Liposome

生物の基本単位である細胞は、機能や環境に応じて、さまざまな形へ変形します。この変形の原理を明らかにするため、細胞を覆う細胞膜の基本的な構成成分である、リン脂質からなる膜小胞(リポソームやベシクル)を細胞膜モデルとして用いる研究が発展しました。

細胞とほぼ同じ大きさのリポソーム(約5-10 um)はとても柔らかく、脱水に伴って、球状だけでなく、赤血球状やチューブ状など、様々な形へと変形します。特に1980年代の宝谷らによる発見:赤血球状のリポソームが脱水変形(膜面積と体積の比率の変化に伴う変形)、は大きなインパクトを残しました。その後、理論的研究が進展し、脱水に伴うリポソームの形は、実験で制御している膜面積/体積比に加えて、膜を構成する分子の表側と裏側の分子数の差によって生じる、ということが分かってきました。

同じく1980年頃、細胞膜を構成する多くの脂質が、膜面上で不均一な分布をとることが指摘され始めます。その代表が、ステロールとスフィンゴ脂質が局在する「脂質ラフト」です。ラフトと呼ばれる所以は、機能を担う膜タンパク質を脂質ラフト部分へ集積させることで、その発現を支援する場となるためです。

リポソーム研究も、脂質ラフトの影響を受け、多成分の脂質からなる系を扱うようになります。また、脂質を可視化する技術も発展し、2000年になると特定の脂質が膜上で局在する様子を蛍光顕微鏡により直接観察することができるようになりました。代表的な系は、相転移温度の異なる2種類のリン脂質にコレステロールを加えた3成分系です。この系は、温度を下げることでリン脂質間の仲が悪くなり、自発的に相分離します。

私達も、2007年頃から3成分リポソームを用いて、脂質が分離する様子を解析し、膜の変形と脂質間の分離パターンが強く相関することを見出しました [1, 2]。油と水のように、2種類の脂質が分離すると、その境界には張力が働きます。そのため、境界を小さくするようにリポソームは括れます(小胞化, budding)。


相分離前にリポソームを脱水し、膜面積・体積比を大きくさせることで幾何学的束縛を緩めると、左図に示すように、通常の球状リポソームで見られる相分離パターンや、均一なリポソームでの脱水変形では見られない、様々なパターンが現れます。例えば、小胞化の向きが外側から内側へ転移したり、ストライプ状や数珠状といった周期的なパターン等が見られます[1, 3]。

今日では、例えば膜タンパク質やそれを模した高分子を添加することによって、より多くのリポソーム形状や相分離パターンを生み出すことが出来るようになってきました。例えば、上記の図にあるドメインサイズは、マイクロメートルですが、膜タンパク質のような大きな分子を添加し、分子間の立体斥力や界面張力の低下によって、脂質ラフトのようなナノメートルサイズのドメインを生み出すことも出来ます。しかし、熱力学的に安定であるドメインに対し、脂質ラフトは不安定で出来たり消えたりを繰り返すなど、違いも多く、脂質ラフトの形成メカニズムにおける物理的解明が待たれています。

さらに実際の細胞膜には、多量の膜タンパク質が含まれており、膜を支える細胞骨格やその内部に存在する細胞質など、様々な分子と共に、その構造を制御しています。これらの役割を考慮しつつ、細胞膜の構造と形態の基本的な制御機構を明らかにすることを目指しています。


1. 柳澤実穂, 「脂質膜小胞における膜内相分離と膜変形」, 日本物理學會誌, 68:534-537 (2013)2. M. Yanagisawa et al., "Growth dynamics of domains in ternary fluid vesicles", Biophys. J., 92:115-125 (2007)3. M. Yanagisawa et al., "Shape deformation of ternary vesicles coupled with phase separation", Phys. Rev. Lett. 100:148102 (2008)4. M. Yanagisawa et al., "Micro-segregation induced by bulky-head lipids: ...", Soft Matter 8:488-495 (2012)