以下の本を読み、感想文を書きなさい。(1000字程度)
(講談社学術文庫)
この書は、平安時代に作られた最も有名で優れた誦詩「いろは歌」が、日本語の歴史や日本文化史にどのような役割を果たしかについて、成立時から辿ったものです。
平安時代に、その当時の清音の音節に対応する仮名全てを1回だけ用いて作成された誦詩には、「あめつちの詞(ことば)」や「たゐにの歌」があって、それらについても、言及されています。それで、ここでは、これら三つの誦詩について、概説を載せます。
「あめつちの詞」(9世紀後半~10世紀前半)は、この期の音韻組織を反映して作られた誦詞です。濁音・撥音・促音・拗音を除いて、当時存在した音節を、もれなく、重複することなく、しかも意味の通るように、2音節名詞の2語ずつの組で「硫黄(ゆわ)・猿(さる)」まで並べ、後は断念し調子だけを整えたもののようです。作成には、日本語の音節についての体系的な知識が必要で、五十音図的なものが先行して存在していたと考えられます。
あめ(天)つち(地)・ほし(星)そら(空)・やま(山)かは(川)・みね(峰)たに(谷)・くも(雲)きり(霧)・むろ(室)こけ(苔)・ひと(人)いぬ(犬)・うへ(上)すゑ(末)・ゆわ(硫黄)さる(猿)・えのえをなれゐぃて
「えのえをなれゐて」の部分を「榎(え)の枝(え)を馴(な)れ居(ゐ)て」と解釈する説もあります。いずれにしても、「えのえを」と2回「え」が出てくるのは、衣(エ)[e]と江(エ)[je]とが区別されていた時代に「あめつちの詞」が成立したことを意味します。
「たゐにの歌」は、源為(ため)憲(のり)撰『口遊(くちずさみ)』(970年)に掲載されている、五七調四句47字の誦文で、[e]と[je]が[je]に統合され一種になった段階を示すものです。同書に、
大為爾伊天奈徒武和礼遠曾支美女須土安佐利□比由久也末之呂乃宇知恵倍留古良毛波保世与衣不袮加計奴(田(た)居(ゐ)に出(い)で 菜(な)摘(つ)む我(われ)をぞ 君(きみ)召(め)すと 漁(あさ)り(追(お))ひゆく 山城(やまじろ)の うち酔(ゑ)へる子(こ)ら 藻(も)葉(は)乾(ほ)せよ え舟(ふね)繫(か)けぬ)
とあって、その後に、
今案、世俗誦曰二阿女都千保之曾(アメツチホシソ)一、里女之訛説也、此誦為レ勝、
とあります。
源為(ため)憲(のり)は、「あめつちの詞」は「里女之訛説」と言い放ち、自作の「たゐにの歌」の方が優れていると、自信を示していますが、「たゐにの歌」は『口遊(くちずさみ)』以外の文献には見えず、流布した形跡はありません。なお、源為(ため)憲(のり)の自信の根拠については、⒜「あめつちの詞」が1字余分と意識された、⒝「あめつちの詞」が成立も古く俚言などに残るのみであったために卑俗なものと考えられた、⒞各句ごとに見れば「あめつちの詞」と違って意味不通にならない、などが考えられますが、特定は難しい。
「いろは歌」は略して「いろは」とも言い、「伊呂波」「色葉」などとも書きました。47字の仮名を各一度ずつ用いて七五調四句の今様体の歌としたものです。成立は、「たゐにの歌」よりも後、10世紀末から11世紀初頭にかけて作られたものと思われます。
いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしゑひもせす(色(いろ)は匂(に)へど 散(ち)りぬるを 我(わ)が世(よ)誰(たれ)ぞ 常(つね)ならむ 有為(うゐ)の奥山(おくやま) 今日(けふ)越(こ)えて 浅(あさ)き夢(ゆめ)見(み)じ 酔(ゑ)ひもせず)
歌の意味は、『涅(ね)槃(はん)経(ぎやう)』の偈(げ)の
諸行無常、是生滅法、生滅々已、寂滅為楽
の和訳に当たるものとされています。最後に「京」の字を附することも古くからあって、また「ん」を附することもあります。
「いろは歌」の最古の文献は『金光明最勝王経音義』〈1079年の識語〉に見えるもので、巻初に声点付きの万葉仮名で全文を記し、また巻末には「イイロオハアニイホオヘエトオ」のように、片仮名で記し、かつその母音を小字で右に寄せて附記しています。
院政期には、語をイロハ順に配列した辞書も現れ、中世以降、語の配列は殆どイロハ順により、辞書・仮名遣書などに極めて広く用いられました。童幼の習字の手本としても行われました。
「いろは歌」の作者については、古くは空海説が唱えられていましたが、現在ではこの説は認められていません。「いろは歌」の見える古い資料がすべて仏教に関係ある文献なので、作者は恐らく僧侶と考えられます、それ以上のことはわかっていません。いずれにせよ、「たゐにの歌」は文意が首尾一貫していないのに対し、「いろは歌」が仏教思想に結び付けて解釈され、また空海の作と思い込まれていたことによって、当時の社会で「いろは歌」が盛行することになったと思われます。
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