離隔態勢の技法を思う

投稿日: Apr 05, 2011 6:18:26 AM

2010年9月、ポーランドのジェシェフ大学で標記の会議が開催された。参加した武術あるいは格闘技の研究者は欧州が中心である。ドイツ、スペイン、ポルトガル、イタリア、ベルギー、フランス、ロシア、アメリカなど、アジアからはタイの学者が参加し、日本からは武道学会会長の百鬼史訓教授(剣道)と私が参加した。

百鬼史訓会長は日本の学会活動の現状などを紹介した。私は初日の基調講演者の一人として「柔道における離隔態勢の技—嘉納治五郎の概念の由来と富木謙治による具体化」(Judo’s techniques performed from a distance: The origin of Jigoro Kano’s concept and its actualization by Kenji Tomiki)と題する報告を行った。「柔道における離隔態勢の技」とは、襟袖に「組み付いて」行う現在の柔道競技に対して、柔道の足技や殴る蹴るなどの攻撃を防御するために「離れて」行う柔道のことである。富木師範はこの道の専門家として戦前から注目を集めており、その研究の一つの到達点が「合気乱取り法」という徒手乱取り競技である。

報告準備の過程の研究で、嘉納師範の「離隔態勢の技」への関心は講道館柔道創設の早い時期からのものであることを知った。 特に、嘉納師範が剣術を柔道に吸収すべきことを考えていたこと、ほとんどの柔道家がその意思を受け継いで研究しなかったことなどの事実を時系列に並べ、嘉納師範が離隔態勢の技を具体的に習得する教育体系を示すことなく他界したこと簡潔にを紹介した。次に、南郷次郎第二代講道館長がこの遺志を受け継ぎ研究会を立ち上げたこと、さらに、その講師に新進の研究者・富木謙治が任命され、研究論文を執筆して具体的教育法に言及したことを紹介した。

現在の武術・格闘技の研究者で嘉納治五郎を知らない者はいないといってよい。かなりの研究者がその業績の詳細を知っている。また現在の競技柔道が、護身術として機能しない(つまり当身技を防御できない)単なる一スポーツ競技に堕してしまっていることを知っている。

しかしその方法は検討もつかないのであろうか。私の報告は予想外の注目を集めることになった。結果、私は報告の詳細を記した二つの論文を執筆することになった(以下はその論文)。

•Shishida(2010) Judo’s techniques performed from a distance: The origin of Jigoro Kano’s concept and its actualization by Kenji Tomiki, Archives of Budo, Vol.6(4): 165-172,

•Shishida(2011) Jigoro Kano’s pursuit of ideal judo and its succession: Judo’s techniques performed from a distance, "Ido Movement for Culture. Journal of Martial Arts Anthropology” Vol. XI (1): 16-21.

問題はこれからである。

私はこれまで富木師範のライフヒストリーを研究してきている。戦前における富木師範の研究論文などの分析も、ISHPES(国際体育・スポーツ史学会)に投稿した2005年の論文(The Japanese Budo Theory of Kenji Tomiki Before World War II and the Germ of Aikido Modernization Through Competition)で概略明らかにした。しかしそれは合気道の視点からのものであり、富木師範の主要な問題関心であった柔道の視点で考えられていない。

「柔道の視点」というと、他部道をやっているものは、大いに戸惑うだろう。私もかつてそうであった。大学を卒業して後であろうか。合気道部の設立趣意書を読んだときの戸惑いは忘れられない。富木師範にとって合気道は理論的にもまた技術的にも柔道であった、ということが十分に理解できなかったのである。

柔道の視点で考えるということは、富木師範が真剣に研究した古流柔術の形と乱取りとの関係の研究に取り組むことである。特に古式の形と五つの形はその出発点であろう。これらの研究によって、柔道と合気道が融合し、柔術、柔道、合気道の出会いの場となる「離隔態勢の技法」の基盤を改めて確認してみたいと思う。それによって富木師範の構想した乱取り合気道の将来が初めて見えるからである。

(本稿は2011年1月にある大学武道雑誌に投稿したものを一部加筆したものです。)