本シンポジウムは、トヨタコンポン研究所 探査プロジェクト「未踏探索の原理と限界」(2023年-2025年)のこれまで2年間の活動の一環として開催されます。
本プロジェクトにおいて、我々は広い意味での「未知」の探索という問題に取り組んでいます。探索は生命現象、社会活動、工学技術、情報学を含め、多様な分野や現象において重要となるプロセスです。その中でも、個や集団が有する現時点での知識や形質には含まれないにもかかわらず、しかしそれを見つけ出す事によって集団や集団の知識に大きな利益や革新をもたらすものの探索、つまり0を1にする「未知の何か」の探索と発見は、科学・工学・産業のみならず生命の進化にもかかわるステップです。
本プロジェクトではこのような「何か」を未踏、それを見つけだすプロセスを「未踏探索」と定義し、未踏探索の原理と限界、つまり未踏探索の効率を高める理論・アルゴリズム・方法論、そして未踏探索における達成限界を明らかにする研究を展開してきました。具体的にはまず、関係諸分野に潜在する未踏探索としての課題を明らかにすることを目的として、「個と集団」「分子メカニズム」「数理情報技術」に着目したワークショップを4回開催してきました(プログラムについてはこちらを参照)。また並行して、未踏探索を扱いうる数理理論基盤の構築を進めてきました。
2025年度から開始した学術変革領域A「進化情報アセンブリによる生命機能の創出原理」は、その提案のアイディアの中核に、本プロジェクトワークショップでの様々な有識者との議論が反映されています。
そのような経緯をもとに学術変革領域Aと合同で開催される本シンポジウムは、プロジェクトの一旦の総括であるとともに、学術変革領域Aの背景となる様々な事例を関係者の皆様と共有する場にできたらと考えています。
13:20 13:30 オープニング (小林)
セッション1: (チェア:小林)
13:30 14:00 鈴木誉保 (順天堂大学 大学院医学研究科)
進化情報技術で探る形質進化のアセンブリ―則
14:00 14:30 新村芳人 (宮崎大学農学部獣医学科)
嗅覚受容体遺伝子の進化とゲノムの「ゆらぎ」
14:30 15:00 戸田 安香 (東京科学大学生命理工学院)
脊椎動物における嗜好味の起源と進化
15:00 15:30 コーヒーブレイク
セッション2: (チェア:鈴木)
15:30 16:00 河口 理紗 (東京大学薬学系研究科)
計算生物学とAIで解き明かす生命の摂動 ―不均一な細胞集団が生み出す確率的遷移過程―
16:00 16:30 若本 祐一 (東京大学 大学院総合文化研究科)
細胞の恒常性と適応性の背景にある遺伝子発現の量比保存構造
16:30 17:00 コーヒーブレイク
セッション3: (チェア:永野)
17:00 17:30 梅野 太輔 (早稲田大学・先進理工学部・応用化学科)
タンパク質のタンパク質が接木される「進化学的」理由
17:30 18:00 小林 徹也 (東京大学・生産技術研究所)
進化・情報・物理を横断する変分原理
18:00 講演者・参加者のMixer(コンベンションホールホワイエ)
ご挨拶 菊池昇様(トヨタコンポン研究所代表取締役所長)
セッション4: (チェア:澤井)
10:30 11:00 斉藤 稔 (広島大学・統合生命科学研究科)
数理モデリングから迫る、変形細胞の集団動態
11:00 11:30 筒井和詩 (東京大学 総合文化研究科)
集団における不均質性と協調行動
11:30 12:00 永野 惇 (名古屋大学 生物機能開発利用研究センター)
野外環境におけるトランスクリプトーム変動
12:00 13:00 ランチ
セッション5: (チェア:斉藤)
13:00 13:30 田上 俊輔 (理研 横浜 高機能生体分子開発チーム)
構造・合成生物学で探る最終共通祖先以前の進化
13:30 14:00 藤島 皓介 (東京科学大学地球生命研究所:ELSI )
RNA ligaseの逆反応による塩基選択的RNA分解
14:00 14:30 市橋 伯一 (東京大学,大学院総合文化研究科)
多様性の進化と絶滅への進化
14:30 15:00 コーヒーブレイク
セッション6: (チェア:小林)
15:00 15:30 中垣 俊之 (北海道大学 電子科学研究所)
環境の複雑さに応じた原生生物の行動
15:30 16:00 澤井 哲 (東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 相関基礎科学系)
動く細胞の多細胞化とアセンブリー規則
16:00 16:30 クロージング
渡部 浩康 様 (トヨタコンポン研究所 取締役)
鈴木誉保 (順天堂大学 大学院医学研究科):進化情報技術で探る形質進化のアセンブリ―則
枯葉にそっくりな蝶の模様、環境のいたるところに生息する細菌の生存戦略など、生物の精巧なシステムはどのようにして進化してきたのでしょうか?演者は、進化情報技術を開発し、数千万年にわたる進化を解析し、その根本原理を解明してきました。本講演では、細菌の環境適応戦略とその進化を主な話題とし、構成要素の組み合わせを変更しながら、形質空間を探索し環境に適応してきた「進化アセンブリ―則」をご紹介します。
新村芳人 (宮崎大学農学部獣医学科):嗅覚受容体遺伝子の進化とゲノムの「ゆらぎ」
匂いの受容は、鼻腔の嗅上皮で発現している嗅覚受容体(olfactory receptor, OR)に匂い分子が結合することにより始まる。OR遺伝子は哺乳類最大の遺伝子ファミリーを形成しており、その数はヒトで約400個、マウスで1100個、ゾウでは2000個にも及ぶ。ゲノム中にコードされているOR機能遺伝子の数は、その生物の嗅覚能力を反映していると考えられている。本講演では、ゲノムの「ゆらぎ」によって、OR遺伝子数が大きく変動しうる例を紹介する。
戸田 安香 (東京科学大学生命理工学院):脊椎動物における嗜好味の起源と進化
味覚は、食物に含まれる栄養素や毒物・腐敗に関する情報を取得する重要な役割を果たす。近年、味覚受容体の受け取る味物質が食性に応じて柔軟に変化することが分かってきた。本発表では、鳥類や霊長類の甘味・旨味受容体に関する研究内容を中心に、脊椎動物における嗜好味の起源と進化についてご紹介したい。
河口 理紗 (東京大学薬学系研究科):計算生物学とAIで解き明かす生命の摂動 :不均一な細胞集団が生み出す確率的遷移過程
ヒトの様々な形質を決定する要因として、遺伝要因は大きな割合を占める一方で、一卵性の双子やクローン個体のように、遺伝的に同一の個体であっても著しく異なる形質を示すことがあります。こうした違いは、環境の変動、あるいは発生過程におけるなんらかの偶発的な事象に起因する可能性があります。しかし、ヒトや既存のモデル生物たちを使った実験による研究では、遺伝要因と環境要因の影響を厳密にコントロールした個体群の研究は困難でした。我々はココノオビアルマジロ(Dasypus novemcinctus)の一卵性の兄弟を同じ環境下で育成することで、遺伝要因と環境要因の影響を可能な限り除くことに成功しました。トランスクリプトーム・エピゲノムの経時的解析により、発生の初期に確率的に生まれた小さなゆらぎもが成熟個体の多様性を決定する確率的カナリゼーションという現象を検証しました。これらの解析結果を紹介するとともに、様々なゆらぎが生み出す細胞、そして個体レベルの個性について議論します。
若本 祐一 (東京大学 大学院総合文化研究科):細胞の恒常性と適応性の背景にある遺伝子発現の量比保存構造
細胞は様々な環境に柔軟に適応する一方で、多様な環境変化に対して内部の基幹プロセスを保つ恒常性を示す。このような適応性と恒常性を実現する複雑系の設計原理とはどのようなものだろうか?今回の講演では、細菌からヒト細胞までに普遍的に見られる遺伝子発現の階層的な量比保存構造について紹介し、これが細胞の適応とどのように関係するか議論する。
梅野 太輔 (早稲田大学・先進理工学部・応用化学科):タンパク質のタンパク質が接木される「進化学的」理由
「接ぎ木(Grafting)」という技術は,別種の植物体を合一させ,両者の「いいとこ取り」を可能とする,園芸界の伝統技術である.しかしわざわざ労をとって繋げるからには,その縁組には,「1+1=2」(同床異夢)ではなく,連結しなければ発現しえなかった,何らかの価値のAufhebenを期待したくなる.
演者は,複数の無関係なタンパク質に融合(結婚)・進化(馴化)を強要すると,それらの間には,高い頻度で,互いに「制御しあい」「互いの進化を促し会う」建設的な関係が生まれることを見出した.それどころか,ただ結婚相手に恵まれるだけで,タンパク質という高分子は,その「新しい機能」を身につける能力(evolvability)を,著しく高めるらしいこともわかってきたのである.やはり人も高分子も,ひとり孤高に働くよりは,仲間と繋がり,ともに励まし合いながら生きてゆくべき....か?
信じるか信じないかは,あなた次第である.
小林 徹也 (東京大学・生産技術研究所):情報・進化・物理を横断する変分原理
生命機能を理解する視点は様々なものがある。例えば生物の適応的な振る舞いに着目した場合、その情報処理的な最適性を理解するアプローチは計算論的生物学と呼ばれている。一方物理的な観点からは、生命機能の物理的な制約と熱力学的なコストがどのような機能の実現に関わるかが調べられている。そして進化生物学の観点からは、機能が以下に進化的にうまれ維持されてきたのか、という問いかけがなされる。ではこれら異なる視点と分野からの知見を統合する土台はあるのであろうか?本発表ではそのような候補として、情報、進化、そして物理を横断する変分原理について紹介する。
斉藤 稔 (広島大学・統合生命科学研究科):数理モデリングから迫る、変形細胞の集団動態
細胞の変形動態は組織の剛性・流動性を決定しうる重要な要素である。細胞変形が組織全体に与える効果を紐解くためには、自由な変形を記述でき大規模な細胞集団を扱えるような柔軟な数理モデルが必要となる。我々は細胞形状とその変形を記述する数理モデルを開発し、多様に変形する細胞集団の大規模シミュレーションを可能とした。講演ではこのモデルの応用と発展を紹介する。
筒井和詩 (東京大学 総合文化研究科):集団における不均質性と協調行動
集団内の個体不均質性は集団の機能や振る舞いに影響を与えると考えられている。本発表では、強化学習エージェントによる計算機シミュレーションを用いて、個体不均質性が集団狩猟の捕食成功にどのような影響を与えうるのかをご紹介したい。
永野 惇 (名古屋大学 生物機能開発利用研究センター):野外環境におけるトランスクリプトーム変動
生物本来の生育場所である野外では、温度や光などが刻一刻と複雑に変化する。本発表では、多数の野外サンプルのトランスクリプトームデータを取得し、気象データと合わせて解析することで、実環境における遺伝子発現応答を研究するアプローチに関してご紹介したい。
田上 俊輔 (理研 横浜 高機能生体分子開発チーム):構造・合成生物学で探る最終共通祖先以前の進化
現存する全ての最終共通祖先は既に数百のタンパク質をもつ複雑な生命だったと考えられる.したがって,生命誕生から最終共通祖先の間には長い進化の過程があったはずである.しかし,そのような太古の進化過程は通常の進化生物学的手法だけでは解明できない.そこで,本研究では構造生物学・合成生物学的な手法をもちいた太古の進化研究を紹介したい.
藤島 皓介 (東京工業大学地球生命研究所:ELSI ):RNA ligaseの逆反応による塩基選択的RNA分解
T4 RNA Ligase 1は、バクテリオファージT4 に由来し、RNA鎖同士のライゲーション反応を触媒する酵素として広く知られ、RNAライブラリ調製やアダプターライゲーションなど、RNAを対象とする分子生物学的手法において中核的な役割を担っている。一般にこの酵素は(1)ATPを用いた酵素のアデニル化、(2)RNA鎖5'末端へのアデニル基転移、(3)ライゲーションという3段階で反応が進むとされているが、1982年にKrug & Uhlenbeckによってその詳細な反応機構が示された際に、逆反応の分解が生じうることが示唆されていた。そこで本研究では単成分のポリヌクレオチド(polyA/U/C/G)を用いることで、T4 RNA Ligase 1による逆反応その反応機構の解明を試みた。その結果ピリミジン塩基を有するRNA鎖に対する特異的な分解活性が確認された。反応基質であるATPやAMPの有無、および時間経過に伴う反応性の変化を網羅的に調査することで、本来のライゲーション反応の各ステップの可逆性とその影響を明らかにしつつある。特に、5'-リン酸(5'-PO₄)がないRNAでも、分解産物を介してライゲーション様の反応が進行することを見出した点は、T4 RNA Ligase 1の反応多様性と分解活性を再評価するうえで重要な知見となる。さらに実際に得られた分解産物の長さ分布とシミュレーションとの比較を通じてRNA鎖の伸長および分解反応の理解を進めることで将来的な伸長反応を選択的に促進する条件の確立に繋げていきたい。
市橋 伯一 (東京大学,大学院総合文化研究科):多様性の進化と絶滅への進化
原始地球において、生命は単純な自己複製分子から進化したと想像されている。しかし、だれもその様子をみたことはない。特に難しいと考えられるのは複雑性の進化である。現存生命は例外なく数千種類以上の分子からなる複雑なシステムである。こうした複雑なシステムが進化で作られるメカニズムは未だ不明である。そこで私たちの研究室では、実際にできるだけ単純なしくみで進化する分子システムを構築し、試験管内で進化させてみることにより、複雑性の進化が起きる仕組みを探求している。最初に行った進化実験では複製は約500世代まで安定に続き、1種類の自己複製分子(RNA)から5系統へと自発的に多様化し、相互依存的な複製ネットワークを作るところまで進化した。これは複雑性の進化の途中段階まで進んでいると考えている。一方で別の条件(高希釈条件)での進化では、多様化は起きず、進化が進むにつれて個体数変動が激しくなり、頻繁に絶滅するように進化してしまった。この結果は、継代の条件によって、進化の結果(複雑化か絶滅か)が大きく変わることを示している。本発表では、なぜこうした異なる進化が起きたのか、どんな条件が進化の結果を決めているのかを議論したい。
中垣 俊之 (北海道大学 電子科学研究所) :環境の複雑さに応じた原生生物の行動
単細胞性の原生生物も、置かれた環境に応じて生存に資する走性を示すことが知られている。この走性は、個体レベルで見ると必ずしも同じ符号(寄るか逃げるか)を示すとは限らない。真逆の場合もあるし、寄るのか逃げるのか判然としない動きもある。このような、個体レベルで見られる行動の違いについて、粘菌の化学応答を例に紹介する。粘菌のこれらの運動をモデル化することで、行動の違いが生み出される仕組みについて考察する。
澤井 哲 (東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 相関基礎科学系):動く細胞の多細胞化とアセンブリー規則
多細胞の組織化はヒト、動物の発生に限らず真核生物のあらゆる界において独立に進化したと考えられる。動物と真菌の姉妹群にあたるアメーバ界で多細胞性を独立に進化させた細胞性粘菌は、アクチン細胞骨格によって駆動される細胞の動きによる形態形成を示すことから、多細胞進化の足跡を理解する上で重要な位置にある。本発表では、顕微鏡解析から明らかになってきた走化性、接触追従、細胞間シグナルリレーの動態について紹介し、集団運動、パターン形成の自己組織的性質がこれらの過程の組み合わせとしていかに理解できるかについて考察したい。