現在、以下3つのテーマについて研究しています。1は物性物理学、2は生物物理学、3は材料工学の研究です。こうした幅広い研究を、物理,化学,生物,工学といった異なるバックグラウンドを持つメンバーが、国内外から集まり、互いの興味や視点、強みを生かすことで、展開しています。参加する主な学会は、物理学会と生物物理学会です。
ソフトマターとは、高分子、液晶、コロイド、生体分子(タンパク質、DNAなど)、ゲルなど、柔らかい物質の総称である。こうした材料は、我々の身の回りにあふれているが、長らく物理学の研究対象ではなかった。1991年にノーベル物理学賞を受賞したPierre=Gilles de Gennes氏は、こうした言わば「ぐにゃぐにゃした柔らかい物質群」にも、普遍的な性質があることを見出した。
我々は現在、生物や細胞に着想を得たソフトマターの実験的研究を行っている。実際の生物や細胞を使わず、すべて既知の物質から生物や細胞のような状況を実験的に作り上げ、その制御と測定から、背後に潜む物理的原理を解明するというアプローチに高い独自性がある。例えば細胞は、2次元の膜で覆われた小さな液滴と捉えることができる。細胞は、分子の大きさより3桁以上大きいため、膜近傍を除けば、細胞というミクロ空間閉じ込めの影響は無視できると考えられていた。こうした従来描像に対して、細胞内のように分子濃度が高い環境下では、膜と分子の相互作用が無視できず、試験管中のような大きな系とは異なる熱平衡状態が実現されることを報告きた。例えば、高分子鎖長の空間分布、タンパク質間の静電相互作用が分子拡散、異なる分子間の相分離といったよく知られた現象が、分子より3桁以上大きな空間サイズ閉じ込めで変化することは物理的に興味深い。こうした研究を実験やシミュレーションとともにすすめている。
蛍光相関分光法(蛍光強度ゆらぎの自己相関から分子拡散を評価する)による人工細胞での異常な分子拡散
非平衡な化学反応系を伴う人工細胞中でタンパク質がしめす異常拡散
荷電コロイドや生体高分子ゲルがしめす長時間のエージングと粘弾性転移
超多分散な熱的粒子系(高分子溶液)、非熱的粒子系(エマルション)の普遍的性質や
細胞膜の基本構造であるリン脂質2分子膜からなる小胞(リポソーム; ベシクルとも呼ぶ)は、その高い生体親和性や生分解性から、内包薬物を輸送する医薬品や化粧品のカプセル材料等として応用されるだけでなく、シンプルな細胞モデルとしても汎用されている。その理由として、リポソームは生細胞が示す現象を物理的観点から理解する上で有用であることが挙げられる。例えば、リポソームは高浸透圧下での脱水に伴い、赤血球状や腸細胞のようなチューブ状といった実際の細胞にも良く似た形へ変形し、またその殆どは熱力学的な平衡状態として記述できる。さらに、多成分の脂質からなるリポソームでは、温度等の環境の変化に伴い膜内相分離し、細胞膜における脂質ラフト様の構造を形成する(詳細はこちら)。一方、膜のみからなるリポソームは、細胞質や細胞骨格を持たないため、全ての細胞形状を再現することできない。また、医薬品用カプセルとして応用する上でも、内包物を目的の場所へ輸送する前に崩壊してしまう等、脆弱性が指摘されている。こうした背景から我々は、リポソーム内部へ細胞質のモデルとして高濃度高分子溶液を添加した系 [1] や、DNAナノテクノロジー技術を応用してDNAからなる骨格構造で支持された系 [2]を展開してきている。こうした内部構造の力学的特性が支配するリポソームの膜変形解析から、生細胞の示す形の制御原理の解明を目指している。さらに、複数のリポソームを互いに膜接着させることで、孤立した細胞だけでなく、細胞組織の形の成り立ちを理解する試みも始めている[3,4]。
細胞質や細胞骨格などの力学特性が支配するリポソームの形態変化
細胞モデルを多数膜接着させた細胞組織組織モデルを用いた生命現象の理解
細胞内には、液状の細胞質だけでなく、アクチン等からなるゲル状の細胞骨格も存在している。こうしたミクロ空間での液体と固体(ゲル)との共存状態を模倣することにより、ミクロゲルの形を温度のみで変化させたり[1, 2]、 閉じ込めサイズのみでゲルの硬さを変化させたり[3]することができることを見出した。こうした変化は、ミクロ空間閉じ込めに伴うゲル化高分子と膜界面との相互作用(濡れ性や親和性)、ゲル化と相分離の進行速度の差といった、物理的パラメーターによって生じる。今後は、研究2:ミクロ空間でのゲル化や相転移の基礎研究と対応付けながら、ゲル化空間を介したゲルの形や力学特性の制御法を確立する。
ゲル化空間を介した高分子ゲルの形や力学特性の制御
ミクロゲル単体の新規粘弾性測定法