特別講演(五十嵐隆)8/29(土)12:00-13:00

わが国の社会と小児医療・小児科学の課題

東京大学大学院医学系研究科小児医学講座小児科 五十嵐隆

世界の子どものアドボカシーを支援するためフィレンッエに設立されたUNICEF Innocenti Research Centreは2007年にOECD諸国の15 歳の子どもが ”I feel lonely” と感じる割合を調査した。ほとんどの国では8-9%であったが、わが国のみが高く約30%であった。わが国の社会では人間同士の有機的なつながりconnectednessが失われ、成熟した人間として持つべき規範、価値観などを次世代に伝えることが難しくなっている。現在のわが国の子どもの約1割が何らかのこころの問題を抱えているとされる。わが国の乳児死亡率が世界最低であることは誇るべきであるが、子どものこころの健康や幸せ度を高める必要がある。さらに、2005年の同センターの調査で貧困状態にある子どもはわが国では14.3%を占め、OECD 26カ国中10番目に子どもの貧困率が高い。貧困にある子どもは社会的に排除される(social exclusion)。また、貧困は小児虐待の原因の一つとなる。しかしながら、増加する小児虐待に対応するシステムは依然として貧弱である。また、低出生体重児は2006年には全出生の9.6%を占め、出生児体重の平均は31年前より男女共に190g低値の男児3050g、女児2960gとなった。Barker説からみると将来のわが国の成人の心血管障害のリスクが増大することが予想される。

わが国の予防接種体制は世界標準にはるかに遅れ(vaccine gap)、改善の歩みは遅い。GDPに占めるわが国の医療費は8.2%で、OECD参加国の平均8.9%にも及ばない。医療費を含め子どもへの国からの予算配分を増やすための方策を考え行動しなければならないが、次世代への負担を増すことはアドボカシーに反する。

医学研究と医療とはお互いを補完する存在である。国立の教育機関・医療機関の独立法人化後の第一期中期計画が生み出した結果は病院への予算配分の極端な削減であった。採算重視の圧力の下で大学病院の小児科医は診療に費やす時間が増え、研究遂行に重大な支障を及ぼしつつある。

わが国の小児医療・小児科学の困難な現状を直視し、その改善と発展に向けた小児科医の努力が今こそ強く求められている。