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これまでの研究

4. 合成 mRNA を用いた細胞内情報に基づく生細胞分画法の開発

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細胞内の情報も利用したい

生きている細胞の集団から特定の細胞を分画したいとき、その細胞を特徴づけるバイオマーカーは細胞の内部に数多く存在すると期待される。にもかかわらず、抗体は生きた細胞の内部に侵入できないため、細胞の表面情報のみしか利用できていなかった。抗体のように標的分子に特異的に結合する分子として核酸分子のアプタマーが知られている。さらに、アプタマーを分子内部に持ち制御機能をもった mRNA (= リボスイッチ) が人為的に開発されたり、自然界に存在することが発見されたりしている。リボスイッチは、標的分子との相互作用に依存して翻訳反応を制御し、自身がコードするタンパク質の発現を切り替える。このような遺伝子スイッチとして働く人工的な mRNA は細胞内部の情報を検出するレポーター遺伝子として用いることができると考えられる。また、試験管内で合成した mRNA を細胞に直接導入すれば、対象の細胞のゲノム DNA に予期しない損傷を与えることを防ぐこともできる。そこで、合成 mRNA によって検出した細胞内部の情報を利用して、生きた細胞をより詳細に分画する技術の開発に取り組んだ。

microRNA (miRNA) 活性を識別した生細胞の分画

mRNA の細胞導入で細胞内の何を検出するべきだろうか。もっとも簡単な指標として私たちはまず細胞内の miRNA 活性に注目した。miRNA は 20 塩基程度の短い1本差 RNA で、mRNA と相互作用してタンパク質の発現を抑制する機能を持つ。そのうえ、多くの miRNA は mRNA と同様に RNA polymerase II から転写されるため、miRNA の発現プロファイルは細胞のトランスクリプトーム(転写因子群の活性化状態)を反映していると考えられる。細胞内の miRNA活性を検出するレポーターとして 3’ UTR に miRNA の認識配列を含む mRNA が一般に用いられている。ところが、私たちは 5’ UTR に含む mRNA の方がより感度良く miRNA 活性を検出できることを発見した。

また、2 種類の蛍光タンパク質 mRNA を同時に細胞導入すると、蛍光タンパク質の蛍光強度は細胞ごとに大きくばらつくにもかかわらず、2種類の蛍光強度の比率はほとんど一定になることも見出した。そこで特定の miRNA に応答する mRNA と基準となる mRNA の、異なる 2 種類の蛍光タンパク質をコードした mRNA を細胞に導入することにより、miRNA の細胞内活性にしたがって細胞を生きたままフローサイトメトリーを用いて分画することに成功した。この方法を用いて、iPS 細胞などの幹細胞から心筋などの特定の細胞へと分化を誘導したのち、意図通り分化した細胞のみを選別することができた。(ref. #6)

高分解能な細胞分画法: High-Resolution Identification of Cell types (HRIC)

2種類の蛍光タンパク質 mRNA を同時に細胞導入すると、経験的に蛍光強度比は2倍から3倍程度のばらつきを示す。そのため miRNA 活性に 1.5 倍程度の差しかない場合でも、うまく組み合わせることによって十分な分画ができると考えられる。さらに導入する mRNA の数を増やせばより多次元の指標によって細胞を分画できるようになるはずだ。実際に 3 種類の miRNA にそれぞれ応答する 3 種類の蛍光タンパク質 mRNA を用いて、複数種類の癌細胞株を識別したり、癌細胞株を長期間培養したときの変質を検出したりすることに成功した。(ref. #8)

蛍光顕微鏡写真を用いた細胞識別

フローサイトメトリーによって個々の細胞で発現した蛍光タンパク質量を定量でき、蛍光の比率から細胞の種類を識別できる。同様の細胞識別を、蛍光顕微鏡で取得した蛍光画像を用いても実施できた。画像を用いると、細胞の大きさ、形、近隣の細胞との関係性など、細胞の懸濁液では失われてしまう細胞の培養状態を反映した情報を得ることもできる。ただし、蛍光画像を用いると細胞の境界を判定するのが難しいことがある。そこで、核に局在する蛍光タンパク質をレポーターに用いて、核内の蛍光強度を測定することで個々の細胞を識別できるように改良した。(ref. #8)

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References

#6. Miki, K.‡, Endo, K.‡, Takahashi, S., Funakoshi, S., Takei, I., Katayama, S., Toyoda, T., Kotaka, M., Takaki, T., Umeda, M., Okubo, C., Nishikawa, M, Oishi, A., Narita, M, Miyashita, I., Asano, K., Hayashi, K., Osafune, K., Yamanaka, S., Saito, H., and Yoshida, Y. (‡equal contribution):

“Efficient detection and purification of cell populations by synthetic microRNA switches.”

Cell Stem Cell, 16 (6): 699–711 (2015). Article (Free Featured Article) | PUBMED | DOI

#8. Endo, K.*, Hayashi, K., and Saito, H.* (*corresponding authors):

“High-resolution identification of cell types by microRNA-responsive mRNAs.”

Scientific Reports, 6: 21991 (2016). Article (Open Access) | PUBMED | DOI


一連の研究ついて以下の英文著書でも簡単に解説しています。

Books

#2. Endo, K.*, and Saito, H.:

“mRNA Engineering for the Control of Mammalian Cells in Medical Applications.”

In: Masuda S., Izawa S (eds.), Applied RNA Bioscience, Springer Singapore, pp 95–114 (2018). Publisher | DOI

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5. 生きた細胞の内部で多変量の数値計算を実行する mRNA の設計

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3. 翻訳段階の制御に基づいて真核細胞で機能する人工遺伝子ネットワークの構築

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2. mRNA のエンジニアリングによる遺伝子スイッチ設計技術の拡張

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1. 機能性 RNA 分子(= RNA アプタマー)の創出