Projects

研究の目的と方針

どんな研究に取り組むのか?

研究には目的とか動機がもっとも大切だと思います。ところが、研究は狭く深く掘り下げていくものなので、すすめているうちにどんどん視野が狭くなって自分を見失いやすいように思います。さて、自分はどんな研究がしたくて研究をはじめたのでしょうか。定期的に広い視野で見直すように心がけるとともに、初心を忘れないようにしたいものです。


できるだけ「生命とは何か」という根源的な問いに答えたい

研究に限らないのですが、私はなるべく法則や原理で説明づけしたくなります。といっても最初から完璧な法則や原理を求めているわけではなくて、かなり大雑把に仮の法則や原理を考えて、それに当てはまらないことは徐々に(ときには大幅に)修正していく、という感じです。生命科学の研究の道を進んでいこうとしたときも、とにかく生命に共通の原理を追求しよう、と考えました。生命現象の中で何を根源的だとするのかは人それぞれに考えがあることでしょう。私は、親から子へと受け継がれている遺伝情報が生命の生理機能に変換される段階、なかでも特に核酸の情報がタンパク質の機能へ変換されるタンパク質合成系(翻訳系)こそ生命の本質だ、という思いで所属研究室を決めました。これまでにいろんな観点からの研究に携わり、経験や年齢を重ねるごとに考えが変わったところも多々ありますが、現在でもやはり根底にある思いは変わっていません。


「なぜ生命は現在のようなシステムなのか」実験科学として答えたい

生命の共通性を考えてゆくと様々な生物に共通する祖先や、ひいては生命の起源へと思いが至ります。追い求めている生命の共通原理は生命の共通の祖先に由来するはずです。一方で、現在の私たちが認識している生命は、この祖先から現在までの地球上で一度きりの歴史の結果です。果たして生命の共通原理は必然なのでしょうか、それとも偶然なのでしょうか。現在の生命とは異なる原理もありえたのではないでしょうか。きっと、かつては実際に存在したけど歴史の中で淘汰されたものもあるでしょう。では、現在の生命の共通原理はそうでないもの(ありえたもの)と比べるとどんな特徴を持っていて、その特徴がどんな影響を及ぼすのでしょうか。もしも「ありえた生命システム」を創造(バイオエンジニアリング)できれば、想像するだけではなくて実験によって検証できそうです。


いずれにしてもどうやったら答えにたどりつけるのかわかりません。でも、どうやったら答えにたどり着けるかわからないことに取り組むのが研究だと思っていますし、そんなことが許されているのが研究者という職業の一番の魅力だと思います。(ちなみに二番目は、自分の思いつきを試すことが許されていること、です。)

なんの研究に取り組むのか?

タンパク質合成系こそ生命の根源だと考えて、現在は(おおむねこれまでも)mRNA を中心とした研究に取り組んでいます。mRNA はもちろん messenger RNA です。日本語では伝令 RNA と訳されていますが、大学受験のときに使った記憶がかろうじてあるくらいです。mRNA は分子生物学の黎明期からよく研究されているので教科書を読めばかなり詳しく記述されています。なのになぜ mRNA の研究なのか?自問自答して分析すれば理由をいくつか挙げることはできるのですが、mRNA が好きだから以上の答えはなさそうです。mRNA を中心とした研究に主眼を置きながら、この研究を通じて培われた知識や技術を分野を問わず様々な研究へ展開しようとしています。


機能と情報のあいだ

生命は生命を維持するための機能と次世代に継承される情報で構成されています。生命の活動を構成している様々な働きは主にタンパク質に担われています。タンパク質は20種類のアミノ酸が線状に重合したポリマーです。個々のタンパク質がどのアミノ酸をどういう順番でどれくらい連結するのか記録しているのが DNA です。さらにDNA には、いつ、どこで、どれくらいそのタンパク質を合成するべきかも記録されています。mRNA は情報分子である DNA から合成され、機能分子であるタンパク質の合成のための鋳型として利用されます。つまり mRNA は情報分子と機能分子の仲介役を担っています。さらに mRNA は 1 つの分子のなかで機能と情報を兼ねそなえた中間的分子ともいえます。というのも、mRNA はもちろんアミノ酸の配列情報を持っていますが、それ以外の領域が他の分子と結合して mRNA の全体構造を変化させるなどの機能も発揮します。このような特徴を持つ mRNA は、生命の不思議をひもとくきっかけとして、あるいはバイオエンジニアリングの素材としてとても魅力的です。


生命と非生命のあいだ

RNA のもつ機能と情報の二面性は「RNA ワールド仮説」へと繋がります。この仮説は、生命の起源においては機能も情報も RNA が担っていたが、やがて情報と機能がより適した DNA とタンパク質にそれぞれ置き換わって現在の「DNA-RNA-タンパク質ワールド」に至った、とするものです。大学生の頃、講義で(わずかに触れられただけでしたが)この仮説を初めて聞いたとき「おお、これだ!」と強く感銘を受けました。機能と情報をあわせ持った RNA が「生命とは何か」の答えのカギになりそうです。あるいは、RNA を素材としたバイオエンジニアリングが「ありえた生命システム」の創造に貢献しそうです。


トランスクリプトームとプロテオームのあいだ

mRNA へのさらなる理解は、生命の起源のように夢のような話だけではなくて、現在の生命システムをより深く理解するためにも重要です。PCR法 や配列解析法など核酸を取り扱う技術の爆発的な発展によって、細胞のなかにある mRNA を網羅的にかつ簡便に定量することができるようになりました。核酸に比べるとタンパク質の取り扱いにはまだまだ難点が多いです。そのため、細胞内の遺伝子発現量を mRNA 量として定量することも一般的です。しかし実は mRNA 量とタンパク質量の相関関係はそこまで高くないといわれています。もしも mRNA 量からタンパク質量を正確に予測できれば問題はある意味で解決できそうです。mRNA には翻訳される領域のほかに翻訳されない領域がありますし、翻訳される領域であっても複数種類の同義コドンからあるコドンが選ばれています。さらに、mRNA 自体が細胞内で高次構造をとったり、タンパク質など他の分子と相互作用をしたりしています。 mRNA にはアミノ酸配列を規定する以上にメッセージが書き込まれているはずです。行間に隠されたメッセージを解読できないものでしょうか。

どうやって研究に取り組むのか?

学部生の頃の講義の中で、難しい研究もそうでない研究もきちんと論文に仕上げる大変さは変わらないので難しい研究に取り組んだ方がいい、といったメッセージがありました。ちゃんと実践できているかはさておき、とても印象に残っています。取り組みがいのある難しい研究とはどのようなものなのでしょうか。私は以下のような気持ちを自分が取り組むべき研究の指針にしています。


疑問点を掘り起こしたい

教科書では、これまでに蓄積された知見からうまい説明がなされているので、読むとわかったような気がします。なかには、ちゃんと説明できていないんじゃないかと疑問に思うところもあります。教科書に書かれていることは必ずしも全て証明されているわけではありません。うまい説明が実証されないまま残っているところも多々あるように感じます。自分のなかに浮かび上がった疑問を突き詰めていくと、いずれ教科書に載るような発見が待っているかもしれません。いい研究をするためにはいい疑問をもつことが大切だ、ともよく言われます。みんながなんとなくわかった気になっているところから、本質に通じるような疑問を掘り起こしたいと思っています。


生きた細胞の中で検証したい

翻訳反応のように生物が生きるために必須な現象を生きた細胞で実験するのは難しいので、試験管内で関連する因子の機能を評価する生化学的、生物物理学的な解析が力を発揮しています。ところが、試験管内で調整された均一で希薄な溶液中で起こること(反応)と、不均一で濃厚な細胞内で起こること(反応)とは完全に一致せず、不均一で濃厚な溶液中だからこそ起こっていること(反応)もたくさんあるような気がします。生命ならではの現象を理解するために、生きた細胞内で起こっていることを検証したいと思っています。

とはいえ、単純に遺伝子組換え実験をしたいだけ、かもしれません。


新しい研究アプローチを開発したい

実験科学は、捉えどころのない真実を、実験を通じて明らかにしようという試みです。実験をすると一定の条件を与える(限定する)ことになり、知りたい真実に対して解釈の切り口を与えることになります。実験(条件)が真実を捉えるための視点をつくる、といえそうです。新しい研究アプローチを開発することは、真実を捉えるための新しい視点を生み出すことになります。誰も見たことのない視点に立つことで、誰も見たことのない真実や誰もが見落としていた真実を明らかにしたいと思っています。


新しい生命系を構築したい

実験科学において、還元的なアプローチと構成的なアプローチは、車の両輪のように相互に補完しています。分子生物学もこの両輪がうまく噛み合いながら進展してきたはずです。ところが、分析技術の爆発的な進歩によって還元的なアプローチがどんどん先に進み、構成的なアプローチが遅れをとってきているような印象があります。最近になって構成的なアプローチに最注目した研究の潮流も生まれて、発展してきています。もはや言い古された感もありますが、私も

“What I cannot create I do not understand” (Richard Feynman)

だと思っています。

もしもこれまでに生命の仕組みが十分に明らかにされてきたのであれば、その知識をうまく使って新しい生命系を構築できるはずです。そこで構築できなかったのであれば、まさにそれがわかった気になっていたことであり、そこにまだ私たちの理解が及んでいない重要な謎が潜んでいるはずだと思っています。

このような研究に興味のあるかたはお気軽にご連絡ください。

(連絡先:トップページ

研究の目的と方針