroids: DNA-PEG system"[5] A. Kato, M. Yanagisawa, et al., 2012, Sci. Rep., 2:283, "Cell-Sized confinement in microspheres accelerates the reaction of gene expression"
Molecular diffusion measurement in a cell model using FCS [3]

3.細胞模倣によるミクロ材料創成

細胞内には、液状の細胞質だけでなく、アクチン等からなるゲル状の細胞骨格も存在している。こうしたミクロ空間での液体と固体(ゲル)との共存状態を模倣することにより、ミクロゲルの形を温度のみで変化させたり[1, 2]、 閉じ込めサイズのみでゲルの硬さを変化させたり[3]することができることを見出した。こうした変化は、ミクロ空間閉じ込めに伴うゲル化高分子と膜界面との相互作用(濡れ性や親和性)、ゲル化と相分離の進行速度の差といった、物理的パラメーターによって生じる。今後は、研究2:ミクロ空間でのゲル化や相転移の基礎研究と対応付けながら、ゲル化空間を介したゲルの形や力学特性の制御法を確立する。

  • ゲル化空間を介した高分子ゲルの形や力学特性の制御

  • ミクロゲル単体の新規粘弾性測定法


[1] M. Yanagisawa, et al., 2014 PNAS, 111:15894, "Multiple patterns of polymer gels in microspheres due to the interplay among phase separation, wetting, and gelation"[2] K. Koyanagi, et al., 2019 Langmuir 35:2283, "Sol-gel coexisting phase of polymer microgels triggers spontaneous buckling "[3] A. Sakai, et al., 2018 ACS Central Science, 4:477, "Increasing elasticity through changes in the secondary structure of gelatin by gelation in a microsized lipid space"[4] A. Sakai, et al., 2020, Langmuir 36:5186, "Cyclic micropipette aspiration reveals viscoelastic change of a gelatin microgel prepared inside a lipid droplet"
Spontaneous buckling of microgels [5]
Gelatin gels prepared in smaller microemulsions have higher elasticity. [6]